プレスリリース

「 胎生期・発達期の栄養状態が味覚に影響を与えることを発見 」【渡一平 助教、小野卓史 教授】

公開日:2023.4.10
 
「 胎生期・発達期の栄養状態が味覚に影響を与えることを発見 」
― 妊娠・授乳期の高脂肪食摂取が子の塩味嗜好性を増加させる ―

ポイント

  • 疫学研究により、胎生期や発達期の健康・栄養状態が成人期以降の健康や各種疾病発症リスクに関連することが知られていますが、胎生期や発達期の栄養状態が『味覚』に影響を与えるか否かについては、これまで分かっていませんでした。
  • 本研究では、動物実験系を用いて、妊娠・授乳期の母ならびに離乳後に高脂肪食を摂取させた出生仔の味覚を評価したところ、出生仔の塩味に対する嗜好性が増加し、舌表面において各種味受容体を有する味細胞のアンジオテンシンII受容体1型の発現が上昇することを初めて発見しました。
  • 本研究結果は、2世代にわたる高脂肪食摂取が、子の味嗜好性に変化を引き起こすこと、ならびに口腔領域に存在する味覚受容体の変化を示唆したもので、塩味嗜好性の増加は食塩の過剰摂取や食行動の変調を引き起こし、生涯にわたる健康状態や各種疾病の罹患リスクを高める恐れがあります。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 咬合機能矯正学分野の小野卓史教授と渡一平助教およびSerirukchutarungsee Saranya大学院生らの研究グループは、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 病態生化学分野の井上カタジナアンナ助教、京都女子大学家政学部食物栄養学科の成川真隆准教授との共同研究で、胎生期・発達期における栄養状態の変化が、塩味に対する嗜好性を増加させ、舌に存在する味細胞ではアンジオテンシンII受容体1型(AT1)※1の発現が上昇することを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに日本矯正歯科学会100周年記念研究助成事業等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2023年4月7日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 妊娠・授乳期の偏った栄養摂取状態は、糖尿病をはじめとして母体のその後の健康状態に深刻な悪影響を及ぼすのみならず、新生児にとっても生涯にわたって様々な健康被害が生じることがわかってきました。胎生期や出生後の環境因子が、成人期以降の健康や疾病の罹患リスクに影響を与えるという仮説、いわゆるDevelopmental Origins of Health and Diseases (DOHaD) 仮説より、母体の健康・栄養状態が、成人期以降の糖尿病や心血管疾患をはじめとした各種疾患リスクに関連すること明らかにされています。これまで母体の低栄養状態が引き起こす次世代の健康被害に関する疫学調査から展開されてきたDOHaD研究ですが、近年は世界的な過体重や肥満人口の急激な増加により、栄養過多に伴う新生児の長期的な各種疾患発症リスクに関する報告が散見されるものの、「味覚」に関するDOHaD研究は極めて少ないのが現状です。幼少期における味覚の変調は、食行動の変化を介して栄養代謝状態に長期的な悪影響を及ぼす可能性があることから、胎生期・発達期の栄養状態が味覚に与える影響を明らかにすることは重要な課題であると言えます。
 今回、研究グループは、Wistarラットを用いた動物実験系において、妊娠・授乳期の母獣ラットおよび離乳後の出生仔に高脂肪食を継続摂取させた際の味覚への影響を、行動学的、ならびに組織・生化学的解析手法によって検討しました。

研究成果の概要

 研究グループは、出生前から高脂肪食負荷状態にある雌雄出生仔に対して、2瓶選択嗜好試験※2を行い、5基本味※3に対する嗜好性を調べたところ、対照群と比較して高脂肪食摂取群(HDM10w, HDF10w)では塩味の嗜好性が有意に増加しました。一方、甘味、酸味、苦味、旨味に対する嗜好性に有意な差は認められませんでした。(Fig. 1)
 次に、研究グループは、舌の有郭乳頭に存在する味蕾おいてENaCαおよびAT1の免疫染色を行い評価したところ、ENaCαは全ての群間において有意差は認められなかったものの、AT1では3週齢雌の高脂肪食摂取群(HDF3w)は他群と比較して免疫染色陽性領域が有意に増加していました(Fig2a, 2b)。
 さらに、研究グループは舌有郭乳頭の味細胞におけるENaCαおよびAT1の発現量を定量PCRにて解析したところ、ENaCαでは各群間に有意差はありませんでしたが、AT1では3週齢雌性高脂肪食摂取群(HDF3w)において発現量が有意に増加していました(Fig. 3)。

研究成果の意義

 本研究は、Wistarラットを用いた動物実験系において、妊娠・授乳期の母ならびに離乳後に高脂肪食を摂取させた出生仔では、塩味に対する嗜好性が増加し、舌有郭乳頭の味細胞におけるアンジオテンシンII受容体1型の発現が上昇することを世界で初めて明らかにしました。そして、2世代にわたる高脂肪食摂取による子の塩味嗜好性の増加は、食塩の過剰摂取や食行動の変調を誘発し、生涯にわたる健康状態や各種疾病の罹患リスク高める恐れがあります。今回の研究で、胎生期・発達期の栄養環境により味の嗜好性が変化する可能性が示されました。偏った食嗜好性はその後の人生の健康に重大な支障をきたすため、幼少期のみならず、妊娠・授乳期の母も栄養バランスの取れた食生活を維持することが極めて重要であると考えられます。

用語解説

※1 AT1・・・・アンジオテンシンII受容体1型。塩味受容体として知られている上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)の発現・機能に影響を及ぼすことが報告されている。
※22瓶選択嗜好試験・・・・味の嗜好性を評価する行動アッセイで、水と味溶液の入った二つの瓶を提示し、それぞれの飲水量の比率から嗜好性を算出する試験。
※35基本味・・・・食物の味は甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の5つの基本味から構成される。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル: Two-generation exposure to a high-fat diet induces the change of salty taste preference in rats

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-31662-0

研究者プロフィール

小野 卓史(オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学

渡 一平(ワタリ イッペイ) Watari Ippei                       
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 助教
・研究領域
歯科矯正学、生化学、分子生物学
Serirukchutarungsee Saranya (セリラックチュターランシー サランヤ―)  
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学




 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ)
E-mail: t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「胎生期・発達期の栄養状態が味覚に影響を与えることを発見」