プレスリリース

「タング・ライト・ポジショナーの舌圧に対する影響を解明」【戸原 玄 教授】

公開日:2023.3.16
国立大学法人東京医科歯科大学
株式会社タングラボ・ジャパン
 

「タング・ライト・ポジショナーの舌圧に対する影響を解明」
― 舌の新たなトレーニング方法として期待 ―

ポイント

  • タング・ライト・ポジショナー(TRP)は睡眠時無呼吸症候群の治療に用いられるマウスピースです。
  • TRPの嚥下機能への影響はこれまで明らかになっていませんでした。
  • 嚥下障害患者を対象として就寝時にTRPを装着した結果、舌の力が向上することが分かりました。
 睡眠時無呼吸症候群とは、夜寝ている間に気道が狭くなることにより、いびきや呼吸の中断が生じる病気です。一般的には上顎・下顎の歯列を覆う形状のマウスピースを入れることにより、下顎を物理的に前方に誘導して症状を緩和しますが、タング・ライト・ポジショナー(TRP)という舌の運動を改善するマウスピースも臨床では用いられてきました。TRPは睡眠時無呼吸症候群を改善することが明らかになっているものの、舌圧をはじめとした嚥下機能への影響は明らかになっていませんでした。そこで、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション分野の戸原 玄教授、柳田陵介大学院生と神奈川歯科大学附属病院障害者歯科の原 豪志診療科准教授(研究当時)らの研究グループは嚥下障害を持つ患者さん8名を対象に、TRPの装着前後における嚥下機能を調査しました。結果として、TRPを1日8時間以上、2か月間に渡り装着することで、舌圧※1が向上することを明らかにしました。これまでは、舌圧の向上には能動的なトレーニングが必要でした。本研究により、能動的なトレーニングを行えない患者さんであっても、TRPの装着により舌圧の向上を図れる可能性が示唆されました。その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2023年2月26日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 睡眠時無呼吸症候群とは、寝ている最中に上気道※2が閉塞されることにより呼吸量が減少したり、一時的に止まってしまう疾患です。睡眠中のいびきや日中の眠気、倦怠感が主な症状です。歯科においては上下顎の歯列に装着するマウスピースを作成し、物理的に下顎を持ち上げることで、睡眠時無呼吸症候群の症状を緩和する治療が広く行われています。その一方で、近年ではタング・ライト・ポジショナー(TRP)というマウスピースを用いられるようになりました。TRPはフランスのタングラボ社が提供するマウスピースで、上顎の歯列を包み込む形状をしており、口蓋部にはレジンボタンがついています。当初は歯科矯正治療後の後戻りをなくすため舌を再教育する目的で開発されたものの、装着後に患者の呼吸が改善したことから、現在では睡眠時無呼吸症候群の治療として用いられています。口蓋部のアーチが舌を刺激することで舌の位置が改善することについては過去の研究で明らかになっていましたが、TRPの装着が舌の筋力に与える影響についてはこれまで研究されてきませんでした。本研究では、嚥下障害患者に対しTRPを装着することで、舌の力の指標である舌圧が改善されるかについて調査しました。

研究成果の概要

本研究で用いられたタング・ライト・ポジショナー(TRP)

 本研究の対象となった方は、2020年9月から2021年9月の間に東京医科歯科大学病院の摂食嚥下リハビリテーション科を受診した方のうち、嚥下障害を持っていて、かつ研究への参加に同意した8名の男性でした。全員に対してTRPを作成し、2か月間に渡り毎日8時間以上装着していただきました。またTRPの使用前後で舌圧、オーラルディアドコキネシス、鼻腔吸気流量および超音波による嚥下関連筋の検査を行ったほか、全員の身長、体重、日常生活動作、既往歴を聴取し、診療録から嚥下障害の重症度を参照しました。舌圧は舌圧計を用いて、専用の風船を口の中に入れ、舌と上顎で思いっきり押しつぶしてもらう際の圧力を計測しました。計測値は舌筋の強さの指標として用いられました。オーラルディアドコキネシスは5秒間にできるだけ多く「パ」、「タ」、「カ」を発音してもらい、それぞれ口唇、舌前方、舌後方の巧緻性を計測しました。鼻腔吸気量は息を最大まで吐き出した後、勢いよく空気を鼻から吸い込む速度を計測しました。また超音波検査では舌の厚みおよびオトガイ舌骨筋の断面積を計測しました。2か月間の介入前後の検査項目を比較したところ、舌圧、鼻腔吸気流量、オトガイ舌骨筋の断面積の3項目については増加を認め、そのうち舌圧については統計学的に有意な差を認めました。本研究の結果により、TRPの装着により舌圧が向上することが示唆されました。

研究成果の意義

 これまで、舌圧の向上にはさまざまな訓練が提唱されてきたものの、いずれも能動的なトレーニングを必要としており、自発的に舌を動かせない人にとっては訓練が困難でした。本研究により、夜間の就寝中など1日8時間以上TRPを装着することにより、2か月で舌の筋力が向上する可能性が示されました。また、TRPは取り外しのできる装置であり、侵襲度が低いため、気軽に使用することができます。今後の研究においては、より長い期間の装着によりTRPがどのような影響を及ぼすかについて、さらなる検討を進めてまいります。

用語解説

※1舌圧
舌が口蓋(口の天井)に向かって上方向に押すことのできる力。

※2上気道
鼻腔より肺に至る気道のうち、鼻腔・副鼻腔・咽頭・喉頭までのこと。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル: Effects of tongue right positioner use on tongue pressure: a pilot study

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-30450-0

研究者プロフィール

戸原 玄(トハラ ハルカ) Tohara Haruka
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
・研究領域
摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療

原 豪志(ハラ コウジ) Hara Koji
神奈川歯科大学附属病院
障害者歯科 診療科准教授(研究当時)
・研究領域
摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療
柳田 陵介(ヤナギダ リョウスケ) Yanagida Ryosuke
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 大学院生
・研究領域
摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 
戸原 玄(トハラ ハルカ)
E-mail:h.tohara.swal[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

株式会社タングラボ・ジャパン
https://www.tonguelab.com
https://academy.tonguelab.com
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関連リンク

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  • 「タング・ライト・ポジショナーの舌圧に対する影響を解明」