プレスリリース

「脂質結合型DNA /RNAヘテロ2本鎖核酸による、脳梗塞病巣への効果的な薬剤送達と遺伝子抑制を達成」【横田隆徳 教授】

公開日:2023.3.6

「脂質結合型DNA /RNAヘテロ2本鎖核酸による、脳梗塞病巣への効果的な薬剤送達と遺伝子抑制を達成」
― 脳梗塞の新たな治療法への一歩―

ポイント

  • 研究グループがこれまでに独自に開発した次世代核酸医薬である「DNA /RNAヘテロ2本鎖核酸(HDO)」※1に脂質リガンドを結合し、脳梗塞の動物モデルへの治療効果を検証しました。
  • 脳梗塞超急性期には、病巣において血管や脳神経細胞内への脂質受容体を介した物質の取り込みが通常よりも亢進していることを発見しました。脂質型送達分子(リガンド)を結合させたHDOの効果はこの現象を利用することで成り立っており、従来のアンチセンス核酸※2と比較して、病巣への薬剤送達・遺伝子抑制効果を飛躍的に向上させることに成功しました。
  • 超急性期の脳梗塞病巣に対して静脈投与による薬剤送達が極めて困難であるという従来の課題を克服しえた脂質リガンド結合HDOにより、脳梗塞治療への応用が期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科)の横田隆徳教授、石橋哲准教授、李富莹研究員、市野瀬慶子大学院生、統合教育機構イノベーション人材育成部門の茂櫛薫特任教授、武田薬品工業株式会社らの研究グループは、脳梗塞においてLong non coding RNAを標的とした従来のアンチセンス核酸医薬の効果を飛躍的に向上する治療法の開発に成功しました。この研究は「脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)」、日本学術振興会(JP26282136、JP17H01548、JP20K21882)などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Molecular Therapy(IF11.454)に、2023年2月7日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 脳梗塞は世界的にも主な死因の一つであり、長期にわたる後遺症を残す病気です。脳梗塞発症後は、脳神経細胞が不可逆的なダメージに至る前の「超急性期」に有効な治療を行うことが重要です。しかしながら、血栓溶解療法などの現行の治療の恩恵を受けられる患者さんはごく一部に限られており、さらなる治療選択肢が期待されています。超急性期の脳梗塞病変部は脳血管関門(BBB)※3によるバリア機能が保たれていたり血管閉塞に伴い脳血流が極端に低下していたりすることから、病変部へ薬剤を到達させることが困難です。このため、脳梗塞治療の標的となる遺伝子は解明されつつあるものの有効な治療が実現出来ていないのが現状です。    
 研究グループは、従来の RNA を標的とした 1 本鎖アンチセンス核酸の効果を大幅に向上できる DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸 (2015 年 8 月 11 日にプレスリリース)を開発しました。DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を脳梗塞病巣部位に送達し標的遺伝子を制御できれば脳梗塞の病態を改善させることが可能です。研究グループは、さらに、脳梗塞超急性期における病変部位で脂質受容体の発現が増加し、虚血部位への物質送達に関与していることを発見しました。つまり、DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸に脂質リガンドを結合することで薬剤が脂質受容体を介して血液中から脳実質内へ細胞内輸送されることが可能だという仮説を立て、検証を行いました。
図1) 血液脳関門と脳梗塞後の物質輸送の変化
上図:脳梗塞と脳血管関門 (BBB) 
超急性期脳梗塞では、治療可能な領域が広く残存しているが、BBBのバリア機能が保たれているため虚血部位への薬剤輸送が制限されている。 発症24時間以降は、物質通過は可能だが梗塞が完成してしまっており脳神経細胞のダメージは不可逆的な状態である。
下図:超急性期脳梗塞における病変部位での脂質受容体の発現亢進 
BBBでの細胞間物質輸送の他に、脳血管内皮細胞は特定の物質を受容体などで介して輸送する細胞内輸送が知られており、薬物送達のもう一つのルートとなり得る。研究グループでは、細胞内輸送を担う受容体の一つである、脂質受容体がマウス脳梗塞モデルにおいて超急性期の病変部位でのみ発現が増加することを発見し(下図)、この超急性期に見られる細胞内輸送亢進現象を利用して正常脳では不可能な有効量の薬物を脳実質内に送達することが出来るのではないかと考えた。

研究成果の概要

 脳動脈永久閉塞モデルのマウスに対して、脂質リガンド結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を脳梗塞超急性期に経静脈的に投与したところ、従来のアンチセンス核酸と比較して脳梗塞病変で飛躍的な標的遺伝子抑制効果を得られることが確認できました。また、脂質リガンドのうち、ビタミンEをリガンドに用いたDNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸では、特に脳梗塞病変部の血管や脳神経細胞に集中して薬剤が送達され、病変部位選択的に優れた標的遺伝子抑制効果を示すことを発見しました。
 さらに、ビタミンE結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸を投与した脳梗塞マウスでは、脳梗塞に伴う神経症状や、脳梗塞のサイズ、血管の再生なども有意に変化し、有効な治療効果が得られることも確認しました。なお、この薬剤の送達や遺伝子抑制効果には、脳梗塞部位での脂質受容体の発現の亢進が関与していることも確認できました。
 また、近年、核酸医薬で臓器障害などの副作用が問題となっていますが、ビタミンE結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸は、脳梗塞マウスに投与しても肝臓や腎臓への障害は認められませんでした。
図2) 脂質リガンド結合2本鎖ヘテロ核酸の脳梗塞病巣選択的 薬剤送達・遺伝子抑制・治療効果
上:脳梗塞モデルマウス超急性期に脂質リガンド結合2本鎖ヘテロ核酸を静脈投与した。
中:脂質リガンド付きヘテロ核酸は脳梗塞部位選択的に薬剤送達され、その効果はアンチセンス核酸と比較して格段に優れている。
左下:脂質リガンド付きヘテロ核酸は強い遺伝子抑制効果を梗塞病巣選択的に示した。
右下:脂質リガンド付きヘテロ核酸は脳梗塞の表現型も変化させた。

研究成果の意義

 脳梗塞急性期に、脂質リガンド結合HDOを経静脈的に投与することで、脳梗塞病変に選択的に薬剤が送達され、高い遺伝子抑制効果並びに治療効果を示すことが確認できました。DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸技術は脳梗塞急性期治療における薬剤送達の課題を克服し得た、遺伝子制御ツールとして臨床応用されることが期待されます。
 核酸医薬は脊髄筋萎縮症などに実際臨床応用され始めていますが、薬剤の投与方法は髄腔内への直接投与です。脳梗塞急性期の患者さんでは、プラスミノーゲンアクチベーターや抗血小板薬など血液を固まりにくくする薬の投与をする場合が多く、髄腔内投与は出血のリスクが高まります。脂質リガンド結合DNA/RNA ヘテロ2本鎖核酸は、経静脈的投与により投与が可能であることは合併症予防の観点からも非常に優れているといえます。

用語解説

※1 DNA/RNA ヘテロ 2 本鎖核酸 (HDO)
核酸医薬としての活性を有する アンチセンス核酸核酸分子 (DNA 鎖)に対して相補的なRNA鎖を結合させた DNA/RNA ヘテロ2本鎖構造を有する、研究グループが独自に開発した新規構造の核酸医薬技術。
 

※2 アンチセンス核酸
細胞内に存在する RNA(mRNA、pre-RNA、miRNA など)を標的とする核酸医薬で、DNA 鎖を基本構造とし様々な化学修飾が施されている。既存の低分子医薬や抗体医薬では標的にできない細胞内の RNA を標的にすることが可能で、その標的 RNA から翻訳される疾患に係わるタンパク質量を一過性に機能を制御することが可能であることから、これまで治療法のなかった疾患の治療薬として注目されている。主な承認薬として脊髄性筋萎縮症に対するヌシネルセンや家族性ポリアミロイドニューロパチーに対するイノテルセン(米国、欧州)などがあり、現在も複数の臨床治験が進行中である。
 

※3 脳血液管門(BBB)
脳実質組織とそこに酸素と栄養を供給する血管との間には、血液脳関門 (BBB) と呼ばれるバリアが存在する。BBBは解剖学的には,脳毛細血管内皮細胞,アストロサイトおよびペリサイトの3種類の細胞が機能的に一体となって構築している。BBBの存在により脳組織を外因物質から保護している。多くのトランスポーターによって、栄養素(グルコース、アミノ酸など)は選択的に血液脳関門を透過する。一方で水溶性の高い物質あるいはタンパク質などの大きな分子はこの関門を透過し難く、核酸医薬自体は通過しないことがよく知られている。脳内に薬剤を送達させるには、この関門の透過することが必須である。

論文情報

掲載誌:Molecular Therapy

論文タイトル: Preferential delivery of lipid-ligand conjugated DNA/RNA heteroduplex oligonucleotide to ischemic brain in hyperacute stage

DOI:https://doi.org/10.1016/j.ymthe.2023.01.016

研究者プロフィール

横田 隆徳 (ヨコタ タカノリ) Takanori Yokota 
東京医科歯科大学 脳神経病態学分野 教授
・研究領域
 神経内科学、脳血管障害、核酸医薬

石橋 哲(イシバシ サトル) Satoru Ishibasi
東京医科歯科大学 脳神経病態学分野 准教授
・研究領域
 神経内科学、脳血管障害、核酸医薬
李富莹 (リ・フエイ) Fuying Li
東京医科歯科大学 脳神経病態学分野 元特任研究員
・研究領域
 神経内科学、脳血管障害、核酸医薬



 
市野瀬 慶子 (イチノセ ケイコ) Keiko Ichinose
東京医科歯科大学 脳神経病態学分野 大学院生
・研究領域
 神経内科学、脳血管障害、核酸医薬

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
脳神経病態学分野横田 隆徳 (ヨコタ タカノリ)
E-mail:tak-yokota.nuro[@]tmd.ac.jp
   
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

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プレス通知資料PDF

  • 「脂質結合型DNA RNAヘテロ2本鎖核酸による、脳梗塞病巣への効果的な薬剤送達と遺伝子抑制を達成」