プレスリリース

「RNA結合タンパク質LIN28Aによる転写後調節を介した血管新生制御機構を解明」【淺原弘嗣 教授】

公開日:2022.12.13
 
「RNA結合タンパク質LIN28Aによる転写後調節を介した血管新生制御機構を解明」
― 低酸素誘導因子HIF1αのRNA階層を介した新規制御メカニズムの発見 ―

ポイント

  • 医学・生物学において注目されるLIN28Aを、低酸素誘導因子HIF1αの発現を上昇させるRNA結合タンパク質として発見しました。
  • LIN28AがmRNA上の「UGAU」という標的配列に直接結合してmRNAを安定化させることでHIF1αのタンパク質の発現が上昇する新規制御メカニズムを示しました。
  • LIN28Aは癌の血管新生を亢進させることを明らかにしました。
  • RNA結合タンパク質による転写後調節を標的としたがんの病態解明と新規治療戦略への応用が期待されます。

     東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 システム発生・再生医学分野の淺原弘嗣教授、栗本遼太講師、内田雄太郎MDPhDコース学生ら、および、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 心肺統御麻酔学分野の内田篤治郎教授、山本寛人講師の研究グループは、福岡大学産科婦人科学の宮田康平准教授、東京農工大学工学研究院の稲田全規准教授ら、武蔵野大学人間科学部人間科学科の五島直樹教授との共同研究で、RNA結合タンパク質LIN28A※1がHIF1A mRNA上のUGAU配列への直接結合を介したmRNAの安定化により低酸素誘導因子HIF1α※2の発現を上昇させることで、癌の血管新生が亢進することを明らかにしました。この研究は、米国国立衛生研究所、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST、AMED-LEAP)、並びに文部科学省科学研究費補助金の支援のもとおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Biological Chemistryに、2022年12月9日にオンライン版で発表されました。
     

研究の背景

 腫瘍はストレス環境下において代謝・シグナル伝達等を変化させることで、腫瘍の生存に適するように遺伝子発現制御が変化させることが知られています。特に低酸素環境においては、低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factors: HIFs)の安定化によって腫瘍の生存に必要となる血管新生関連因子などの遺伝子発現が亢進することが、腫瘍の進展に大きく寄与すると報告されており(Semenza et al, Cell 2012)、このHIFsの発見によって2019年度のノーベル生理医学賞の受賞にまで至りました。HIFsの中でもHIF1αは腫瘍の生存の鍵となるタンパク質として重要であり、Von-Hippel-Lindauタンパク質を介した翻訳後制御による制御機構、PI3K-Akt経路を介した転写制御などが報告されてきました(Maxwell et al, Adv. Exp. Med. Biol. 2001)。その一方で、遺伝子発現制御の他の重要なステップとして転写後制御機構があります。転写後制御とは、microRNAやRNA結合タンパク質といった転写後制御因子が、標的遺伝子のmRNA上のcis-element※3と呼ばれる配列に直接結合することで、翻訳の亢進・減衰、およびmRNAの安定化・分解を介して発現制御を行うステップで、標的遺伝子の安定的な発現・細胞の恒常性維持において非常に重要な役割を果たします(Uchida et al, Journal of Biochemistry 2019)。しかしながら、HIF1A mRNA上のcis-elementを介した転写後制御機構は依然として解明が不十分であり、制御に重要なcis-elementの同定とその制御因子の同定が求められていました。そこで本研究グループは、HIF1αの発現を制御するRNA結合タンパク質を細胞ベースでスクリーニングすることによって、HIF1αを転写後調節により制御するRNA結合タンパク質の同定を試みました。

研究成果の概要

 HIF1αの発現を転写後調節により発現を上昇させる遺伝子を探索するため、HIF1A遺伝子の5’UTRと3’UTRとを搭載したルシフェラーゼレポーターを作製し、RNA結合タンパク質1127種類を細胞に導入することで遺伝子スクリーニングを行いました。その結果として、HIF1αの発現を上昇させる候補RNA結合タンパク質としてLIN28Aを同定しました。(図1)
 LIN28Aは癌の抑制に重要なmicroRNA let-7の分解を誘導することによって癌関連因子の発現を亢進させることが報告されています。しかし、本研究においては、let-7の分解をすることができないLIN28Aの変異体(ZFm)を用いた解析、およびlet-7の強制発現実験により、LIN28AによるHIF1αの発現上昇がlet-7の分解に依存しないこと、let-7がHIF1αの発現を制御しないことを明らかにしました。(図2)
 そこで、LIN28AによるHIF1αの発現制御メカニズムを同定するために、RNA-SeqによるTranscriptome解析、核酸アナログであるチオウリジン (s4U)を用いたmRNAの分解速度をTranscriptome wideに定量する手法であるSLAM-Seq、およびRNA結合タンパク質が結合する領域をTranscriptome wideに同定する手法であるEnhanced crosslinking immunoprecipitation (eCLIP)法を用いることで、RNA結合タンパク質としての機能を統合的に解析しました。その結果として、LIN28AがHIF1A mRNAの3’UTR上のUGAUというcis-elementを認識してmRNAを安定化させることによってHIF1αの発現を亢進させることを明らかにしました。(図3)
 最後に、LIN28AがHIF1αの発現を亢進させることによる生理的意義を探索するため、血管密度試験をヌードマウスに皮下移植した腫瘍に対して行ったところ、LIN28Aの発現によって血管新生が亢進している様子を明らかにしました。(図4)
 これらの結果により、LIN28AがmicroRNA let-7の分解に非依存的に、UGAUモチーフを持ったcis-elementへの直接の結合を介してHIF1αを転写後制御することにより、癌の血管新生亢進に寄与することを明らかにしました。

図1 HIF1αの転写後制御因子を探索するRNA結合タンパク質のスクリーニング
RNA結合タンパク質スクリーニングによりHIF1αの発現を上昇させる候補遺伝子としてLIN28Aを同定

図2 LIN28Aの変異体およびlet-7を発現させたときのHIF1αタンパク質発現の定量
A. Negative Control (NC)、およびLIN28Aの野生型(WT)、let-7を分解できない変異体(ZFm)を発現したときのHIF1αタンパク質の発現変化をウエスタンブロッティングにより定量した。B. Negative Control (NC)、およびmicroRNA let-7を発現したときのHIF1αタンパク質の発現変化をウエスタンブロッティングにより定量した。

図3 RNA結合タンパク質としてのLIN28Aの統合的解析
A. Negative Control (NC)、野生型のLIN28A (WT)、および変異体のLIN28A (ZFm)を発現したときのTranscriptome解析 B. Negative Control (NC)、野生型のLIN28A (WT)、および変異体のLIN28A (ZFm)を発現したときのSLAM-SeqによるmRNAの安定性変化の解析 C. eCLIPより同定されたLIN28Aが結合する部位のモチーフ配列 D. eCLIPより同定されたLIN28Aが結合するmRNAの部位の分布図 E LIN28A (野生型、変異体)がHIF1Aに結合している部位とUGAUモチーフ配列部位の図示 (eCLIP)

図4 皮下移植腫瘍に対する血管新生の評価
Negative Control (NC)、野生型のLIN28A (WT)、および変異体のLIN28A (ZFm)を発現させた細胞のマウスへの皮下移植モデルに対する血管新生の様子

研究成果の意義

 研究グループは、RNA結合タンパク質LIN28Aが腫瘍抑制microRNAであるlet-7の分解を介さず、mRNA上の”UGAU”という新規同定cis-elementに直接結合することでHIF1αの発現を上昇させ、血管新生を亢進させる新規制御メカニズムを明らかにしました。(図5)本研究成果は、幹細胞制御や腫瘍制御においてその重要性が知られるLIN28Aの新たな一面を明らかにするとともに、血管新生の阻害などを介した新規癌治療などの発展研究への寄与が期待されます。

図5 本研究において解明されたメカニズム

用語解説

※1RNA結合タンパク質LIN28A
RNA結合タンパク質はmRNAに直接結合することでmRNAの安定化や翻訳制御、RNAの輸送、スプライシング制御に寄与することが知られている。LIN28AはRNA結合タンパク質の中でも最もよく知られているもののひとつで、腫瘍抑制microRNAとして知られる let-7の分解を誘導することで、幹細胞性の維持や腫瘍形成等に寄与することが知られている。
※2低酸素誘導因子HIF1α
低酸素環境下において発現が安定化することが知られる重要な転写因子である。血管新生やエリスロポエチンの産生など、低酸素条件に応答して個体の生存に必要な遺伝子群の発現を上昇させることが知られている。
※3cis-element
因子が直接結合することで標的遺伝子発現を調節することができる部位の総称。ここではRNA結合タンパク質が直接結合することで標的mRNAへの機能調節を行う部位のことを指す。
 

論文情報

掲載誌:Journal of Biological Chemistry

論文タイトル: RNA-binding protein LIN28A upregulates transcription factor HIF1α by post-transcriptional regulation via direct binding to UGAU motifs

DOI:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2022.102791

研究者プロフィール

山本 寛人 (ヤマモト ヒロト) Hiroto Yamamoto
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
心肺統御麻酔学 講師
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現)、臨床麻酔学、周術期管理学

内田 雄太郎 (ウチダ ユウタロウ) Yutaro Uchida
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
システム発生再生医学分野 MDPhDコース学生(学部六年)
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現学)、RNA生物学、がん生物学
 
栗本 遼太 (クリモト リョウタ) Ryota Kurimoto
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
システム発生再生医学分野 講師
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現学)、RNA生物学、がん生物学、実験病理学
 
淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ) Hiroshi Asahara 
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
システム発生・再生医学分野 教授
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現)、発生・再生医学、整形外科学、リウマチ学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム発生・再生医学分野 淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ)
E-mail:asahara.syst[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

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