プレスリリース

「口腔の健康格差の縮小のために、経済的な介入の必要性を再考」【相田潤 教授】

公開日:2023.6.27
「口腔の健康格差の縮小のために、経済的な介入の必要性を再考」
― 歯科公衆衛生の国際誌の50周年記念の健康格差特集号にナラティブレビューが採択 ―

ポイント

  • 日本や世界で、むし歯や歯周病や歯の喪失などに、社会経済的に困窮している人ほど健康状態が悪いという健康格差が広く見られ、国内外の政策で重要課題とされています。
  • 経済的要因は、健康格差の重要な原因ですが、多くの健康格差の対策はその部分に踏み込んではいません。
  • 経済的要因への対策として、1)歯科医療を受けるための経済的支援や不健康な商品を対象とした増税などの財政政策といった間接的アプローチと、2)現金給付やベーシックインカムの提供などの直接的アプローチが存在します。
  • これまでの研究から、歯科医療費の自己負担を減らす政策や、タバコや砂糖を含む飲食品への課税は、健康格差を減らすと考えられます。
  • 困窮者への現金給付やベーシックインカムなどの直接的アプローチは、近年世界的に必要性が注目されていますが、口腔の健康格差に対する研究はほとんど存在せず、今後の研究が必要です。
 健康格差への対策は、日本でも国の健康政策である「健康日本21(第2次、第3次)」の中に盛り込まれ、国際的にも研究や政策の上で注目されていますが、科学的に効果のある対策が必ずしも充実しているわけではありません。東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野の相田潤教授、石丸美穂特任助教、木野志保講師の研究グループは、これまでの研究や政策の状況から、健康格差の重要な原因であるにもかかわらず見過ごされている事項として、経済的要因への対策の必要性を論述しました。この成果は、歯科公衆衛生の国際誌であるCommunity Dentistry and Oral Epidemiologyの50周年記念の健康格差特集号に採択され、ナラティブレビューとして2023年6月6日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 イギリスの医療経済学者であるバーチは、「現在の社会構造を神聖視することで政策展開が制約されるのであれば、健康格差の縮小の追求は、ヒッチコックさえも誇りに思うようなミステリーになるだろう」と述べています(Birch 1999)。しかし今日においても、健康格差への対策として、重要な原因である経済的要因への注目は少なく、個人の生活習慣などに着目した対策が多い現状があります。
 ところが、新型コロナウイルス感染症の流行や戦争、インフレーションといった近年の経済状況により、保健医療分野においても、ベーシックインカム(一定金額を定期的に給付する方法で、対象者の制限がない方法)をはじめとした経済的要因への対策に注目が集まっています。そこで、口腔の健康格差と経済的要因への対策についてこれまでの研究をレビューし、論述しました。

研究成果の概要

 経済的要因に対処するための公衆衛生のアプローチは、2つのカテゴリーに分けることができます: 1)歯科医療を受けるための経済的支援や不健康な商品を対象とした増税などの財政政策といった「間接的アプローチ」と、2)困窮者への現金給付やベーシックインカムの提供などの「直接的アプローチ」。
 これまでの研究から、間接的なアプローチとしては、歯科医療費の自己負担を減らす政策が、歯科医療受診をしやすくして、口腔の健康格差を減らすと考えられます。さらにタバコや砂糖に課税する価格政策は、歯周病やむし歯の減少と関連しており、砂糖への課税はむし歯の健康格差を軽減、タバコへの課税は喫煙行動の格差を縮小すると考えられます。
 直接的なアプローチとしては、低所得者への現金給付に関する研究では、歯科受診にプラスの影響は認められず、むし歯予防に関連する結果は一貫せず結論が出ていません。これは研究対象者の背景要因や方法が原因だと考えられ、より洗練された研究が求められます。また、ベーシックインカムのような所得保障のための集団的アプローチの効果を調べた研究は、歯科分野ではまだ存在していません。
 経済的要因の健康への効果の検証には、無作為化比較試験のような実験的研究のほか、観察研究から因果推論をする手法が適当だと考えられました。

研究成果の意義

 経済的要因への対策は、日本や世界で存在し、効果を検証する論文も出版されています。しかし、研究はまだ少なく、そして、効果が大きいと考えられているベーシックインカムの効果を検証するような研究は、歯科分野ではまだ存在していません。経済的要因への対策の重要性と、今後の研究の必要性を明確にしたこの論文は、健康格差特集号に採択されたことから、国際的にも一定の評価をされたものと考えられます。

論文情報

掲載誌Community Dentistry and Oral Epidemiology

論文タイトル:Reconsidering economic interventions to reduce oral health inequalities

DOIhttps://doi.org/10.1111/cdoe.12883

研究者プロフィール

相田 潤 (アイダ ジュン) Aida Jun
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
健康推進歯学分野 教授
・研究領域
社会疫学、歯科疫学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
健康推進歯学分野 相田 潤 (アイダ ジュン)
E-mail:aida.ohp@tmd.ac.jp
     

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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