プレスリリース

「 日常生活空間における無意識での疾患スクリーニングの実現 」 【藤田浩二 講師】

公開日:2023.6.30
国立大学法人東京医科歯科大学
慶應義塾大学
「 日常生活空間における無意識での疾患スクリーニングの実現 」
書く動作によって頚髄症(けいずいしょう)をスクリーニング

ポイント

  • 初期症状が乏しく診断や治療が遅れることが多い頚髄症を、日常的に行う動作の一つである「書く」動作を人工知能によって解析することで早期に診断する技術を開発しました。
  • 市販のタブレット端末の画面上に表示される簡単な図形をなぞることにより手の動きを解析し、頚髄症の有無を高い精度で判別することができました。
  • 日常生活空間での無意識の動作による疾患スクリーニングにつなげ、早期発見・治療に貢献することが期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 運動器機能形態学講座の藤田浩二講師と大学院医歯学総合研究科 整形外科学の山田英莉久大学院生の研究グループは、慶應義塾大学 理工学部 情報工学科の杉浦裕太准教授のグループとの共同研究で、書く動作に着目し頚髄症※1の疾患スクリーニングの可能性を示しました。この研究では、タブレット端末上に表示した簡単な図形をなぞるときの手の動きを記録し、機械学習アルゴリズムによって疾患の有無を推定します。この研究はJSPS 科研費ならびにJST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ、整形災害外科学研究助成財団、全国共済農業協同組合連合会の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)に2023年6月20日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 頚髄症は脊髄が徐々に圧迫されていく進行性の疾患であり、進行に伴って手の使いづらさ(巧緻運動障害※2)や歩行障害が現れ、日常生活に大きな支障をきたします。しかし頚髄症は発症初期には症状が乏しいため、病院を受診して専門医によって診断される頃にはすでに進行し治療を行っても症状の改善が乏しく、適切な治療のタイミングを逃してしまうことも少なくありません。良好な予後を得るためには早期発見が重要であり、発症初期の頚髄症の患者を見つけ専門医への受診を促すようなスクリーニングシステムの確立が望まれます。

研究成果の概要

 本研究では、頚髄症の代表的な初発症状のひとつである手指の巧緻運動障害のうち、書字障害に着目し、書字動作を解析することで頚髄症が有るかどうかを判別するスクリーニングシステムを考案しました。システムは病院外での使用を想定し、市販のタブレット端末(Apple社のiPad Pro)とスタイラスペン(同Apple Pencil)で構成されています。慶應義塾大学と共同で開発した専用アプリケーション上で、画面に表示させた簡単な図形(渦巻き、矩形波、三角波)を被検者にスタイラスペンでなぞってもらいます。図形をなぞっている間にペン先の座標と筆圧を経時的に測定します。これらのデータから頚髄症に特徴的な動きを抽出し、機械学習※3を用いて頚髄症の有無を判別します。
 上記システムを用いて、頚髄症患者38名、頚髄症のない被検者66名を対象に疾患の有無を推測させた結果、感度76%、特異度76%、AUC※4 0.80 という良好な結果を得ました。これは医師による従来の身体診察法と同等以上のスクリーニング精度でした。

研究成果の意義

 本システムは普段の生活の中でも行うことの多い、書字動作を市販のタブレット端末とスタイラスペンのみで計測し、人工知能(AI)によって解析することで頚髄症のスクリーニングを可能とした初めての技術です。本システムの特徴として特別な医療機器を必要としないことから、将来的に病院外での使用や専門医が不在であるクリニックや一般家庭でのスクリーニングシステムとしての使用に応用できる可能性があります。さらに、本法は被検者に意識させることなく計測することが可能で、この技術を応用してクレジットカードのサイン等日常生活中に浸透させることで、疾患の早期発見と専門医への誘導につながる可能性があると考えられます。
 本システムの実装により、MRI等による高コストの検査によるスクリーニングを抑制、早期治療介入の実現による症状悪化後の治療の減少により医療費の削減にも寄与できると考えられます。また本研究グループはすでに本法で同様に手の使いづらさをきたす疾患である手根管症候群のスクリーニングにも成功しており※5、今後も手に障害をきたす他の疾患についても対象範囲を広げていく予定です。
【参考図】

図1. 計測方法
タブレット端末の画面上に表示される簡単な図形をスタイラスペンでなぞります。なぞっている間に筆跡と筆圧を経時的に測定します。

図2. 頚髄症の有無による筆跡の違い
頚髄症のない被検者(左)と比較して頚髄症のある患者の筆跡(右)は筆圧が小さく、ぶれが目立ちます。

用語解説

※1 頚髄症: 頚椎(首の骨)の内部を通る脊髄が圧迫されて起こる進行性の疾患。
※2 巧緻運動障害: 手や指が行う細かな作業が困難になった状態。字を書きづらい、箸がうまく使えない、ボタンをかけづらいなどが代表的である。
※3 機械学習: 人工知能(AI)の一種。コンピューターが与えられた課題を学習することで自らルールを構築し、未知のデータに対してそのルールにしたがった予測を行う仕組みである。
※4 AUC: Area Under the Curve の略。検査方法の評価項目の1つで、0 から1 の値をとり、1 に近いほど、精度の良いことを示す。
※5 Watanabe, T. et al. The accuracy of a screening system for carpal tunnel syndrome using hand drawing.
J. Clin. Med. 10, 253. https://doi.org/10.3390/jcm10194437 (2021).

論文情報

掲載誌Scientific Reports

論文タイトル:A Screening Method for Cervical Myelopathy Using Machine Learning to Analyze a Drawing Behavior

DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-37253-3

研究者プロフィール

藤田 浩二 (フジタ コウジ) Fujita Koji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
運動器機能形態学講座 講師
・研究領域
手外科、動作解析、疾患予測

山田 英莉久 (ヤマダ エリク) Yamada Eriku
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
整形外科学 大学院生
・研究領域
手外科、人工知能

杉浦 裕太 (スギウラ ユウタ) Sugiura Yuta
慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 准教授
・研究領域
ヒューマン・コンピュータ・インタラクション

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
運動器機能形態学講座 藤田 浩二(フジタ コウジ)
E-mail:fujiorth[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

慶應義塾 広報室
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E-mail:m-pr[@]adst.keio.ac.jp

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「日常生活空間における無意識での疾患スクリーニングの実現」