プレスリリース

「 NF-kBデコイ核酸医薬による抜歯窩歯槽骨の治癒促進効果を発見 」【石田雄之 助教、小野卓史 教授】

公開日:2023.3.2
 
「 NF-kBデコイ核酸医薬による抜歯窩歯槽骨の治癒促進効果を発見 」
― NF-kBデコイ核酸医薬含有PLGAナノ粒子を用いた新規歯科治療法の開発 ―

ポイント

  • 抜歯した後に起こる歯槽骨吸収は、機能回復を図るための歯科治療を行う上で治療方針の制約となることが多くありますが、抜歯後短期的に起こる歯槽骨吸収を防ぐ効果的な治療法は未だ確立していません。
  • 本研究では、動物実験系を用い、初期炎症を抑え創傷治癒促進に作用する乳酸・グリコール酸共重合体(PLGA)ナノ粒子に封入したNF-κBデコイを投与することで、抜歯後の骨代謝機転において過剰な炎症反応および骨吸収を効果的に抑制し、早期の治癒機転を促すことを初めて発見しました。
  • 本研究結果は、抜歯窩の新生骨形成を促して歯を支える歯槽骨の高さを維持するために、抜歯後の初期炎症を防ぐことが重要であることを示すとともに、抜歯後短期的に起こる歯槽骨吸収を予防し長期にわたり歯槽骨形態を維持する新規治療法の開発の嚆矢となることが期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 咬合機能矯正学分野の小野卓史教授と石田雄之助教およびAlbert chun-shuo Huang大学院生らの研究グループは、アンジェス株式会社、ホソカワミクロン株式会社との共同研究で、抜歯治療後に短期的に起こる歯槽骨吸収による歯槽骨が低下するリスクを防ぎ治癒を促進するために、抜歯後の歯槽骨における初期炎症のコントロールが重要であることに着目し、炎症をおさえ歯周組織の創傷治癒促進に作用する核酸医薬※1であるPLGAナノ粒子※2に封入したNF-κBデコイ※3を抜歯窩に投与することで、効果的に初期炎症を防ぎ、周囲歯槽骨の吸収および高さの低下を抑え、抜歯窩の新生骨形成を促進することを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびにアンジェス株式会社、ホソカワミクロン株式会社、株式会社野村事務所の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌International Journal of Molecular Sciencesに、2023年2月13日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 歯を喪失する要因は様々ですが、抜歯が隣接歯や対合歯、周囲歯周組織に与える影響に、初期に起こる炎症に伴う歯を支える歯槽骨の吸収1,2)があります。中でも、抜歯後に歯槽骨が急激な炎症を起こし、短期に歯槽骨が吸収されること3)が起こり、その後の歯科治療に重大な制約が生じることがあります 4,5)。これまで、様々な炎症を抑える薬剤を使用し、抜歯後の歯槽骨治癒を促進させる治療法が模索されていますが、未だ急性の歯槽骨吸収を抑制する効果的な治療法は確立されていません。そのため、抜歯後の急性炎症による歯槽骨の喪失を効果的に防止する予防的治療法の確立が強く望まれており、口腔機能維持の観点からも重要な課題であると言えます。
 今回、研究グループが着目したNF-κB経路は、炎症の発生および調節において重要であり、本研究ではNF-κB経路を安全かつ効率的にブロックすることができるNF-κBデコイ核酸、ならびに導入効率・生体吸収性に優れたPLGAナノ粒子を使用して、抜歯後歯槽骨組織における初期炎症反応の制御、治癒機序および骨代謝にどのような影響を与えるか動物実験モデルを使用して検討しました。(図1)

図1. 研究イメージ図

研究成果の概要

 研究グループは、ラット臼歯の抜歯モデルを用い、抜歯直後の抜歯窩に薬剤を投与し、抜歯後の骨リモデリング過程を解析したところ、NF-κBデコイ核酸含有PLGAナノ粒子投与(PLGA-NfD)群において、その他の群と比較し、歯槽骨の高さが有意に維持され、歯槽骨量および骨密度が増加することを明らかにしました。(図2、3)
 さらに、研究グループは、抜歯窩歯槽骨組織に対するmRNA発現解析を行い、その結果、PLGAナノ粒子投与(PLGA-NfD)群は、他の4群と比較して、初期炎症に関連する炎症サイトカインIL−1β、TNF-αの減少、破骨細胞分化、骨代謝に関連するRANKL、OPGの減少、ならびに骨再生に関与するTGF-β1が増加することを明らかにしました。(図4)
 以上のことから、1)PLGAナノ粒子は、NF-κBデコイ核酸医薬を抜歯窩歯槽骨に導入するためのキャリアとして有用であること、2)NF-κBデコイ核酸含有PLGAナノ粒子は、歯の抜歯後の初期の過剰な炎症をコントロールし、歯槽骨の再生を促進することが示唆されました。

研究成果の意義

 本研究は、抜歯窩の治癒過程において、デコイ(おとり)核酸で炎症を制御するNFkBの活性を抑制することが、初期の炎症を抑え、骨の治癒を促進することを世界で初めて明らかにしました。そして、炎症を抑制することが治癒の遅延につながると考えられていた従来の概念に対し、抜歯窩において過度な炎症を抑えることが治癒機転を促すという新しい治療戦略視点を見出しました。
 抜歯に伴う歯槽骨喪失は、歯科治療法の制約だけではなく、審美障害も引き起こし、長期にわたり健康な口腔機能を維持するうえで適切な対策をとるべき問題です。今回の研究で、NFkBが抜歯による炎症性歯槽骨吸収のキーファクターの一つであることが明らかとなり、今後、NFkBを標的とした新規歯科治療薬の開発が期待されます。(図5)
 本研究では、抜歯窩におけるNFkBデコイ核酸含有PLGAナノ粒子投与が、抜歯後の歯槽骨減少を防ぎ、骨再生を促すことが分かり、NFkBデコイ核酸が抜歯後の歯槽骨形態を維持する効果が期待されます。今後、隣接する歯を矯正力により骨再生部位に移動させることができれば、歯を支持する歯槽骨の萎縮を可及的に予防することができることから、長期的な口腔機能を維持する治療法の開発を目標とし研究を継続していきます。

用語解説

※1核酸医薬・・・・・・・・遺伝情報をつかさどるDNAやRNAを構成するヌクレオチドを利用した医薬品のこと。直接mRNAなどに作用させることができるため、高い特異性と、従来の医薬品では狙いづらかった細胞内の標的分子をターゲットとすることができる。

※2 PLGAナノ粒子・・・・・・・・生体吸収性のあるポリ乳酸・グリコール酸共重合体(PLGA)は安全性の高い生体材料であり、PLGAをナノ粒子化することで、生体吸収性を向上させ、薬剤のキャリアとして利用される。PLGAナノ粒子は、封入した薬剤の安定性向上、薬剤徐放性による持続的効果を発揮し、薬剤の治療効果を高めることができる。

※3NFκBデコイ・・・・・・・・核酸医薬であるNFκBデコイは細胞核内の転写因子のNF-κBと結合することにより、多くの炎症性サイトカインの発現を制御することが可能。当研究グループにより、再植治療後の歯周組織の再生に効果的であることが明らかとなり、歯科領域への応用が期待されている。
 

参考文献

1) Ashman, A. Postextraction Ridge Preservation Using a Synthetic Alloplast. Implant. Dent. 2000, 9, 168–176.
https://doi.org/10.1097/00008505-200009020-00011.
2) Araújo, M.G.; Silva, C.O.; Misawa, M.; Sukekava, F. Alveolar Socket Healing: What Can We Learn? Periodontology 2000 2015, 68, 122–134. https://doi.org/10.1111/prd.12082.
3) Pagni, G.; Pellegrini, G.; Giannobile, W.V.; Rasperini, G. Postextraction Alveolar Ridge Preservation: Biological Basis and Treatments. Int. J. Dent. 2012, 2012, 151030. https://doi.org/10.1155/2012/151030.
4) Avila-Ortiz, G.; Elangovan, S.; Kramer, K.W.O.; Blanchette, D.; Dawson, D. Effect of Alveolar Ridge Preservation after Tooth Extraction: A Systematic Review and Meta-Analysis. J. Dent. Res. 2014, 93, 950–958. https://doi.org/10.1177/0022034514541127.
5) Couso-Queiruga, E.; Stuhr, S.; Tattan, M.; Chambrone, L.; Avila-Ortiz, G. Post-Extraction Dimensional Changes: A Systematic Review and Meta-Analysis. J. Clin. Periodontol. 2021, 48, 127–145. https://doi.org/10.1111/jcpe.13390.

論文情報

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

論文タイトル: NF-κB Decoy ODN-Loaded Poly(Lactic-co-glycolic Acid) Nanospheres Inhibit Alveolar Ridge Resorption

DOI:https://doi.org/10.3390/ijms24043699

研究者プロフィール

小野 卓史(オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学

石田 雄之(イシダ ユウジ) Ishida Yuji                         
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 助教
・研究領域
歯科矯正学、核酸医薬、骨代謝
黄 淳碩(コウ ジュンセキ) Albert chun-shuo Huang                         
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学



 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ)
E-mail: t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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  • 「NF-kBデコイ核酸医薬による抜歯窩歯槽骨の治癒促進効果を発見」