プレスリリース

「 研修開始時点での抑うつ症状を緩和する非認知スキルの解明 」 【赤石雄 助教、山脇正永 教授】

公開日:2023.7.6
研修開始時点での抑うつ症状を緩和する非認知スキルの解明
初期研修医のGritと抑うつ症状の関連について

ポイント

  • 社会に多大な影響を与えた新型コロナウイルスの流行は、初期研修医を含む医療提供者にも大きい心的負荷を与えました。
  • 新型コロナウイルス流行下の研修開始時点の初期研修医において、非認知能力の一つであるGrit(やり抜く力)が高いことは、抑うつ症状の発生の予防に有効であることが証明されました。
  • 非認知能力を高める取り組みが有益であることが分かり、研修医や医学生等学修者の非認知能力の育成をより意識した大学のカリキュラムや講義構成の重要性を示す根拠の一つになる可能性があります。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 臨床医学教育開発学分野の赤石雄助教、山脇正永教授と国際健康推進医学分野の那波伸敏准教授の研究グループは、新型コロナウイルス流行下と研修開始時点という高い心的負荷がかかる時期においても、初期研修医のGrit※1が高いことは、抑うつ症状の発生を予防することをつきとめました。この研究は文科省「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」の一部支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌medical education onlineに、2023年6月21日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 初期研修医が、抑うつ症状やうつ病※2を有する割合は、一般人口の割合より高いことが分かっています。研修医がうつ病を抱えている場合、抱えていない場合と比較し、医学的なミスを犯しやすいことが報告されており、取り組むべき喫緊の課題の一つであると認識されています。また、新型コロナウイルスの流行は、感染の恐怖や家族からの隔離など、研修医を含む医療従事者のメンタルヘルスに影響を与えたことも報告されています。本研究グループは、このような心的ストレスの多い状況下で、研修プログラムを開始する初期研修医のGritと抑うつ症状を有する割合の関係を解析しました。

研究成果の概要

 研究グループは、当院の研修プログラムの初期研修医を対象に2020年から2022年にかけてオンラインアンケートを行いました。測定時期は、各年度の入職前後の時期に統一しました。Gritの点数は、日本語版のGrit-S(Grit short version)※3の質問紙(1.2)にて測定し、抑うつ症状の有無は、CES-D(うつ病自己評価尺度)※4という質問紙にて測定しました。その他にも、喫煙歴、飲酒、運動習慣、睡眠、食事などに関しても詳細にデータを取得しました。
 最終的に、221名(2020年70名、2021年88名、2022年63名)の研修医を対象にデータの解析を行い、対象者の平均年齢は25.1歳で、性別は男性134名、女性87名でした。研修開始時点に、抑うつ症状を有していたのは28名(12.7%)でした。抑うつ症状を有しないグループのGrit-Sの点数は3.4で、抑うつ症状を有するグループの同点数は3.0であり、この差が解析にて大きいことが分かりました(P=0.005)。また、Grit-Sの下位尺度※5である根気尺度の点数において、抑うつ症状を有しないグループと有するグループ間で大きい差がありました(抑うつ症状なし群3.7 vs抑うつ症状あり群3.2、 P=0.003)。
 多変量解析の結果、Grit-Sのスコアが1点上昇すると、年齢や性別などの複数の因子を調整した後に、抑うつ症状を有するオッズが63%下がることが分かりました(オッズ比0.37、95%信頼区間0.19-0.74)(表1)。
 
 また、根気尺度のスコアが1点上昇すると、年齢や性別などの複数の因子を調整した後に、抑うつ症状を有するオッズが61%下がる(オッズ比0.39、95%信頼区間0.21-0.72)ことが分かりました(表2)。

研究成果の意義

 本研究によって、多大な心理的ストレスのかかる状況において、Grit-Sの点数と抑うつ症状の有無の関連が示されました。つまり、Grit-Sが高いと精神を安定させる方向に働き、Grit-Sが低いと抑うつ症状が出現しやすくなるということです。そのため、初期研修医のGrit-Sが低い場合には、うつ病発症の予防や早期発見のために、定期的な面談などのフォローが推奨されることが分かりました。
 また、Gritは非認知能力の一つとされていますが、このような非認知能力を高める取り組みを研修中や研修前の学生時代に行うことが有益であるとも言えます。この発見が、今後、非認知能力の育成をより意識した大学でのカリキュラムや講義構成の重要性を示す根拠の一つになる可能性があります。

用語解説

※1 Grit
アンジェラ・ダックワースによって提唱された“やりぬく力”という非認知能力の一つです。各方面の成功に大きく貢献していることが報告されおり、近年注目を集めています。12項目の質問で構成されています。
※2 抑うつ症状とうつ病
抑うつ症状は、うつ病と診断する上での重要な症状の一つですが、うつ病の診断には、他にもいくつかの症状を伴っている必要があります。
※3 Grit-S
8項目からなる質問で構成されているGritの短縮版ですが、精度(妥当性)が高いことが報告されています。最高点が5点で、最低点が1点となるようにできています。
※4 CES-D(うつ病自己評価尺度)
20項目の質問から構成されていて、うつ症状の有無のスクリーニングに役立ちます。
※5 下位尺度
Gritは「根気尺度」と「一貫性尺度」という2つの尺度から構成されていて、この2つを下位尺度といいます。これは、Gritの質問の中で、「根気尺度」を測定する質問群と「一貫性尺度」を測定する質問群に分かれているということです。

参考論文

1. Duckworth AL, Quinn PD. Development and validation of the short grit scale (grit-s). J Pers Assess. 2009;91(2):166-74.
2. 西川一二、奥上紫緒里、雨宮俊彦.日本語版Short Grit(Grit-S)尺度の作成.パーソナリティー研究. 2015;24(2):167-9.

論文情報

掲載誌Medical Education Online

論文タイトル:Association between Grit and depressive symptoms at the timing of job start among medical residents during the COVID-19 pandemic in Japan: a cross-sectional study

DOI: https://doi.org/10.1080/10872981.2023.2225886

研究者プロフィール

赤石 雄 (アカイシ ユウ) Yu Akaishi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
臨床医学教育開発学分野 助教
・研究領域
医学教育学、内科学

山脇 正永 (ヤマワキ マサナガ) Masanaga Yamawaki
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
臨床医学教育開発学分野 教授
・研究領域
医学教育学、神経科学、内科学

那波 伸敏 (ナワ ノブトシ) Nobutoshi Nawa
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
国際健康推進医学分野 准教授
・研究領域
公衆衛生学、社会疫学、医学教育学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
臨床医学教育開発学分野  赤石 雄 (アカイシ ユウ)
                                   山脇 正永 (ヤマワキ マサナガ)
TEL 03-5803-5948 FAX 03-5803-0281
E-mail:osuishi.fmed[@]tmd.ac.jp(赤石)myammerd[@]tmd.ac.jp(山脇)


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