「増殖をしていない口腔がん細胞が運動能を獲得して転移するメカニズムを発見」【渡部徹郎 教授】
公開日:2022.9.28
「増殖をしていない口腔がん細胞が運動能を獲得して転移するメカニズムを発見」
― がん転移を抑制する新規治療法の開発に期待 ―
― がん転移を抑制する新規治療法の開発に期待 ―
ポイント
- がん微小環境に豊富に存在するトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)※1により増殖が低下した口腔がん細胞が運動能を獲得して転移をすることをつきとめました。
- TGF-βは頭頸部がん患者の予後不良因子であるケラチン結合因子(KRTAP2-3)※2の発現を上昇させることで口腔がん細胞の上皮間葉移行(EMT)※3を誘導するという新たなメカニズムを見出しました。
- 様々ながんの病態解明と新規治療法開発への応用が期待できます。
研究の背景
がん細胞は正常細胞が無限の増殖能を獲得することにより生じ、さらに運動・浸潤能を獲得することで、全身に転移し患者の生命を奪います。多くの抗がん剤は細胞増殖を標的としていますが、がんによる死亡の9割が転移に関連していることを考えると、がんの進展におけるがん細胞の運動・転移能の獲得機構の解明は急務です。腫瘍組織に豊富に存在するTGF-βはEMT誘導を介した運動能亢進という「がん促進作用」と細胞周期をG1期に停止させることによる増殖低下という「がん抑制作用」を持っていますが、その相反する2つの作用の関連性については未解明でした(図1A)。
研究成果の概要
そこで研究グループは、細胞周期をモニタリングできるFucciシステムを用いてG1期に移行して増殖が低下した細胞とS/G2/M期に存在する増殖している細胞をFACSで分取して運動性試験とRNAシーケンシングを行ったところ、TGF-βにより増殖が停止した細胞の運動性が高く(図1B)、EMTが誘導されていることを見出しました(図1C)。
さらに、シングルセルRNAシーケンシングによる解析により、TGF-βにより誘導されるEMTには従来報告されていたHMGA2転写因子発現を介するものに加えて、細胞周期がG1期に停止した細胞を形成する新たな経路が存在することを見出しました(図2A)。
さらに、シングルセルRNAシーケンシングによる解析により、TGF-βにより誘導されるEMTには従来報告されていたHMGA2転写因子発現を介するものに加えて、細胞周期がG1期に停止した細胞を形成する新たな経路が存在することを見出しました(図2A)。
この現象の機序を解明するため、TGF-βによりG1期の細胞において発現が上昇する因子としてKRTAP2-3を同定し、KRTAP2-3がこの新たなEMT経路を誘導することを明らかにしました(図2B)。これまでKRTAP2-3の機能に関する報告はありませんが、KRTAP2-3が頭頸部がん患者の予後不良因子であり(図3A)、がん細胞において発現させると増殖を抑制し、運動能を亢進することから(図3B)、TGF-βの2つの作用を制御する実行因子であることを見出しました。さらにKRTAP2-3遺伝子を欠損させた口腔がん細胞は、マウスへの同所移植モデルにおいてリンパ節転移が低下し、EMTの逆転現象であるMETが生じることから(図3C)、KRTAP2-3が口腔がん細胞の増殖を抑制しつつ、EMT誘導を介して運動・転移能を亢進する新規因子であり、治療標的として有望であることが示されました。
研究成果の意義
本研究によりTGF-βにより増殖能が低下した細胞の運動・転移能が上昇するというこれまでのがん生物学におけるパラダイムを大きく変える知見が得られました(図4)。この現象の機序を解明する過程で、TGF-βにより誘導される新規EMT制御因子として同定されたKRTAP2-3は頭頸部がん患者の予後不良因子であり、口腔がん細胞のEMT誘導を介して運動・転移能を亢進することから、KRTAP2-3の発現・機能を阻害することにより、口腔がんの転移を抑制できることが予測されます。KRTAP2-3の発現は正常組織では毛髪のみに限局しており、頭頸部がんや胃がんなどのがん細胞において上昇することから、新たな治療標的として期待されます。
図4 TGF-βは増殖能が低く運動・転移能が高いがん細胞の形成を誘導する:
腫瘍組織に豊富に存在するTGF-βは細胞周期をG1期に停止することで増殖が低下し、EMTを誘導することで運動・転移能が亢進したがん細胞の形成を誘導する。こうした細胞においてはKRTAP2-3の発現が上昇しており、TGF-βによる2つの作用を制御していることからKRTAP2-3の発現を低下させることで治療効果が期待される。
腫瘍組織に豊富に存在するTGF-βは細胞周期をG1期に停止することで増殖が低下し、EMTを誘導することで運動・転移能が亢進したがん細胞の形成を誘導する。こうした細胞においてはKRTAP2-3の発現が上昇しており、TGF-βによる2つの作用を制御していることからKRTAP2-3の発現を低下させることで治療効果が期待される。
用語解説
※1トランスフォーミング増殖因子β(transforming growth factor-β:TGF-β):線維芽細胞の形質転換を促進する因子として同定されたが、現在では多くの種類の細胞に対して増殖抑制作用を有することが明らかになっている。さらに、細胞の分化・運動などにも関与し、個体発生やがんの浸潤・転移など様々な病態生理学的現象において重要な役割を果たすことがわかっている。
※2ケラチン結合因子2-3(keratin associated protein 2-3: KRTAP2-3):100種類以上のメンバーから構成されるKRTAPファミリーのメンバー。毛髪に発現してケラチンタンパク質に結合することで、ケラチン線維の形成に寄与する。がんの発生や進展に関する報告はない。
※3上皮間葉移行(epithelial-mesenchymal transition : EMT):上皮細胞が間葉系細胞へと分化する過程で、細胞は細胞間接着分子であるクローディン-1 (Claudin-1) などの発現を消失し、ビメンチン (Vimentin) などの発現や高い運動・浸潤能などの間葉系細胞の形質を獲得する。EMTは発生過程で見られる生理的な現象だが、組織の線維化や、がん転移などの病態の進展にも関与する。
※2ケラチン結合因子2-3(keratin associated protein 2-3: KRTAP2-3):100種類以上のメンバーから構成されるKRTAPファミリーのメンバー。毛髪に発現してケラチンタンパク質に結合することで、ケラチン線維の形成に寄与する。がんの発生や進展に関する報告はない。
※3上皮間葉移行(epithelial-mesenchymal transition : EMT):上皮細胞が間葉系細胞へと分化する過程で、細胞は細胞間接着分子であるクローディン-1 (Claudin-1) などの発現を消失し、ビメンチン (Vimentin) などの発現や高い運動・浸潤能などの間葉系細胞の形質を獲得する。EMTは発生過程で見られる生理的な現象だが、組織の線維化や、がん転移などの病態の進展にも関与する。
論文情報
掲載誌:Cell Reports
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論文タイトル:TGF-β generates a population of cancer cells residing in G1 phase with high motility and metastatic potential via KRTAP2-3
研究者プロフィール
高橋 和樹 (タカハシ カズキ) Takahashi Kazuki
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 連携研究員
東京大学生産技術研究所
機械・生体系部門 特別研究員
・研究領域
がん生物学、生化学
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 連携研究員
東京大学生産技術研究所
機械・生体系部門 特別研究員
・研究領域
がん生物学、生化学
井上 カタジナアンナ (イノウエ カタジナアンナ) Inoue, Katarzyna Anna
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 助教
・研究領域
がん生物学、生化学
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 助教
・研究領域
がん生物学、生化学
渡部 徹郎 (ワタベ テツロウ) Watabe, Tetsuro
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 教授
・研究領域
がん生物学、血管生物学、生化学
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 教授
・研究領域
がん生物学、血管生物学、生化学
問い合わせ先
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 渡部 徹郎 (ワタベ テツロウ)
E-mail: t-watabe.bch[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
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