「 VEGF阻害薬をHTLV-1感染者の眼内に投与することは安全か? 」【鴨居功樹 講師】
公開日:2023.1.30
「 VEGF阻害薬をHTLV-1感染者の眼内に投与することは安全か? 」
― HTLV-1感染者における抗VEGF治療の検証 ―
― HTLV-1感染者における抗VEGF治療の検証 ―
ポイント
- HTLV-1感染症は、世界保健機関(WHO)からTechnical Reportが発刊されるなど、全世界で取り組むべき重要な感染症と位置付けられています。
- 血管内皮増殖因子(VEGF)は、失明を招く加齢黄斑変性、糖尿病網膜症、近視に伴う脈絡膜新生血管などに関与します。治療としては、VEGF阻害薬を眼内に投与すること(抗VEGF治療)が有効で、世界で広く行われています。
- 一方で、VEGFは、HTLV-1が細胞に感染することを妨げる働きがあることも知られています。HTLV-1感染者の眼内にVEGF阻害薬を投与すると、VEGFの変動が起こり、HTLV-1が原因の眼炎症(HTLV-1ぶどう膜炎)を引き起こす恐れがあります。
- HTLV-1感染者における抗VEGF治療の安全性を in vitro で検証しました。
研究の背景
HTLV-1※1は世界保険機関(WHO)からTechnical Reportが出版されるなど、全世界で取り組むべき重要な感染症と位置付けられています。HTLV-1感染者は世界で3000万人以上、日本で100万人前後存在します。HTLV-1は、成人T細胞白血病(ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HAM)、HTLV-1ぶどう膜炎(HU)など、ヒトに疾患を引き起こします。特にHTLV-1が引き起こす眼の炎症であるHUは、ATLに次いで頻度の高い関連疾患で、視力低下を引き起こします。また、HTLV-1感染者の多くが潜伏感染者(キャリア)で、無症状のため、関連疾患を発症した際の検査によって、はじめて感染が判明することが多く、それまで感染が把握できていないという現実もあります。
血管内皮増殖因子 (VEGF) は、血管新生と血管透過性の促進作用のある分子として知られています。眼疾患において、VEGFが深く関与する加齢黄斑変性、糖尿病網膜症、近視に伴う脈絡膜新生血管などの眼疾患は、失明原因の上位に挙げられ、世界で2億人を超える患者さんが存在します。VEGFを抑制するVEGF阻害薬を眼の中に投与すること(抗VEGF治療)は、これらの眼疾患に有効で、世界で多くの患者さんに行われています。
一方で、VEGFはHTLV-1が細胞に感染することを妨げる働きがあることが知られています (図1)。VEGF阻害薬の眼内投与は、VEGFの変動を引き起こすため、HTLV-1感染者の眼内環境を悪化させることが考えられます。特に血液眼関門(血液と眼のバリア)が破綻した状態にある上記の眼疾患は、眼内でHTLV-1感染細胞が暴露されやすいため、VEGF阻害薬の投与によってHTLV-1が原因の眼炎症(HU)が引き起こされるリスクが高まると想定されます。しかしながら、これまでHTLV-1感染者における抗VEGF治療の安全性の検証はされていませんでした。
血管内皮増殖因子 (VEGF) は、血管新生と血管透過性の促進作用のある分子として知られています。眼疾患において、VEGFが深く関与する加齢黄斑変性、糖尿病網膜症、近視に伴う脈絡膜新生血管などの眼疾患は、失明原因の上位に挙げられ、世界で2億人を超える患者さんが存在します。VEGFを抑制するVEGF阻害薬を眼の中に投与すること(抗VEGF治療)は、これらの眼疾患に有効で、世界で多くの患者さんに行われています。
一方で、VEGFはHTLV-1が細胞に感染することを妨げる働きがあることが知られています (図1)。VEGF阻害薬の眼内投与は、VEGFの変動を引き起こすため、HTLV-1感染者の眼内環境を悪化させることが考えられます。特に血液眼関門(血液と眼のバリア)が破綻した状態にある上記の眼疾患は、眼内でHTLV-1感染細胞が暴露されやすいため、VEGF阻害薬の投与によってHTLV-1が原因の眼炎症(HU)が引き起こされるリスクが高まると想定されます。しかしながら、これまでHTLV-1感染者における抗VEGF治療の安全性の検証はされていませんでした。
研究成果の概要
研究グループは、血液眼関門を構成する眼細胞である網膜色素上皮細胞とHTLV-1感染細胞を用いて、HTLV-1感染者の眼内環境を模した実験系を構築し、VEGF阻害薬の眼内投与の安全性を検討しました。
その結果、HTLV-1感染者の眼内環境へのVEGF阻害薬投与によって、炎症性サイトカイン※4・ケモカイン※5産生の上昇はみられず(図2)、また感染細胞と網膜色素上皮におけるHTLV-1プロウイルスロード(PVL)、細胞増殖能、NF-κB※6活性にも影響を与えませんでした(図3)。同様にATL(HTLV-1感染細胞が、がん化して生じる白血病)患者の眼内環境の実験系でVEGF阻害薬の影響を調べたところ、ケモカイン、PVL、細胞増殖能、NF-κB活性に影響を与えませんでしたが、炎症性サイトカインIL-6のみ上昇がみられました。
以上より、HTLV-1感染者におけるVEGF阻害薬の眼内投与は、HTLV-1が原因の眼炎症(HU)が引き起こされるリスクが低いことをつきとめ、安全に投与できることが示唆されました。一方でATL患者においては一定の注意を要する可能性も示唆されました。
その結果、HTLV-1感染者の眼内環境へのVEGF阻害薬投与によって、炎症性サイトカイン※4・ケモカイン※5産生の上昇はみられず(図2)、また感染細胞と網膜色素上皮におけるHTLV-1プロウイルスロード(PVL)、細胞増殖能、NF-κB※6活性にも影響を与えませんでした(図3)。同様にATL(HTLV-1感染細胞が、がん化して生じる白血病)患者の眼内環境の実験系でVEGF阻害薬の影響を調べたところ、ケモカイン、PVL、細胞増殖能、NF-κB活性に影響を与えませんでしたが、炎症性サイトカインIL-6のみ上昇がみられました。
以上より、HTLV-1感染者におけるVEGF阻害薬の眼内投与は、HTLV-1が原因の眼炎症(HU)が引き起こされるリスクが低いことをつきとめ、安全に投与できることが示唆されました。一方でATL患者においては一定の注意を要する可能性も示唆されました。
研究成果の意義
VEGF阻害薬の眼内投与(抗VEGF治療)は、加齢黄斑変性、糖尿病網膜症、近視性脈絡膜新生血管など、多くの患者さんに有効な治療法です。一方でHTLV-1感染者におけるVEGF阻害薬の眼内投与は、HTLV-1が原因の眼炎症を引き起こすリスクが危惧されていましたが、本研究でHTLV-1感染者におけるVEGF阻害薬の眼内投与の安全性を示したことは、抗VEGF治療を受けるHTLV-1感染患者さんや治療に携わる医療関係者にとって有益な情報提供となると考えます。
用語解説
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※1HTLV-1: Human T-cell Lymphotropic (Leukemia) Virus type-1の略。世界保健機関(WHO)をはじめ、世界中から注目を集めている感染症。成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎など、ヒトに疾患を引き起こす。日本が診療・研究において世界をリードしている。
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※2HSPG: ヘパラン硫酸プロテオグリカン。細胞外マトリックスの主要成分として生体内に広く分布。
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※3NRP-1: ニューロピリン-1。HTLV-1の感染に重要なレセプター。新型コロナウイルスの感染にも関与。
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※4サイトカイン: 細胞から分泌され、細胞の増殖や分化などに関与する。
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※5ケモカイン: 白血球の遊走と活性化に関わるサイトカイン。
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※6NF-κB: 免疫反応において中心的役割を果たす転写因子。炎症反応や細胞増殖などに関与する。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Immunology
論文タイトル: Safety of intraocular anti-VEGF antibody treatment under in vitro HTLV-1 infection
DOI:https://doi.org/10.3389/fimmu.2022.1089286
研究者プロフィール
鴨居 功樹(カモイ コウジュ) Koju Kamoi
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 講師
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
眼科手術
宗 源(ソウ ゲン) Yuan Zong
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 大学院生
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 大学院生
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
大野 京子(オオノ キョウコ) Kyoko Ohno-Matsui
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 教授
・研究領域
近視
網膜疾患
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 教授
・研究領域
近視
網膜疾患
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 鴨居 功樹(カモイ コウジュ)
E-mail:koju.oph[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。