犬悪性黒色腫症例に対する合成マイクロRNA-634を用いた新規治療法の開発
東海国立大学機構 岐阜大学
国立大学法人東京医科歯科大学
本研究のポイント
- ヒトと同様に犬の悪性黒色腫(メラノーマ)#1は極めて予後の悪いがんであり、有効な治療法の開発が求められています。両種間で腫瘍生物学的な性質が似ていることから、犬を対象とした研究成果は、ヒト臨床応用にもつながることが期待できます。
- ヒトがん抑制型マイクロRNA(miRNA)#2の1種であるマイクロRNA-634(miR-634)#3は、犬悪性黒色腫へ導入することにより、ヒト標的遺伝子のオルソログ#4である犬の標的遺伝子の発現抑制を介して、顕著に細胞死を誘導することを見出しました。
- さらに、ペット犬に自然発症した悪性黒色腫に対する合成miR-634の腫瘍内局所投与による臨床試験において、7症例中4症例で明確な抗腫瘍効果が認められました。
研究概要
本研究成果は、日本時間2023年8月8日にCancer Gene Therapy誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
研究成果
これまでに、悪性黒色腫細胞株を含めた様々なヒトがん細胞株へのmiR-634の導入は、ASCT2(グルタミントランスポーター)、NRF2(抗酸化作用に関連する転写因子)、Survivin(抗アポトーシス作用)などのがん関連遺伝子mRNAに直接結合し、遺伝子発現を抑制することで、顕著な抗がん作用を引き起こすことを明らかにしてきました。本研究において、犬悪性黒色腫細胞株へのmiR-634の導入は、ヒトにおけるmiR-634の標的遺伝子の犬オルソログの標的遺伝子(Asct2, Nrf2, Survivin)の発現抑制を介して、アポトーシスによる細胞死を誘導することを明らかにしました。(図1)また、In silico解析により、各標的遺伝子の配列内にmiR-634の結合配列を特定しました。これらの結果は、miR-634は、ヒトと同様に犬悪性黒色腫細胞株においても、顕著な抗腫瘍効果を有することを示唆しています。
さらに、ペット犬悪性黒色腫自然発症例の評価で計8病変(口腔内原発病変7ヶ所、肺転移病変1ヶ所)が組み入れられ、治療反応は3病変で部分寛解(PR)、2病変で維持病変(SD)、3病変で進行病変(PD)でした。miR-634の投与期間中央値は53日(範囲; 23-652日)、投与回数中央値は7回(4-76回)であり全例で血液検査に副反応と考えられるような所見は認められませんでした。(図2, 表1)
miR-634の腫瘍内局所投与治療を受けた1頭(症例番号1)では、原発病変および肺転移病変において顕著な腫瘍縮小効果が認められ、岐阜大学動物病院での通院外来治療により2年余りを飼い主のもとで暮らすことができました。

図1 アポトーシス関連タンパク質と標的遺伝子関連タンパク質のウエスタンブロット結果

図2 犬悪性黒色腫自然発症例におけるmiR-634の抗腫瘍効果
A. miR-634の腫瘍内局所投与の様子。口腔内原発病変を目視下で局所投与した。
B. miR-634投与前の口腔内腫瘍(黄色矢印)の造影CT画像。
C. miR-634投与開始582日後の同じ病変。
D. miR-634投与前の肺転移病変(赤矢印)の造影CT画像。
E. miR-634投与開始148日後の同じ病変。

表1 犬悪性黒色自然発症例(7症例)におけるmiR-634の局所投与効果
今後の展開
用語解説
#2 マイクロRNA:全長20-25塩基ほどの小分子RNAであり、標的遺伝子の転写産物に結合することで遺伝子発現を調節している。
#3 miR-634:がん抑制型miRNAの1種であり、がん細胞内へ導入することでアポトーシス誘導による細胞死を引き起こす。
#4 オルソログ(ortholog):複数の種、例えばヒトと犬において相同遺伝子が存在し、それらが同じ機能をもっている場合をオルソログ(ortholog)という。
論文情報
論文タイトル:Therapeutic applications of local injection of hsa-miR-634 into
canine spontaneous malignant melanoma tumors
著者:Ryutaro Yoshikawa, Jun Inoue, Ryota Iwasaki, Mitsuhiko Terauchi, Yuji fujii, Maya Ohta, Tomomi Hasegawa, Rui Mizuno, Takashi Mori, Johji Inazawa
DOI: https://doi.org/10.1038/s41417-023-00656-5
問い合わせ先
<研究に関するお問い合わせ先>
東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 教授 森 崇
E-mail: mori.takashi.v3[@]f.gifu-u.ac.jp
<報道に関するお問い合わせ先>
東海国立大学機構 岐阜大学 総務部広報課広報グループ
E-mail:kohositu[@]t.gifu-u.ac.jp
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp