「肺胞マクロファージを介したCOVID-19の重症化メカニズムを解明」 【佐藤荘 教授】

佐藤 荘 (さとう たかし) 大学院医歯学総合研究科 免疫学分野 教授(左)
光井 雄一(みつい ゆういち)大学院医歯学総合研究科 免疫学分野 非常勤講師(右)
― COVID-19が重症化しやすい人を特定するバイオマーカーの開発に期待 ―

ポイント
- COVID-19が重症化する人は抗炎症性サイトカインであるIL-10の血清濃度が高く、そのIL-10により変化した肺胞マクロファージがSARS-CoV-2の感染の足場として利用されることで肺全体に感染が拡大していくことをつきとめました。
- COVID-19重症化リスクとなる遺伝的背景をもつ人では肺胞マクロファージにIL-10シグナルをより増幅させる新規受容体CiDREが高発現しており、この受容体がCOVID-19の重症化に重要な役割を持つことを見出しました。
- IL-10の血清濃度やCiDREの発現量は重症化のバイオマーカーとして有用と考えられ、IL-10シグナルの阻害薬は重症化ハイリスクの患者さんの生命予後を改善する新規治療として期待されます。
研究の背景
研究グループが今回注目した肺胞マクロファージは肺に存在する免疫細胞の一種で、ウイルスなどの外敵の侵入から我々の体を守る働きを担っています。COVID-19のパンデミック当初、肺胞マクロファージはSARS-CoV-2が細胞に感染する際に利用するACE2受容体※1を発現していないことから、COVID-19の重症化には大きく関与していないと考えられていました。しかしながら、最近の研究ではCOVID-19重症患者の肺胞マクロファージからSARS-CoV-2が検出され、肺胞マクロファージが感染の増悪を引き起こす様々な炎症性サイトカインやケモカインを分泌しているということが明らかになってきました。
以上のような経緯から、研究グループはCOVID-19重症化メカニズムの一端を肺胞マクロファージが担っているのではないかと考え研究を開始しました。
研究成果の概要
次に研究グループは、COVID-19のGWAS※3データを解析し、IL-10Rの構成要素であるIL10RB遺伝子※4の近傍にあるIFNAR2遺伝子※5上の一塩基多型(SNP)※6 rs13050728に着目しました。ヒトのゲノム情報・RNAシーケンスデータを用いてQTL※7解析を行ったところ、rs13050728がT/T遺伝型のヒト単球・マクロファージでは、C/C遺伝型と比較してIFNAR2とIL10RBの2つの遺伝子領域をまたぐスプライシングが高頻度に起こっていることが明らかになりました。そして、その結果生成されるIFNAR2-IL10RBリードスルー転写産物※8がCOVID-19の重症化と強く関連していることが確認されました。さらに、この分子の立体構造解析により、この転写産物がコードするIFNAR2-IL-10RBハイブリッドタンパク質は細胞外にIFNAR2とIL-10RBの2つのドメインを有し、細胞内にはIL-10RB単独のドメインを持つことが明らかとなりました。そこで、研究グループはこの新規タンパク質をCOVID-19 infectivity enhancing dual receptor (CiDRE)と命名し、機能解析を行いました。その結果、CiDREを発現させたマウスの肺胞マクロファージでは、通常の肺胞マクロファージと比較してIL-10のシグナルが顕著に増強し、ACE2発現量とSARS-CoV-2ウイルス量が有意に増加することが明らかとなりました。
また、CiDREはIL-10だけでなくIFN-αとも結合し、IFN-α下流のJAK-STATシグナルを減弱させる働きも持つことが確認されました。これらの結果から、CiDREは肺胞マクロファージにおいて、IL-10と結合してACE2受容体の発現を増強しウイルス感染を促進する一方で、抗ウイルス応答を示すIFN-αを捕捉しその下流シグナルを減弱化させるデコイ受容体※9としての機能も保有することが明らかとなりました。最後に、ヒトの気管支肺胞洗浄液から肺胞マクロファージを単離して解析を行ったところ、実際にT/T遺伝型のヒト肺胞マクロファージではC/C遺伝型と比較してCiDREの発現量が高く、IL-10応答が増強していることが明らかとなりました。
以上より、研究グループはCOVID-19重症化の新たな分子メカニズムとして肺胞マクロファージにおけるIL-10-ACE2発現システムの関与を明らかにし、COVID-19の重症化しやすさを規定する因子として新規受容体CiDREを同定しその働きを明らかにしました(下図)。

研究成果の意義
また、COVID-19においては「重症化しやすいかどうか」を判断するバイオマーカーの開発が望まれています。本研究により同定されたCiDREは血中の単球細胞にも発現しており、重症化のバイオマーカーとして応用が期待されます。将来的には重症化しやすいかどうかを事前に知っておくことで、重要化ハイリスクの人は定期的にワクチン接種を受けることや、感染時には早期にIL-10の働きを阻害するような治療を受けることで重症化を回避出来る可能性があります。このように、本研究成果はCOVID-19に対する個別化治療の発展に大きく寄与する重要な知見であるといえます。
用語解説
※1 ACE2受容体
アンギオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme, ACE)のホモログで、SARS-CoV-2の感染に主要な宿主受容体と考えられている。SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパクがACE2受容体に結合することで、ウイルスの細胞内侵入が開始される。
※2 クロドロン酸リポソーム(CLP)
骨粗しょう症の治療に用いられるクロドロン酸をリポソーム化した製剤で、主に動物モデルでのマクロファージ枯渇実験に用いられる。生体に投与されたCLPはマクロファージによって貪食され、細胞内のATP代謝を阻害することでマクロファージのプログラム細胞死を誘導する。
※3 GWAS
ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study)の略。ヒトのゲノム配列上に存在する遺伝子多型と表現型(疾患のなりやすさなど)との関連を網羅的に解析する手法。
※4 IL10RB遺伝子
IL-10受容体の一部であるIL-10RBタンパク質をコードする遺伝子。IL-10受容体はIL-10RAとIL-10RBの2種類のタンパク質がそれぞれ2個ずつ会合して形成される。
※5 IFNAR2遺伝子
Ⅰ型インターフェロン(type I IFN)受容体の一部であるIFNAR2タンパク質をコードする遺伝子。type I IFN受容体はIFNAR1とIFNAR2の1種類のタンパク質がそれぞれ1個ずつ会合して形成される。
※6 一塩基多型
SNP (single nucleotide polymorphism)と呼称される。GWASの解析対象である遺伝子多型の一種で、個人間におけるゲノム配列上の1塩基のみの違いを指す。通常、集団の中で1%以上の頻度で認められるものを多型といい、変異(mutation)とは区別して考えられる。
※7 QTL
量的形質遺伝子座(Quantitative trait locus)の略。遺伝子の量的形質(RNA転写産物の量や選択的スプライシングの頻度など)と関連するゲノム領域を指す。通常、RNA転写産物の量に関連する遺伝子多型をexpression QTL(eQTL)、スプライシング頻度に関連する遺伝子多型をsplicing QTL(sQTL)と呼ぶ。
※8 リードスルー転写産物
ある遺伝子が転写される際、本来の位置で転写が終了せず隣の遺伝子まで続けて転写が起こることをリードスルー転写といい、その結果生成される転写産物をリードスルー転写産物という。これまでは、がんなどの特殊な状況下で起こると考えられてきたが、そのほとんどは機能を持ったタンパク質として合成されない。
※9 デコイ受容体
特定の成長因子やサイトカインと結合するものの、下流にシグナルを伝達しない受容体を指す。リガンドに対する阻害活性をもつことから、様々な疾患において治療薬としての応用が期待されている。
論文情報
論文タイトル:Expression of the readthrough transcript CiDRE in alveolar macrophages boosts SARS-CoV-2 susceptibility and promotes COVID-19 severity
DOI:https://doi.org/10.1016/j.immuni.2023.06.013
研究者プロフィール

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 教授
・研究領域
免疫学

光井雄一 (ミツイ ユウイチ) Yuichi Mitsui
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 非常勤講師
・研究領域
免疫学、呼吸器病学

順天堂大学 大学院医学研究科
微生物学 助教
・研究領域
ウイルス学
問い合わせ先
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東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 氏名 佐藤 荘(サトウ タカシ)
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