プレスリリース

「 最近の成功を活かして適切な行動を選択する脳の仕組みを解明 」【アライン・リオス助教 礒村宜和教授】

公開日:2023.9.12
最近の成功を活かして適切な行動を選択する脳の仕組みを解明
成功への期待が大脳基底核の活動を高める

ポイント

  • ラットで成功(報酬)への期待が高いほど、行動に関わる大脳基底核の黒質と線条体の活動が高まることを見つけました。
  • 大脳基底核の黒質のドーパミン細胞も線条体の直接路・間接路細胞も広範に活動が高まりました。
  • 従来説に基づく黒質から線条体へのドーパミン作用だけでは広範な活動の高まりを説明できません。
  • 適切な行動を学べない精神・神経疾患の新たな理解や治療法の開発につながることが期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 細胞生理学分野のアライン・リオス助教、平理一郎准教授、礒村宜和教授の研究グループは、京都大学、福島県立医科大学、アルベルト・アインシュタイン医科大学、愛知医科大学、自然科学研究機構 生理学研究所、玉川大学グループとのラットを用いた共同研究で、最近の成功経験が大脳基底核の黒質や線条体の神経細胞の行動に関わる活動を広範に増強することをつきとめました。この研究は、日本医療研究開発機構「脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)」、科学技術振興機構、文部科学省科学研究費補助金などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Communications Biology(コミュニケーションズ バイオロジー)に、2023年9月6日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 ヒトを含む動物は過去の行動とその結果の経験を活かして、次に適切な行動を選択することができます。このように生存のために行動を最適化する仕組みは、脳の大脳基底核※1と呼ばれる部位が中心的な役割を担っています。特に大脳基底核の黒質にあるドーパミン※2細胞は、行動の結果としての報酬の有無(水や餌の獲得など)を予測し結果を評価する活動を示します。一方、大脳基底核の線条体からは直接路と間接路という出力路が存在し、行動の発現に関与しています。黒質ドーパミン細胞はドーパミンを介して線条体の直接路細胞を興奮させ、間接路細胞を抑制させると考えられています。しかしながら、過去の成功経験に由来する報酬への期待が大脳基底核による行動の最適化の仕組みにどのような影響を与えるのかは不明なままでした。そこで研究グループは、ラットの黒質ドーパミン細胞および線条体の直接路・間接路細胞において、行動の発現に関与する活動が報酬の予測(期待度)に応じてどのように変化するのかを系統的に調べました。

研究成果の概要

 研究グループは、ラットに前肢でレバーを押すか引くかの行動を選択させ、各行動の直後に報酬(甘い水滴)を確率的に与える行動課題を学習させました(図1)。例えば、レバーを押すと確率70%で報酬を得られるが、引いても確率10%で報酬を得られる設定では、ラットは試行錯誤の末にレバーを押すことを選択するようになります。しばらく試行を経てから報酬確率の配分を変更すると、再び試行錯誤で新たに最適な行動を探します。実際のラットの行動選択を解析すると、直近5試行まで遡った報酬獲得の経験を次の行動選択に活かしていました。
 この行動選択に取り組んでいるラットの大脳基底核から神経細胞の活動を計測しました。ここでは研究グループが独自開発したマルチリンク解析※3という神経細胞の出力先を調べる技術も活用しました。まず、黒質緻密部という部位のドーパミン細胞において、レバーを押し引きする行動に関与する活動が過去5試行の報酬獲得率(報酬期待の程度)と相関して増強されることが示されました。同様に、黒質緻密部が出力を送る背側線条体という部位の直接路細胞も間接路細胞もともに、行動に関与する活動が報酬期待に応じて増強されました。この増強作用は黒質-線条体投射の部位にかかわらず広く確認されました。一方、これらの神経細胞において、実際の結果(報酬や無報酬)に応答する活動は報酬期待により多様な修飾変化を示しました。これらの所見をまとめると、大脳基底核の投射細胞の行動関連活動(図2:緑色)は報酬の期待で一様に高まり、結果関連活動(報酬:赤色、無報酬:青色)は細胞型や部位により異なって増減することが判明しました。

研究成果の意義

 黒質ドーパミン細胞の活動が報酬の予測や結果と密接に関連していることは古くから知られていました。今回、研究グループは過去の成功経験で生じる報酬期待が黒質ドーパミン細胞の行動に関与する活動を増強することを確認しました(図2:緑色の破線から実線への変化)。同様に報酬期待は線条体の直接路と間接路の活動もともに増強させました。ところで、ドーパミンはドーパミンD1 受容体を介して直接路の活動を促進し、D2受容体を介して間接路の活動を抑制する働きがあります。従って、線条体の間接路細胞は報酬期待の情報を黒質ドーパミン細胞だけから受け取っているという可能性は低いことになります(図2:薄緑色の上向きの細い矢印)。おそらく報酬期待の情報は大脳皮質や視床から線条体へ入力するものと考えられます(薄緑色の下向きの太い矢印)。このように研究グループは、これまでの通説とは異なり、大脳基底核における報酬期待の情報はドーパミン伝達だけでは説明が付かないことを明確に示しました。
 私たちの日常生活では、過去の行動と結果に基づいて現時点で最適と思われる行動を選択すべき場面が数多くあります。行動の最適化を担う脳の仕組みが損なわれてしまうと、例えば特定の行動に拘りすぎ、行動の切り替えがうまくできなくなってしまいます。今回の研究果は、そのような精神・神経疾患の新たな理解や治療法の開発につながることが期待されます。

用語解説

※1大脳基底核
線条体、淡蒼球、黒質などの神経核(神経細胞の集まり)から構成される。大脳皮質や視床や脳幹と結び付いて、運動調節、学習、動機づけなどの機能を担っている。
黒質から線条体へはドーパミン細胞が出力している。線条体から淡蒼球や黒質へは直接路と間接路と呼ばれるGABA 作動性の連絡がある。
線条体の直接路と間接路はほぼ1:1の割合で存在する淡蒼球や黒質(網様部)への出力経路である。直接路は大脳皮質の活動を亢進する「アクセル」、間接路は大脳皮質の活動を抑制する「ブレーキ」のような拮抗的な働きがあると考えられている。

※2ドーパミン
中枢神経系に存在する神経伝達物質のひとつで、運動調節、学習、意欲、ホルモン分泌調節などに関わる。黒質の緻密部に分布するドーパミン細胞は線条体の背側部(背側線条体)の直接路と間接路の出力細胞にシナプスを直接形成し作用する。ドーパミンはドーパミンD1 受容体を介して直接路細胞を活性化させ、ドーパミンD2 受容体を介して間接路細胞を不活性化すると考えられている。パーキンソン病では黒質のドーパミンが枯渇している。

※3マルチリンク解析
多チャンネル電極で多数の神経細胞の活動(スパイク、活動電位)信号を記録し、それらの出力先を同定する新技術。自発的な順行性スパイクと人為的な逆行性スパイクを軸索上で衝突させるスパイク衝突試験の原理を応用している。

論文情報

掲載誌Communications Biology

論文タイトル:Reward expectation enhances action-related activity of nigral dopaminergic and two striatal output pathways

DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-023-05288-x

研究者プロフィール

Alain Rios (アライン リオス) ※姓Rios 名Alain
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生理学分野 助教
・研究領域
神経生理学
大脳基底核・大脳皮質

野々村 聡 (ノノムラ サトシ) Satoshi Nonomura
京都大学 ヒト行動進化研究センター
特定助教
・研究領域
神経生理学
大脳基底核・大脳皮質

礒村 宜和 (イソムラ ヨシカズ) Yoshikazu Isomura
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生理学分野 教授
・研究領域
神経生理学
大脳基底核・大脳皮質

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
細胞生理学分野 氏名 Alain Rios (アライン リオス)
                      氏名 礒村 宜和 (イソムラ ヨシカズ)
E-mail:aardphy2[@]tmd.ac.jp
             isomura.phy2[@]tmd.ac.jp
 
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp


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