プレスリリース

「 腎臓切除後の代償性腎肥大のメカニズムを網羅的解析で解明 」 【菊池寛昭 助教】

公開日:2023.6.16
腎臓切除後の代償性腎肥大のメカニズムを網羅的解析で解明
世界初の単離尿細管を用いたATAC-seqに成功

ポイント

  • 手術などにおける腎臓切除後、失われた機能を補うために残った腎臓が肥大化する代償性肥大の仕組みを、多種類の網羅的解析(RNA-seq、transposase-accessible chromatin using sequencing (ATAC-Seq)、 プロテオミクス、リピドミクス)を用いて解明しました。
  • 単離尿細管を用いたクロマチンアクセシビリティ解析(ATAC-Seq)を世界で初めて成功させました。
  • 腎臓尿細管肥大は細胞の肥大化と細胞増殖双方の機序によって引き起こされますが、尿細管の部位によって細胞肥大、細胞増殖の比重が異なることが示されました。
  • 本研究成果により腎臓の部分的切除や、障害を負った後の機能回復・亢進にペルオキシソーム増殖剤応答性受容体α(PPARα)が重要であることが示され、この仕組みをターゲットにした治療法開発などの医療応用が今後期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 茨城県腎臓疾患地域医療学講座の菊池寛昭助教の研究グループは、米国国立衛生研究所(NIH)における研究で、代償性腎肥大の原因となるシグナルを、単離尿細管を用いたRNA-seq、ATAC-seq※1、腎臓を用いたプロテオミクス、リピドミクスによるマルチオミクス解析でつきとめました。腎臓は血中の老廃物や余分な水分、塩分を濾過し尿を生成する臓器であり、その機能単位はネフロンと呼ばれます。ネフロン※2は少なくとも14種類の尿細管上皮細胞によって構成されており、部位特異的なシグナル解析が非常に難しい臓器です。研究グループは、特定の尿細管部位だけを単離し、それを網羅的解析に用いました。特に単離尿細管を用いたクロマチンアクセシビリティ解析(ATAC-seq)は世界初の報告となりました。その研究成果は、国際科学誌Nature Communications (ネイチャーコミュニケーションズ)に、2023年6月16日にオンライン版で発表されました。

(図)単離尿細管を用いたマルチオミクス解析
片側腎摘出(UNx)によって、残された腎臓は代償性に肥大します。コントロール腎と肥大腎それぞれから、近位尿細管と皮質集合管を単離し、RNA-seqとATAC-seqを行いました。また、腎臓そのものを用いて、プロテオミクスとリピドミクスを施行し、データを統合し、尿細管の肥大に影響を及ぼすシグナルを絞り込みました。

研究の背景

 これまで、腎臓癌などの病気の治療のために腎臓の一部を切除すると、失われた機能を補うために残った腎臓が大きくなる事が知られていました。しかし、どのようなメカニズムで腎臓の肥大が起きるのか、腎臓のどの部位で肥大が起きるのかなどが明らかにされていませんでした。今までは、残った腎臓にアミノ酸の負荷がかかる事によって引き起こされるmTORシグナル※3の活性化等が主に報告されてきましたが、それだけでは肥大化の説明がつきませんでした。そこで研究グループは、尿細管単離の技術を用いて、まず代償性肥大が起きやすい尿細管の部位を特定し、次に網羅的解析を用いて腎肥大が起きるメカニズムを“unbiased(仮説フリー)”に同定することを目指しました。

研究成果の概要

 研究グループはマウス片側腎摘出モデル(UNx)を用いて、代償性腎肥大のメカニズムの探求を行いました。腎重量/ 体重 インデックスを用いた検証から、UNx後24時間の時点では代償性腎肥大が活発であり、UNx後72時間の時点では代償性腎肥大が止まっていることを確認しました。また、肥大した腎臓から尿細管を単離し、代償性肥大が起きている尿細管は主に近位尿細管と皮質集合管であることを突き止めました。蛍光顕微鏡と画像解析ソフト(IMARIS)を用いた観察から、近位尿細管では細胞肥大が主たる現象であるのに対し、皮質集合管では細胞増殖が主たる現象であることを発見しました。次に、研究グループは単離した近位尿細管を用いてRNA-seqを施行し、肥大した近位尿細管では、脂質代謝のマスターレギュレーターであるペルオキシソーム増殖剤応答性受容体α(PPARα)が標的とする遺伝子の発現が上昇することを発見しました。またプロテオミクスを用いた解析でも同様に、PPARαが標的とするタンパクの発現上昇を認めました。さらに、研究グループは、単離尿細管を用いたクロマチンアクセシビリティ解析(ATAC-seq)の開発に着手し、PPARαの結合モチーフをもつゲノム領域が、より肥大した近位尿細管においてアクセシビリティが高くなっている事を発見しました。
 PPARαは、肝臓、腎臓、筋肉など脂肪酸異化活性の高い組織で高発現している、DNAに結合するリガンド依存的な転写調節因子、核内受容体であり、PPARα のリガンドとなる生体内分子としては、炭素数14から20の飽和および不飽和脂肪酸が考えられています。研究グループはガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)を用いた解析から、肥大した腎臓においてこれらの脂肪酸がより多く認められることを明らかにしました。最後に、PPARαのノックアウトマウスを用いた検証から、PPARαの活性化が代償性尿細管肥大の原因となっている事を明らかにしました。

研究成果の意義

 本邦における慢性腎不全(CKD)患者数は1330万人と推計され、維持透析患者数は33万人に上ります。腎障害の進行は透析や腎移植といった腎代替療法を要するだけでなく、心血管合併症を引き起こすことから患者さんのQOLや医療費削減の点で非常に重要な課題です。CKDの原因疾患は様々ですが、現行治療は一様な保存的加療が中心であり、CKDの個々の病態に直接アプローチする治療法の開発が必要です。 CKDの原因疾患として糖尿病、高血圧が半数以上を占め、これらの疾患では、腎臓の機能的単位であるネフロンに過剰濾過が生じ、尿細管肥大を来す事が知られています。従って、代償性尿細管肥大のメカニズムの解明が腎不全の治療につながる事が期待されます。

用語解説

※1 ATAC-seq: ATAC(Assay for Transposase-Accessible Chromatin)-seqは、ゲノム全体でオープンクロマチン構造を選択的に検出・シーケンスすることによってクロマチンへのアクセシビリティーをマッピングすることができる実験手法です。真核生物の染色体は、ヒストンタンパク質の4量体がDNA2本鎖を巻き付けているヌクレオソームが多数連なるクロマチン構造によって構成されています。クロマチン構造がきつく凝集している領域はヘテロクロマチンと呼ばれ、逆にクロマチン構造が緩まっている領域はユークロマチンと呼ばれます。ヘテロクロマチン領域に存在する遺伝子はヌクレオソームが転写因子のDNAへのアクセスを阻害するため転写が抑制された状態にありますが、その一方、ユークロマチン領域に存在する遺伝子は転写が活発に行われています。これらのエピジェネティックな構造変換に伴うオープンクロマチン領域にある遺伝子の転写が活性化することによって遺伝子発現がオンオフされています。ATAC-seqではTn5 トランスポゼースを用いて、オープンクロマチン領域の解析を行うことができます。

※2 ネフロン: 腎臓の構造上・機能上の単位です。腎臓の皮質部分から髄質部分に渡って長くヘアピン状に弯曲した管状構造物で、個々の腎小体とそれに続く1本の尿細管からなります。人間の場合は左右の腎臓には合わせて2百万個ほどのネフロンが規則正しく配列しています。腎小体は毛細血管の塊である糸球体とそれを包むボーマン嚢という袋からなり、尿細管は近位尿細管、ヘンレループ、遠位尿細管、集合管などの複数のセグメントから構成されます。現時点では少なくとも14種類の尿細管セグメントが存在するといわれています。


※3 MTORシグナル: アミノ酸や増殖因子、エネルギー状態など細胞内外の情報を感知して、細胞のサイズや増殖を調節するシグナルです。アミノ酸や増殖因子が豊富に存在すると、mTORシグナルが活性化してタンパク質や脂質の合成が促進され、細胞が肥大化・増殖します。

論文情報

掲載誌Nature Communications

論文タイトル:Signaling mechanisms in renal compensatory hypertrophy revealed by multi-omics

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-38958-9

研究者プロフィール

菊池 寛昭 (キクチ ヒロアキ) Kikuchi Hiroaki
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
茨城県腎臓疾患地域医療学講座 助教
・研究領域
腎疾患
トランスクリプトーム解析、エピゲノム解析
尿細管生理

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
茨城県腎臓疾患地域医療学講座 菊池 寛昭 (キクチ ヒロアキ)
腎臓内科学分野 内田 信一 (ウチダ シンイチ)
TEL:03-5803-5214 FAX:03-5803-5215
E-mail:hkikuchi.kid[@]tmd.ac.jp
     suchida.kid[@]tmd.ac.jp


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東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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関連リンク

プレス通知資料PDF

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