プレスリリース

「大腸癌におけるRTP4サイレンシングによる腫瘍細胞内因性の免疫チェックポイント阻害薬 治療抵抗性獲得メカニズムの解明」【田中真二 教授】

公開日:2023.3.3

「大腸癌におけるRTP4サイレンシングによる腫瘍細胞内因性の免疫チェックポイント阻害薬治療抵抗性獲得メカニズムの解明」
―免疫チェックポイント阻害薬の効果予測マーカー、治療ターゲットとして有望な遺伝子RTP4の同定―

ポイント

  • 近年、免疫チェックポイント阻害薬(ICB)※1の進歩により、ミスマッチ修復遺伝子異常・マイクロサテライト不安定性大腸癌(dMMR/MSI-H 大腸癌)※2の患者予後が改善されましたがICB治療抵抗性が出現することも知られています。
  • 本研究では、早期ICB治療抵抗性獲得機序としてヒストンH3K9トリメチル化によるRTP4のサイレンシングを同定し、腫瘍内Tリンパ球の集簇が抑制されることを見出しました。
  • ICB治療感受性が高いdMMR/MSI-H大腸癌の多くでRTP4が高発現であることを明らかにしました。
  • RTP4の発現が大腸癌におけるICB治療反応性の予測マーカーとなりうることが示唆されました。エピジェネティクス治療薬とICBの併用は、dMMR/MSI-H 大腸癌に対する有効な治療方法として期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子腫瘍医学分野の田中真二教授、島田周助教、秋山好光講師、山本雄大大学院生の研究グループは、同消化管外科学分野の絹笠祐介教授および国際医療福祉大学医学部 免疫学の河上裕教授との共同研究で、大腸癌の免疫チェックポイント阻害薬治療においてRTP4サイレンシングにより腫瘍細胞内因性の治療抵抗性が出現することを突き止めました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE) ならびに高松宮妃癌研究基金助成金などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Gastroenterologyに、2023年3月2日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 PD-1は、活性化T細胞、特に腫瘍浸潤リンパ球の表面に発現する重要な免疫チェックポイント受容体であり、PD-1/PD-L1シグナルはT細胞の機能低下を誘導します。PD-1/PD-L1シグナルを抑制するICBはT細胞を再活性化させ、腫瘍増殖抑制効果を示し、癌患者の20-30%に奏功し生存期間が延長することが報告されています。
 dMMR/MSI-H大腸癌は予後不良で標準化学療法抵抗性を示しますが、フレームシフト変異※3により腫瘍遺伝子変異量※4が高く、ネオ抗原※5が豊富で免疫原性が高いため、ICB治療が有効な治療法とされています。しかしながら、ICB治療に対する治療抵抗性を獲得することも多く、腫瘍遺伝子変異量の低さ、腫瘍特異抗原の欠如、β2-ミクログロブリンとMHC-I分子の消失、JAK変異、PTEN欠損、Wnt/β-カテニンシグナルの活性化などがICB治療耐性の分子機構として報告されていますが、早期の抵抗性メカニズムは不明です。研究グループはC57BL/6マウス由来のdMMR/MSI-H大腸癌細胞株MC38を用いて、早期のICB治療抵抗性獲得機序を探索しました。

研究成果の概要

 本研究グループは早期のICB治療抵抗性獲得機序の解明のため、マウスdMMR/MSI-H大腸癌細胞株を正常免疫マウスに皮下移植し、抗PD-1抗体治療後に再増殖した腫瘍からICB耐性株を樹立しました(図1)。親株とICB耐性株の遺伝子発現比較の結果、7候補遺伝子の有意な発現低下が認められました。候補遺伝子のノックアウト(KO)株の造腫瘍性・ICB耐性解析、候補遺伝子の発現とICB治療癌患者の予後との関係についてのバイオインフォマティクス解析※6を行ったところ、IFNγ刺激遺伝子の1つでありGタンパク質共役型受容体のシャペロンタンパクであるRtp4がICB耐性関連遺伝子として同定されました(図1、2)。
 RTP4の治療抵抗性の機序を検討するとRtp4-KO株では抗PD-1抗体投与後のT細胞の集簇が抑制されていることを発見しました(図3)。RTP4サイレンシングによるICB治療抵抗性獲得機序の確認のためにpMMR/MSS大腸癌細胞株を用いた解析も行いました(図2)。こちらのモデルにおいてもRtp4のサイレンシングによりICB治療に対する治療抵抗性が認められました。更にエピジェネティクス制御※7について検討を行いマウスおよびヒトのRTP4発現はプロモーター領域※8のヒストンH3K9トリメチル化により制御されていることを明らかにしました。また、ヒト大腸癌大規模遺伝発現データ解析によりICB治療感受性があるdMMR/MSI-H細胞株群においてRTP4の発現が高い傾向であることがわかりました(図4)。
 RTP4(receptor transporter protein 4)は、オピオイド、嗅覚、味覚などのGタンパク質共役型受容体の細胞表面への発現を仲介するRTPファミリーの一員であり、RTP4はIFN誘導性の抗ウイルスエフェクターの1つであると報告されていましたが、免疫におけるRTP4の役割は不明でした。タンパク質バーコードを用いた高次元単細胞CRISPRスクリーニング解析が行われ、2個のIFN刺激遺伝子PSMB8とRTP4が癌細胞の抗原依存性免疫反応に必須であると報告されており、我々の結果と一致するものでした。
 さらに、エピジェネティクス異常は、癌遺伝子や癌抑制遺伝子の発現だけでなく、腫瘍の免疫原性やICB治療反応性にも寄与していると考えられています。ICB治療とエピジェネティクス治療薬との併用療法についても報告されておりエピジェネティクス治療薬は、RTP4などの重要な遺伝子の発現を回復させることで、ICBに対する反応を高め、耐性克服に寄与する可能性があります。
 ヒトdMMR/MSI-H大腸癌を再現したマウス大腸癌細胞株MC38を用いて、早期のICB耐性獲得機序としてヒストンH3K9トリメチル化によるRTP4のサイレンシングを同定しました。また、ヒト大腸癌の遺伝子発現データ解析では、多くのdMMR/MSI-H大腸癌でRTP4が高発現していることが明らかとなり、RTP4発現はdMMR/MSI-H大腸癌におけるICB治療反応性の予測マーカーとなる可能性があります。

研究成果の意義

 本研究では、ICB治療に対する早期の治療抵抗性獲得の機序としてヒストン H3K9トリメチル化によりRTP4がサイレンシングされることが重要であることを世界で初めて明らかにしました。またヒト大腸癌においてICB治療感受性が高いdMMR/MSI-H大腸癌の多くでRTP4が高発現であることを明らかにしました。本研究の成果によりRTP4発現はdMMR/MSI-H大腸癌におけるICB治療反応性の予測マーカーとなり得ること、エピジェネティクス治療薬とICBの併用がdMMR/MSI-H 大腸癌患者の新規治療法となる可能性を持つことが期待できます。

用語解説

※1免疫チェックポイント阻害薬
T細胞を再活性化することにより腫瘍増殖抑制効果を示す薬で近年その効果が注目されている。

※2ミスマッチ修復遺伝子異常・マイクロサテライト不安定性大腸癌
ミスマッチ修復遺伝子異常・マイクロサテライト不安定性とは、細胞分裂の際に起こるDNAの配列ミスを修復する機能が低下している状態のことを指す。修復能力が低下していることによりゲノム上に変異が蓄積しやすく癌化しやすい。

※3フレームシフト変異
フレームシフト変異はDNAの挿入、欠失のことである。mRNAから3塩基ずつまとめてアミノ酸へと翻訳されるので、挿入や欠失塩基の数が3の倍数でない場合に翻訳がずれ、合成されるタンパク質が全く異なったものになる。

※4腫瘍遺伝子変異量
腫瘍遺伝子変異量(TMB)は、がん細胞のゲノムに生じた遺伝子変異の量のことである。変異タンパク質を持つ細胞は、免疫細胞からの攻撃を受けやすくなり、腫瘍遺伝子変異量が多いがん細胞ほど、免疫細胞により攻撃される可能性が高まる。

※5ネオ抗原
がん細胞独自の遺伝子変異に伴って新たに生まれた変異抗原のことで、ネオアンチゲンは正常な細胞には発現しておらず、がん細胞だけにみられる。

※6バイオインフォマティクス解析
バイオインフォマティクスとは生命科学と情報科学の融合分野であり、DNAやRNA、タンパク質などの生命情報に対して情報科学や統計学などのアルゴリズムを用い解析を行うこと。

※7エピジェネティクス制御
エピジェネティクス制御はDNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御の仕組みでありDNAメチル化、ヒストン修飾およびクロマチン再構築の3つが柱となっている。

※8プロモーター領域
遺伝子をコードするDNA領域の上流に存在する転写制御を行う領域であり、転写の活性化もしくは抑制などの機能を持つ様々な転写調節因子が結合することで転写の制御が行われる。
 

論文情報

掲載誌:Journal of Gastroenterology

論文タイトル:  RTP4 silencing provokes tumor-intrinsic resistance to immune checkpoint blockade in colorectal cancer

DOI:https://doi.org/10.1007/s00535-023-01969-w

研究者プロフィール

田中真二 (タナカ シンジ) Tanaka Shinji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 教授
・研究領域
分子腫瘍医学、消化器外科学

島田周 (シマダ シュウ) Shimada Shu
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 助教
・研究領域
分子腫瘍医学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 島田周(シマダ シュウ)
         田中真二(タナカ シンジ)
E-mail:shu.shimada[@]tmd.ac.jp
    tanaka.monc[@]tmd.ac.jp
 

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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関連リンク

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  • 「大腸癌におけるRTP4サイレンシングによる腫瘍細胞内因性の免疫チェックポイント阻害薬治療抵抗性獲得メカニズムの解明」