プレスリリース

「肺胞マクロファージを介したCOVID-19の重症化メカニズムを解明」 【佐藤荘 教授】

佐藤 荘 (さとう たかし) 大学院医歯学総合研究科 免疫学分野 教授(左)
光井 雄一(みつい ゆういち)大学院医歯学総合研究科 免疫学分野 非常勤講師(右)

公開日:2023.7.13
肺胞マクロファージを介したCOVID-19の重症化メカニズムを解明
COVID-19が重症化しやすい人を特定するバイオマーカーの開発に期待

ポイント

  • COVID-19が重症化する人は抗炎症性サイトカインであるIL-10の血清濃度が高く、そのIL-10により変化した肺胞マクロファージがSARS-CoV-2の感染の足場として利用されることで肺全体に感染が拡大していくことをつきとめました。
  • COVID-19重症化リスクとなる遺伝的背景をもつ人では肺胞マクロファージにIL-10シグナルをより増幅させる新規受容体CiDREが高発現しており、この受容体がCOVID-19の重症化に重要な役割を持つことを見出しました。
  • IL-10の血清濃度やCiDREの発現量は重症化のバイオマーカーとして有用と考えられ、IL-10シグナルの阻害薬は重症化ハイリスクの患者さんの生命予後を改善する新規治療として期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 免疫学分野の佐藤荘教授らは、本学医歯学総合研究科及び難治疾患研究所、順天堂大学、大阪大学、理化学研究所との共同研究で、①SARS-CoV-2が肺のマクロファージを利用して引き起こす感染拡大メカニズム及び②これまで明らかになっていなかったCOVID-19重症化の原因となる“Factor X”を突き止め、重症化の判断マーカーとして利用できることを解明しました。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、公益財団法人武田科学振興財団、日本学術振興会(JSPS)、Innate cell therapy(株)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Immunityに、2023年7月12日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 2019年末に中国・武漢で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が世界で初めて報告されてから、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行により我々の生活と社会は大きく変容しました。ワクチン接種などの公衆衛生対策によりその流行は一時的に収束しつつありましたが、依然として重症化して死亡に至るケースが報告されており、2023年7月現在、ついに第9波が到来しつつあります。しかし、感染の拡大に関わる詳細な分子メカニズムや、どのような人が重症化しやすいのかについては、これまで明らかになっていませんでした。
 研究グループが今回注目した肺胞マクロファージは肺に存在する免疫細胞の一種で、ウイルスなどの外敵の侵入から我々の体を守る働きを担っています。COVID-19のパンデミック当初、肺胞マクロファージはSARS-CoV-2が細胞に感染する際に利用するACE2受容体※1を発現していないことから、COVID-19の重症化には大きく関与していないと考えられていました。しかしながら、最近の研究ではCOVID-19重症患者の肺胞マクロファージからSARS-CoV-2が検出され、肺胞マクロファージが感染の増悪を引き起こす様々な炎症性サイトカインやケモカインを分泌しているということが明らかになってきました。
 以上のような経緯から、研究グループはCOVID-19重症化メカニズムの一端を肺胞マクロファージが担っているのではないかと考え研究を開始しました。

研究成果の概要

 東京医科歯科大学ではこれまで新型コロナウイルスに感染した患者様を多く治療してきた実績があり、その際に採取した臨床サンプルは本学の疾患バイオリソースセンターで保管されています。研究グループはまずそれらの患者検体を用いて解析を行い、入院後にCOVID-19が重症化した患者さんの血液では重症化前に抗炎症サイトカインであるIL-10の値が有意に高くなっていることをつきとめました。そして、次にそのIL-10を用いてマウスの肺胞マクロファージを培養したところ、SARS-CoV-2の感染に必要なACE2受容体の発現が有意に上昇することを明らかにしました。更に、IL-10培養後の肺胞マクロファージでは、通常は起こらないSARS-CoV-2の感染と細胞内増幅が様々なウイルス株で確認されました。さらに、あらかじめクロドロン酸リポソーム(CLP)※2を気管内投与して肺胞マクロファージを欠損させたハムスターを用いて個体レベルでSARS-CoV-2感染を行ったところ、肺胞マクロファージを欠損したハムスターではCOVID-19重症化が有意に抑制されることが確認されました。また、IL-10受容体(IL-10R)に対する抗体を用いて肺胞マクロファージに対するIL-10の働きを阻害して同様の実験を行ったところ、抗体投与群でCOVID-19重症化が有意に抑制されることが確認されました。以上の実験から、COVID-19の感染拡大には肺胞マクロファージへのIL-10シグナルの活性化が重要であると結論づけられました。
 次に研究グループは、COVID-19のGWAS※3データを解析し、IL-10Rの構成要素であるIL10RB遺伝子※4の近傍にあるIFNAR2遺伝子※5上の一塩基多型(SNP)※6 rs13050728に着目しました。ヒトのゲノム情報・RNAシーケンスデータを用いてQTL※7解析を行ったところ、rs13050728がT/T遺伝型のヒト単球・マクロファージでは、C/C遺伝型と比較してIFNAR2とIL10RBの2つの遺伝子領域をまたぐスプライシングが高頻度に起こっていることが明らかになりました。そして、その結果生成されるIFNAR2-IL10RBリードスルー転写産物※8がCOVID-19の重症化と強く関連していることが確認されました。さらに、この分子の立体構造解析により、この転写産物がコードするIFNAR2-IL-10RBハイブリッドタンパク質は細胞外にIFNAR2とIL-10RBの2つのドメインを有し、細胞内にはIL-10RB単独のドメインを持つことが明らかとなりました。そこで、研究グループはこの新規タンパク質をCOVID-19 infectivity enhancing dual receptor (CiDRE)と命名し、機能解析を行いました。その結果、CiDREを発現させたマウスの肺胞マクロファージでは、通常の肺胞マクロファージと比較してIL-10のシグナルが顕著に増強し、ACE2発現量とSARS-CoV-2ウイルス量が有意に増加することが明らかとなりました。
 また、CiDREはIL-10だけでなくIFN-αとも結合し、IFN-α下流のJAK-STATシグナルを減弱させる働きも持つことが確認されました。これらの結果から、CiDREは肺胞マクロファージにおいて、IL-10と結合してACE2受容体の発現を増強しウイルス感染を促進する一方で、抗ウイルス応答を示すIFN-αを捕捉しその下流シグナルを減弱化させるデコイ受容体※9としての機能も保有することが明らかとなりました。最後に、ヒトの気管支肺胞洗浄液から肺胞マクロファージを単離して解析を行ったところ、実際にT/T遺伝型のヒト肺胞マクロファージではC/C遺伝型と比較してCiDREの発現量が高く、IL-10応答が増強していることが明らかとなりました。
 以上より、研究グループはCOVID-19重症化の新たな分子メカニズムとして肺胞マクロファージにおけるIL-10-ACE2発現システムの関与を明らかにし、COVID-19の重症化しやすさを規定する因子として新規受容体CiDREを同定しその働きを明らかにしました(下図)。
図 肺胞マクロファージを起点としたCOVID-19の重症化メカニズム

研究成果の意義

 本研究により、肺胞マクロファージがIL-10による刺激を受けてSARS-CoV-2に対する感染性を獲得し、COVID-19の重症化へ寄与することが明らかになりました。また、COVID-19重症化のリスクとなるSNP(rs13050728がT/T遺伝型)がIFNAR2-IL10RB遺伝子間のリードスルー転写を介してユニークな受容体CiDREの発現を誘導し、それによるIL-10応答の増強がCOVID-19の重症化をさらに促進させることが明らかになりました。遺伝子多型によって免疫細胞の機能に個体差が生じ、それが病気のなりやすさとつながっているという事実はCOVID-19のみならず、複雑なヒト疾患と免疫細胞との関わりを明らかにしていく上で非常に重要な発見といえます。
 また、COVID-19においては「重症化しやすいかどうか」を判断するバイオマーカーの開発が望まれています。本研究により同定されたCiDREは血中の単球細胞にも発現しており、重症化のバイオマーカーとして応用が期待されます。将来的には重症化しやすいかどうかを事前に知っておくことで、重要化ハイリスクの人は定期的にワクチン接種を受けることや、感染時には早期にIL-10の働きを阻害するような治療を受けることで重症化を回避出来る可能性があります。このように、本研究成果はCOVID-19に対する個別化治療の発展に大きく寄与する重要な知見であるといえます。

用語解説

※1 ACE2受容体
 アンギオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme, ACE)のホモログで、SARS-CoV-2の感染に主要な宿主受容体と考えられている。SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパクがACE2受容体に結合することで、ウイルスの細胞内侵入が開始される。
※2 クロドロン酸リポソーム(CLP)
 骨粗しょう症の治療に用いられるクロドロン酸をリポソーム化した製剤で、主に動物モデルでのマクロファージ枯渇実験に用いられる。生体に投与されたCLPはマクロファージによって貪食され、細胞内のATP代謝を阻害することでマクロファージのプログラム細胞死を誘導する。
※3 GWAS
 ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study)の略。ヒトのゲノム配列上に存在する遺伝子多型と表現型(疾患のなりやすさなど)との関連を網羅的に解析する手法。
※4 IL10RB遺伝子
 IL-10受容体の一部であるIL-10RBタンパク質をコードする遺伝子。IL-10受容体はIL-10RAとIL-10RBの2種類のタンパク質がそれぞれ2個ずつ会合して形成される。
※5 IFNAR2遺伝子
 Ⅰ型インターフェロン(type I IFN)受容体の一部であるIFNAR2タンパク質をコードする遺伝子。type I IFN受容体はIFNAR1とIFNAR2の1種類のタンパク質がそれぞれ1個ずつ会合して形成される。
※6 一塩基多型
 SNP (single nucleotide polymorphism)と呼称される。GWASの解析対象である遺伝子多型の一種で、個人間におけるゲノム配列上の1塩基のみの違いを指す。通常、集団の中で1%以上の頻度で認められるものを多型といい、変異(mutation)とは区別して考えられる。
※7 QTL
 量的形質遺伝子座(Quantitative trait locus)の略。遺伝子の量的形質(RNA転写産物の量や選択的スプライシングの頻度など)と関連するゲノム領域を指す。通常、RNA転写産物の量に関連する遺伝子多型をexpression QTL(eQTL)、スプライシング頻度に関連する遺伝子多型をsplicing QTL(sQTL)と呼ぶ。
※8 リードスルー転写産物
 ある遺伝子が転写される際、本来の位置で転写が終了せず隣の遺伝子まで続けて転写が起こることをリードスルー転写といい、その結果生成される転写産物をリードスルー転写産物という。これまでは、がんなどの特殊な状況下で起こると考えられてきたが、そのほとんどは機能を持ったタンパク質として合成されない。
※9 デコイ受容体
 特定の成長因子やサイトカインと結合するものの、下流にシグナルを伝達しない受容体を指す。リガンドに対する阻害活性をもつことから、様々な疾患において治療薬としての応用が期待されている。

論文情報

掲載誌Immunity

論文タイトル:Expression of the readthrough transcript CiDRE in alveolar macrophages boosts SARS-CoV-2 susceptibility and promotes COVID-19 severity

DOI:https://doi.org/10.1016/j.immuni.2023.06.013

研究者プロフィール

佐藤荘 (サトウ タカシ) Takashi Satoh
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 教授
・研究領域
免疫学

光井雄一 (ミツイ ユウイチ) Yuichi Mitsui
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 非常勤講師
・研究領域
免疫学、呼吸器病学

鈴木達也 (スズキ タツヤ) Tatsuya Suzuki
順天堂大学 大学院医学研究科
微生物学 助教
・研究領域
ウイルス学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
免疫学分野 氏名 佐藤 荘(サトウ タカシ)
TEL:03-5803-5160 FAX:03-5803-5160
E-mail:secretary.mbch[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
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E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp


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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「肺胞マクロファージを介したCOVID-19の重症化メカニズムを解明」