プレスリリース

アトピー性皮膚炎患者に特徴的なダニ特異的T細胞の免疫バランスを解明

公開日:2023.5.30
国立大学法人筑波大学
国立大学法人東京医科歯科大学

 アトピー性皮膚炎患者の血液中では、アトピー症状を引き起こす方向に働くダニ特異的T細胞が、炎症を抑制する方向に働くダニ特異的制御性T細胞より多い傾向にあることを発見しました。こうした向炎症性の免疫バランスが、ダニに対する免疫寛容獲得を妨げ、アトピー症状をもたらすと考えられます。
 アトピー性皮膚炎は、成人のおそよ2~5%が罹患している最も一般的な慢性皮膚疾患ですが、その病態において、制御性T細胞(Treg)の数や機能については未解明な点があります。近年、アトピー性皮膚炎患者においてTregが健常者より多いという研究結果が散見されますが、アレルギーを制御する方向に働くTregが多いにも関わらず、アトピー症状を呈するという事実は逆説的です。本研究では、この逆説的課題を解明するために、アトピー性皮膚炎の代表的アレルゲンであるダニ抗原に特異的なT細胞の解析を行いました。
 その結果、これまでの報告と同様、アトピー性皮膚炎の患者群は健常対照群に比べTregの総数は多い傾向にありました。しかし、ダニ単一抗原に特異的なT細胞に着目して解析をすると、健常対照群に比べてアトピー性皮膚炎の患者群では、アトピー症状を引き起こす方向に働くダニ特異的エフェクターT細胞の割合が、ダニ特異的Tregの割合より多い傾向にあることが分かりました。さらに、患者群のダニ抗原特異的エフェクターT細胞は、アトピー性皮膚炎の病態の中心的役割を担う炎症性サイトカインであるIL-4およびIL-13を、健常対照群より多く産生していました。患者群と健常対照群でダニ特異的Tregの免疫抑制機能に差は認められませんでした。
 以上の結果から、アトピー性皮膚炎患者において、抑制性のダニ特異的Tregに対して向炎症性のダニ特異的エフェクターT細胞が数的に優位に存在することが、アトピー性皮膚炎患者がダニに対して免疫寛容に至らず、アトピー症状を呈する要因であると考えられました。

研究代表者

筑波大学医学医療系
 高田 英俊 教授
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野 
 沖山 奈緒子 教授

研究の背景

 アトピー性皮膚炎の病態は、皮膚表皮バリアの異常、免疫異常、搔痒の3つの要素が複雑に絡み合って形成されます。特に免疫異常が病態の骨格をなしており、Th2サイトカイン注1)による炎症機構が疾患のバックグラウンドであることが知られています。このTh2 タイプの炎症反応を抑制する方向に働く免疫細胞として、制御性T細胞(Treg)があります。Tregは自己免疫やアレルギー、炎症といった過剰な免疫反応を抑制して、免疫恒常性を維持するのに重要な役割を果たしています。
 アトピー性皮膚炎患者におけるTregの数やその免疫動態については未だ議論されており、未解明な部分も多くあります。近年、アトピー性皮膚炎の患者では健常者と比べてTregの数が多いという報告が散見されるものの、免疫の炎症反応にブレーキをかけるはずのTregが多いにも関わらず、依然としてアトピー症状を呈しているという事実は逆説的です。この相反する事象を説明するために、本研究では、アトピー性皮膚炎患者のT細胞を詳細に解析する研究を計画しました。

研究内容と成果

 2020年5月から2021年7月までに筑波大学附属病院を受診した中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者19名、ならびに健常対照者14名の同意を得て血液を採取し、アトピー性皮膚炎の主要抗原であるダニに特異的に働くT細胞を同定しました。さらに、アトピー性皮膚炎患者と健常者のダニ特異的Tregとダニ抗原特異的エフェクターT細胞(Teff)の頻度と表現型を調べ、単一の抗原に働くTregとTeffの数的・力学的バランスを明らかにしました。
 その結果、これまでの報告と同様、アトピー性皮膚炎の患者群は健常対照群に比べてTregの総数は多い傾向がみられました(図1A(a))。また、皮膚に浸潤する細胞であることを示す細胞表面抗原CLA注2)陽性のTregの割合も、患者群で高い傾向にありました(図2 A(b))。アトピー性皮膚炎の患者では、荒れた皮膚でより多くの抗原感作が起こるためCLA陽性のTregが多く、結果的にTregの総数も多くなると考えられました。実際、アトピー性皮膚炎の患者群では、EASIスコア注3)とTreg総数の割合に、正の相関が認められました(図1A(c))。
 しかし、ダニ単一抗原に特異的なT細胞に着目して解析をすると、アトピー性皮膚炎の患者群におけるダニ特異的Treg/Teffの割合は、健常対照群より有意に低いという結果が得られました(図1B)。また、患者群のダニ抗原特異的Teffは、アトピー性皮膚炎の病態の中心的役割を担う炎症性サイトカインであるIL-4およびIL-13を、健常対照群より多く産生していました(図1C)。アトピー性皮膚炎の患者群と健常対照群でダニ特異的Tregによるダニ特異的Teffの増殖抑制機能には差は認められませんでした(図1D)。
 以上の結果から、アトピー性皮膚炎患者ではTregの総数は多い傾向にあるものの、ダニ特異的T細胞に着目すると、向炎症性のTeff優位の免疫バランスが存在することから、アトピー性皮膚炎患者はダニに対して免疫寛容注4)を獲得できず、アトピー症状を呈すると考えられました(図2)。

今後の展開

 アトピー性皮膚炎に対する新規治療法として、皮膚において抗原特異的にTregを誘導し、健常者に近いT細胞免疫バランスに近づけることのできる免疫療法の開発に取り組んでいます。

参考図

図1  本実験結果の概要 (原著論文より引用 一部改変)
AD:アトピー性皮膚炎患者群 HC:健常対照群 
CD154+細胞はダニ抗原特異的Teff、CD137+細胞はダニ抗原特異的Tregを示す。
(*P < 0.05, **P < 0.01)
図2 本研究結果のまとめ (原著論文より引用 一部改変)
アトピー性皮膚炎患者ではTregの総数は多い傾向にあるものの、ダニ特異的T細胞においては、IL-4、IL-13を産生する向炎症性のTeff優位の免疫バランスが存在する。
 

用語解説

注1)    Th2サイトカイン
T細胞の中でも2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)が産生するサイトカインIL-4,5,6,9,10,13などの総称。寄生虫などの細胞外病原体感染や、アレルギー応答で産生がみられる。

注2)    皮膚リンパ球関連抗原(cutaneous lymphocyte associated antigen; CLA)
リンパ球表面に発現する接着分子の一つで、皮膚に浸潤するリンパ球に発現していることが知られている。

注3)    EASIスコア
Eczema Area and Severity Indexの略で、世界的に頻用されているアトピー性皮膚炎の評価指標の一つ。4つの身体部位(頭頸部、体幹、上肢、下肢)の湿疹の重症度や範囲をスコア化し、合計したもので重症度判定や治療反応性の評価に用いられる。1点未満が寛解、1~7点が軽症、7点~21点が中等症、21点~50点が重症、50点~72点が最重症。

注4)    免疫寛容
免疫システムが体内の異物(抗原)に対しアレルギー反応を示さないこと。

研究資金

 本研究は、科研費による研究プロジェクト(21K08293、研究代表者 稲葉正子)の一環として実施されました。

掲載論文

  • 【題 名】
    Antigen-specific T cell balance reveals why patients with atopic dermatitis fail to achieve immune tolerance.
    (抗原特異的T細胞のバランスがアトピー性皮膚炎患者がなぜ免疫寛容を獲得できないかを明らかにする)
  • 【著者名】
    Masako Inaba, Hiroko Fukushima, Monami Hara, Sho Hosaka, Satoshi Fujiyama, Kazushi Maruo, Toshifumi Nomura, Naoko Okiyama and Hidetoshi Takada
  • 【掲載誌】
    Clinical Immunology
  • 【掲載日】
    2023年5月18日
  • 【 DOI 】

問い合わせ先

【研究に関すること】
稲葉 正子(いなば まさこ)
筑波大学附属病院 病院助教
Email: minaba-tuk[@]md.tsukuba.ac.jp
URL: https://www.md.tsukuba.ac.jp/clinical-med/pediatrics/

【取材・報道に関すること】
筑波大学広報局
E-mail: kohositu[@]un.tsukuba.ac.jp

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
E-mail: kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。


プレス通知資料PDF

  • アトピー性皮膚炎患者に特徴的なダニ特異的T細胞の免疫バランスを解明