プレスリリース

「 アントラサイクリン誘発性心筋症に対する小胞体選択的オートファジーの心保護作用を解明 」 【前嶋康浩 准教授】

公開日:2023.7.12
アントラサイクリン誘発性心筋症に対する小胞体選択的オートファジーの心保護作用を解明
がん治療関連心筋障害を克服する端緒として期待

ポイント

  • 心臓における小胞体選択的オートファジーの機能や役割は、これまで解明されていませんでした。今回、前嶋康浩准教授、中釜瞬大学院生、笹野哲郎教授らの研究グループは、アントラサイクリン誘発性心筋症の動物モデルを用いた実験系で小胞体選択的オートファジーが心保護効果を発揮していることを発見しました。
  • 心筋細胞における小胞体選択的オートファジーをモニタリングする方法を確立することができたため、今後の心臓におけるオートファジー研究の更なる発展への寄与が見込まれます。
  • 本研究成果は、がん治療の深刻な合併症のひとつであるアントラサイクリン誘発性心筋症の病態解明を進め、新規治療法の開発研究に寄与するものと期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学分野の前嶋康浩准教授、中釜瞬大学院生、笹野哲郎教授らの研究グループは、CCPG1を介した小胞体選択的オートファジーの誘導機構がアントラサイクリン誘発性心筋症に対する保護的作用を発揮していることを発見しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金ならびに国立研究開発法人科学技術振興機構の支援のもと、日本べーリンガーインゲルハイム株式会社と東京医科歯科大学の共同研究として行われたもので、その研究成果は、国際科学誌JACC: CardioOncologyに、2023年7月11日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 近年、がんの薬物治療が目覚ましく進化を遂げており、それに伴いがん患者の予後が劇的に改善しています。一方で、がん薬物治療を原因とする心機能障害を生じるケースも増えてきております。最も頻度が高く、かつ重症度の高い薬剤誘発性心筋症を引き起こすアントラサイクリン系抗がん剤のドキソルビシン※1は、多彩なメカニズムを介して心筋傷害作用を発揮しますが、過度な小胞体(ER)※2の傷害もその心毒性の一端を担っています。ERの傷害に対する代償機構としては小胞体ストレス応答(UPR)が知られておりますが、過度なERの傷害を受けた細胞ではUPRが過剰に作用することで細胞死が誘導されてしまうため、心筋細胞をはじめとする非分裂細胞にはUPRとは異なったERの傷害を代償する機構の存在が想定されていました。
 細胞内に存在する不要物の分解やアミノ酸のリサイクルを担う細胞内機構であるオートファジー※3のうち、「選択的オートファジー」はダメージを受けた細胞内小器官を分解するという重要な役割を果たしています。例えば、ミトコンドリア選択的オートファジー(マイトファジー)は大量のミトコンドリアを含む心筋細胞においてミトコンドリアの品質管理を担うことで心保護作用を発揮していることが知られています。一方、小胞体選択的オートファジー(ERファジー)は過度な傷害を受けたERを分解・除去するメカニズムですが、心筋細胞におけるERファジーが果たす役割の詳細については未解明でした。
 このような背景を踏まえて、今回研究グループはドキソルビシン誘発性心筋症の病態にERファジーによるERの品質管理機構が関与している可能性が高いと考え、ERファジーを介した小胞体品質管理がドキソルビシンに起因する心毒性に及ぼす影響について検討いたしました。

研究成果の概要

 心筋細胞および心筋組織におけるERファジー活性をモニタリングするために、ERファジーのレポータータンパクを発現する心筋細胞株を樹立し、さらに、心筋特異的に同レポータータンパクを発現するトランスジェニックマウスを作成しました。これらの心筋細胞株とトランスジェニックマウスを用いた解析によって、ドキソルビシンがERファジーを活性化させることを確認しました。また、心筋細胞にドキソルビシンを投与するとCCPG1の遺伝子発現レベルが上昇し、反対にCCPG1の機能を喪失させるとドキソルビシンによるERファジー誘導が有意に抑制されることが分かりました。さらに、CCPG1機能を喪失した心筋細胞ではドキソルビシンによって生じる小胞体傷害が有意に増加してアポトーシスが誘導されることを見出しました。CCPG1低発現マウスでは野生型マウスに比べてドキソルビシンによる心機能障害の程度が強いことも見出しました。以上の結果より、ドキソルビシンの心毒性に対してCCPG1を介したERファジーの誘導が保護的に作用していることが示されました(図)。ただ、CCPG1を心筋細胞に強制発現してもERファジーの活性化は観察されず、ドキソルビシンに対する心筋傷害の抑制効果も認められなかったため、ERファジーの誘導にはCCPG1の発現増加以外のメカニズムも必要であると考えられました。研究グループが立てた「CCPG1と結合するタンパクがそのメカニズムの鍵を握っている」という仮説を解き明かすためにCCPG1と相互作用するタンパクのプロテオーム解析を実施し、TBK1キナーゼが有力な候補であることを見いだすことができました。
 
 図:CCPG1を介したERファジー活性化によりドキソルビシンの心毒性が抑制される

研究成果の意義

 ドキソルビシンによる心毒性におけるERファジーの意義とその制御機構の一端を解明することができ、難治性で予後が不良であるアントラサイクリン誘発性心筋症の病態に対する理解を深めることができました。その結果、ERファジーを賦活化することがアントラサイクリン誘発性心筋症の治療に有効である可能性を示すことができたため、将来的な治療領域の開拓に応用することが期待できる成果であると考えております。増加し続けるドキソルビシン心筋症に対する新規治療の開発は社会における喫緊のニーズでありますが、本研究成果はそのニーズに応える一助になるものと考えています。さらに、小胞体の傷害は心疾患に限らず、悪性腫瘍、神経変性疾患や糖尿病、脂肪肝、動脈硬化症などの発症にも深く関わっていることが知られていますので、本研究で得られた知見は心臓領域の治療応用に限らず、広く他の疾患へ応用していくことが可能であると考えられます。

用語解説

※1ドキソルビシン・・・・・・・・アントラサイクリン系抗がん剤の一種で、乳がんや悪性リンパ腫をはじめとする様々な悪性腫瘍に対する標準的薬剤として使用されている。用量依存的に心毒性を引き起こすことが知られており、一定数の患者様で抗がん剤関連心筋症を発症するという問題点がある。現時点では、治療の中止以外の有効な治療法がなく、新規治療薬や予防薬の開発が待たれている。
※2小胞体・・・・・・・・真核細胞の小器官の1つで、蛋白質や脂質の合成、カルシウムイオンの貯蔵庫としての機能を持つ。心筋細胞の収縮・弛緩には、カルシウムイオンの制御が中心的な役割を果たしており、心収縮機能の維持にとって小胞体は重要な働きを持つ。
※3オートファジー・・・・・・・・全ての真核生物(核を持つ細胞)に備わっている細胞内成分の分解機構。脂質二重膜構造をもつオートファゴソームと加水分解酵素に富むリソソームの働きによって細胞内蛋白質や小器官を分解し、細胞の恒常性を維持する役割を担っている。

論文情報

掲載誌JACC: CardioOncology

論文タイトル:Endoplasmic Reticulum Selective Autophagy Alleviates Anthracycline-Induced Cardiotoxicity

DOI https://doi.org/10.1016/j.jaccao.2023.05.009

研究者プロフィール

前嶋 康浩 (マエジマ ヤスヒロ) Maejima Yasuhiro
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 准教授
・研究領域
循環器疾患(心不全、心筋症、動脈硬化症、大型血管炎)の基礎/臨床研究

中釜 瞬 (ナカガマ シュン) Nakagama Shun
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 大学院生
・研究領域
循環器疾患(心不全、心筋症)の基礎研究

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
循環制御内科学分野 氏名 前嶋 康浩(マエジマ ヤスヒロ)
E-mail:ymaeji.cvm[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp


※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「 アントラサイクリン誘発性心筋症に対する小胞体選択的オートファジーの心保護作用を解明 」