プレスリリース

「 歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisがオートファジーを抑制することにより心筋梗塞後リモデリングの悪化を促進する分子メカニズムを解明 」【前嶋康浩 准教授】

公開日:2023.9.21
歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisがオートファジーを抑制することにより心筋梗塞後リモデリングの悪化を促進する分子メカニズムを解明 」
歯周病に起因する他臓器疾患に対する治療法を開発する端緒として期待

ポイント

  • 歯周病原菌細菌Porphyromonas gingivalis(P.g.)※1の感染が心血管系に悪影響を及ぼすことは知られていましたが、その詳しい分子メカニズムについてはこれまで解明されていませんでした。今回、前嶋康浩准教授と渡辺由佳非常勤講師の研究グループは、心筋細胞に寄生したP.g.から放出されるジンジパインプロテアーゼがオートファゴソームとリソソームの融合を阻害することによりオートファジーを抑制していることを発見しました。
  • P.g.の感染が心筋細胞に悪影響を及ぼすことを分子生物学的に解明することができたため、歯周病と心血管疾患の関わりについての研究の更なる発展への寄与が見込まれます。
  • 本研究成果は、P.g.の感染が心血管系のみならず全身臓器に悪影響を及ぼす病態の解明を促進し、新規治療法の開発研究に寄与するものと期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学分野の前嶋康浩准教授と渡辺由佳非常勤講師(日本学術振興会特別研究員RPD)の研究グループは、歯周病原細菌P.g.から放出されるプロテアーゼであるジンジパインがオートファゴソームとリソソームの融合に必須の分子VAMP8の分解を介してオートファジーを抑制することにより、心筋梗塞後のリモデリング悪化作用を発揮していることを発見しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金、MSD生命科学財団の支援のもと行われたもので、その研究成果は、国際科学誌International Journal of Oral Scienceに、2023年9月18日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 歯周病は世界で最も多くの患者を抱える感染症であり、その影響は歯や歯周組織にとどまらず、全身の様々な臓器に及びます。歯周病原細菌は心血管系組織にも感染して急性心筋梗塞、心不全、大動脈瘤、脳梗塞など、生命にかかわる疾患の発症と進展に関与していることが明らかになっています。しかしこの知見は、主に疫学研究の解析や、歯周病が心血管疾患の発症と進展に影響を及ぼす可能性を動物モデルで再現した基礎研究の成果に基づいており、詳細な分子メカニズムの解明には至っていませんでした。
 オートファジー※2は細胞内の不要物の分解やアミノ酸のリサイクルを担当する細胞内機構です。かつて、オートファジーは非選択的な細胞内分解システムと考えられていましたが、近年、ダメージを受けた細胞内の小器官など特定の物質を選択的に分解する「選択的オートファジー」というメカニズムが存在することが分かってきました。このうち、細胞内に侵入した病原体を選択的に除去する役割を担っているのがゼノファジーです。P.g.が歯周組織に常在することができる理由の一つとして、P.g.がゼノファジーを回避するメカニズムを持っている可能性が示唆されてきました。このメカニズムとしてオートファゴソームとリソソームとの融合を阻害することによって自らが分解を受けるのを回避している可能性が想定されていましたが、その詳しい分子メカニズムについては未解明でした。このメカニズムは健全なオートファジーを妨げ、殊に非分裂細胞である心筋細胞などの生存性を脅かす可能性が高く、種々の歯周組織以外の傷害をもたらす重大な病原因子であると考えられています。
 このような背景を踏まえて、私たちはP.g.によりオートファジーを抑制する分子メカニズムを解明し、さらにP.g.の感染が心筋梗塞後の心筋に及ぼす影響について検討いたしました。

研究成果の概要

 P.g.を感染させた培養心筋細胞を蛍光ラベル法とクリック電子顕微鏡法※3で観察したところ、心筋細胞内にP.g.が侵入してとどまっていることを確認しました。次に、P.g.野生株が感染した培養心筋細胞の方がP.g.ジンジパイン欠損株が感染した培養心筋細胞よりも細胞生存率が低下し、オートファゴソームとリソソームの融合がより阻害されることを見いだしました。また、オートファゴソームとリソソームの融合に関連するタンパク質であるVAMP8はジンジパインによって切断・不活性化されることと、ジンジパインによる切断部位のアミノ酸を置換した変異VAMP8(VAMP8-K47A)はジンジパインによって切断されないことを明らかにしました。続いて、P.g.を感染させたマウスを用いて心筋梗塞モデルを作成したところ、P.g.野生株感染群における死亡率はP.g.ジンジパイン欠損株感染群と比較して有意に高く、その死因が心破裂であることが判明しました。さらに、ゲノム編集技術によってVAMP8遺伝子を改変したマウス(VAMP8-K47Aマウス)と、オートファジー活性を測定するプローブタンパクを発現するマウス(TG-GFP-LC3-RFP-LC3ΔGマウス)を交配したマウスにP.g.野生株を感染させると、心筋細胞においてオートファジーの抑制が起こらなくなることが確認されました。また、VAMP8-K47AマウスにP.g.野生株を感染させた心筋梗塞マウスモデルでは、野生型マウスモデルと比較して心破裂による死亡率が有意に低下することも明らかとなりました。
 

図:P.g.が放出するジンジパインがリソソームに存在するVAMP8を切断し、
オートファゴソームとリソソームの融合を阻害することでオートファジーを阻害する

研究成果の意義

 P.g.の感染がもたらす心筋細胞におけるオートファジーへの影響とその制御機構の一端を解明することができ、P.g.が心筋梗塞後リモデリングの病態に及ぼす影響に対する理解を深めることができました。その結果、ジンジパインによるVAMP8の分解を阻害することがP.g.の感染に関連した心機能障害に対する治療に有効である可能性を示すことができたため、将来的な治療領域の開拓に応用することが期待できる成果であると考えております。難治性の感染症である歯周病およびその合併症に対する新規治療の開発は社会における喫緊のニーズでありますが、本研究成果はそのニーズに応える一助になるものと考えています。さらに、P.g.の感染は心疾患に限らず、神経変性疾患や糖尿病、動脈硬化症などの発症にも深く関わっていることが知られていますので、本研究で得られた知見は心臓領域の治療応用に限らず、広く他の疾患へ応用していくことが可能であると考えられます。

用語解説

※1Porphyromonas gingivalis(P.g.)・・・・・・・・歯周病原細菌の中で最も歯周病の発症と強く関連し、かつ重度の歯周炎に影響を及ぼしているRed Complexに分類される3菌種(P.gingivalis、T.fosythensis、T.denticola)のひとつ。菌体の有する線毛、莢膜、リポ多糖の他にP.g.の産生するシステインプロテアーゼであるジンジパインが強い病原性を発揮する。P.g.は歯周病の病巣局所から分離されるだけでなく動脈硬化症病変などからも分離されていることから、本菌は歯周病原性細菌であると同時に全身疾患にも関与していると考えられている。

※2オートファジー・・・・・・・・全ての真核生物(核を持つ細胞)に備わっている細胞内成分の分解機構。脂質二重膜構造をもつオートファゴソームと加水分解酵素に富むリソソームの働きによって細胞内蛋白質や小器官を分解し、細胞の恒常性を維持する役割を担っている。

※3クリック電子顕微鏡法・・・・・・・・アルキン基とアジド基を持つ2つの有機化合物を、銅イオンの存在下で簡単にかつ安定して結合させる反応であるクリック反応を応用して微細な物質をナノ金粒子でラベリングすることにより、電子顕微鏡を用いて標的物質の細胞内局在を同定する方法。本研究では、アルキン基を導入した細胞壁の成分N-アセチルノイラミン酸を取り込ませたP.g.を培養心筋細胞に感染させて、アジド基を導入した金コロイドとクリック反応を誘導することでP.g.をラベリングした。

論文情報

掲載誌International Journal of Oral Science

論文タイトルPorphyromonas gingivalis, a periodontal pathogen, impairs post-infarcted myocardium by inhibiting autophagosome–lysosome fusion

DOI:https://doi.org/10.1038/s41368-023-00251-2

研究者プロフィール

前嶋 康浩 (マエジマ ヤスヒロ) Maejima Yasuhiro
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 准教授
・研究領域
循環器疾患(心不全、心筋症、動脈硬化症、大型血管炎)の基礎/臨床研究

渡辺 由佳 (ワタナベ ユカ) Shiheido-Watanabe Yuka
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 非常勤講師
日本学術振興会 特別研究員RPD
(ラトガース・ニュージャージー医科大学 細胞生物学講座 出向中)
・研究領域
循環器疾患(心不全)と歯周病の関わりについての基礎/臨床研究

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 氏名 前嶋 康浩(マエジマ ヤスヒロ)
E-mail:ymaeji.cvm[@]tmd.ac.jp
 
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp


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  • 歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisがオートファジーを抑制することにより心筋梗塞後リモデリングの悪化を促進する分子メカニズムを解明