プレスリリース

世界で初めて解明 ウイルス由来の獲得遺伝子が脳の自然免疫に機能

公開日:2022.9.27
東海大学
国立大学法人東京医科歯科大学
世界で初めて解明 ウイルス由来の獲得遺伝子が脳の自然免疫に機能
~ヒトの精神・神経疾患との関連性解明に期待~

 東海大学[伊勢原校舎](所在地:神奈川県伊勢原市下糟屋143、学長:山田 清志〔やまだ きよし〕)医学部の金児‐石野知子教授(現客員教授)、入江将仁元特任助教(元東京医科歯科大学特任助教)、伊東丈夫研究員、および東京医科歯科大学(所在地:東京都文京区湯島1-5-45、学長:田中 雄二郎〔たなか ゆうじろう〕)統合研究機構 石野史敏非常勤講師(東京医科歯科大学 名誉教授)、松沢歩元プロジェクト助教の研究グループは、東京医科歯科大学難治疾患研究所未来ゲノム研究開発支援室、大阪大学微生物病研究所、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)生体モデル開発チームとの共同研究で、ウイルス由来で脳の病原体排除に機能する2つの哺乳類特異的獲得遺伝子が、脳の自然免疫に機能することを世界で初めて明らかにしました。
 この研究成果が2022年9月27日(火)、国際科学誌『Development』オンライン版で掲載されるとともに、同誌の記事「Research highlight」および「The People Behind the Papers」の中で取り上げられ、『Development』からプレスリリースが行われました。
【研究のポイント】
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    ウイルスという病原体から哺乳類が獲得した遺伝子が、ウイルスや細菌などの外敵から身を守る自然免疫システムの一員として、脳で機能することを世界で初めて明らかにしました。
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    2011年のノーベル賞受賞で有名になったToll様受容体(TLR)※1を介した自然免疫は、広く動物界に見られる細菌やウイルスなどの病原体に対応するシステムです。今回の発見は、TLR系に加えて、哺乳類ではレトロウイルス※2由来の哺乳類特異的獲得遺伝子が脳内の自然免疫システムで機能していることを明らかにしたものです。
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    レトロウイルスに由来する2つの哺乳類特異的遺伝子RTL5/SIRH8 ※3、RTL6/SIRH3 ※4遺伝子から作られるRTL5、RTL6タンパク質は、脳の免疫細胞であるミクログリア細胞で発現し、RTL6は細菌に由来するリポ多糖(LPS)※5、RTL5はウイルスに由来する二本鎖RNA(dsRNA)、非メチル化DNAという病原体物質の排除に機能していました。
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    これら2つの遺伝子は、哺乳類の脳の健康維持に重要な働きをしていると考えられ、今後、ヒト精神・神経疾患との関連の解明が期待されます。

研究の背景

 東海大学医学部の金児‐石野知子教授を中心とした研究グループと東京医科歯科大学の石野史敏教授を中心とした研究グループは共同で、レトロウイルス由来の遺伝子PEG10、PEG11/RTL1が、哺乳類の胎盤の形成や機能維持に必須であることを2001年から2008年にかけて明らかにしました(Ono et al., Genomics 2001, Nat Genet 2006; Sekita et al., Nat Genet 2008)。その後、この2遺伝子に加えて同様のレトロウイルス由来でヒトを含む哺乳類のゲノムに共通して保存されている9遺伝子を合わせて全11個のSIRH/RTL遺伝子(哺乳類特異的獲得遺伝子)について網羅的機能解析を行ってきました。この哺乳類だけが持つ11の遺伝子の作るタンパク質は、sushi-ichiレトロトランスポゾンのGAGタンパク質※7に相同性を持つという共通性がありますが、アミノ酸配列やアミノ酸長はそれぞれ異なっており、各々独自の機能を持っています。例えば、Sirh7/Ldoc1/Rtl7は胎盤の内分泌機能を介して出産タイミングの制御を行う(Naruse et al., Development 2014)、Sirh11/Zcchc16/Rtl4 が脳内のノルアドレナリン量の制御を介し衝動的行動や空間記憶に関係する(Irie et al., PLoS Genet 2015)ことを明らかにしています。今回、Rtl6/Sirh3/Ldoc1lとRtl5/Rtl5/Sirh8/Rgag4が脳のミクログリア細胞※6で発現し、脳の自然免疫反応の最前線で機能することを明らかにしました(図1)。

【図1】 RTL5とRTL6タンパク質は脳内で病原体物質排除の最前線で働いている
RTL5、RTL6タンパク質は主として異なるタイプのミクログリアで発現し、脳内に分泌され、自然免疫の最前線で、脳内に侵入した病原体物質に素早く反応する。Iba1とTMEM119はミクログリア特異的マーカー。

研究成果の概要

(1)RTL5/SIRH8RTL6/SIRH3は脳内ミクログリアで発現する
  RTL5/SIRH8RTL6 /SIRH3はどちらも、哺乳類でもヒトやマウスを含む真獣類に存在する レトロウイルスに由来する遺伝子で、11個のRTL/SIRH遺伝子群の中でお互いに系統的に近い関係にあります。RTL6遺伝子から作られるRTL6タンパク質は極めて塩基性の高いタンパク質 ですが、その配列が進化上で高度に保存されていることから、真獣類にとって重要な機能を持つと予想していました。しかし、タンパク質の発現場所と発現時期が不明で、これまでその機能は長らく謎でした。そこで、RTL6タンパク質の後ろに蛍光タンパク質であるVenusを繋いだノックイン(KI)マウス※8を作製し、マウスの個体発生での発現を解析したところ、胎児期後期から新生児期にかけて脳を含む中枢神経系で発現していること(図2)、特異的マーカーである Iba1の免疫染色から、発現する細胞は脳の免疫細胞であるミクログリアであることを明らかにしました(図3)。RTL6とは逆にRTL5タンパク質は強酸性で、これには蛍光タンパク質mCherryを繋いだKIマウスを作製し、同様にミクログリア細胞で発現することを明らかにしました。どちらも、ミクログリアから細胞外に放出され脳内に細粒または少し大きな顆粒として分布しています。
 

【図2】 RTL6-Venus タンパク質の脳での発現
新生児期(P0)で、Venusに由来する530 nmのシグナルは最大値を示す。
左;透過像、中:蛍光像、
右:蛍光シグナルを波長解析の結果とその強さ(ACE1)。Fb:前脳(大脳)、Mb:中脳、Hb:後脳、Sp:脊髄







【図3】 RTL6-Venus はミクログリア(Iba1 陽性細胞)で発現する
左上:脳の視床下部(透過像)、右上:RTL6(緑)の発現、右下:Iba1(赤)免疫染色像、左下:マージ像
(2)RTL5、RTL6は病原体排除に関わる
  ミクログリアは脳内唯一の免疫細胞であることから、強力な病原体物質であるLPSやdsRNA、非メチル化DNAとの反応を調べてみると、RTL6は投与したLPSに集まり、脳内の血管を守るようにバリアー状の構造を形成し、その中にRTL6/RTL5/LPSからなる複合体を形成しました(図4)。一方、RTL5は投与したdsRNAや非メチル化DNAの場所に集まり、RTL6/RTL5/dsRNA複合体や、非メチル化DNA には単独でRTL5/dsDNA複合体を形成しました。
 
【図4】 扁平ミクロ細胞におけるRTL6/RTL5/LPS の複合体
LPS濃度の高い場所では、ミクログリアが扁平化しバリアー状の構造をとって脳内の血管を守るように位置している。扁平ミクログリア細胞同士の間には、RTL6(緑)、RTL5(赤)、LPS(青)からなる大きな複合体が形成されていた。
左:透過像、右:蛍光象
(3)Rtl5、Rtl6 遺伝子を欠損すると病原体排除ができない
 さらに、Rtl6ノックアウト(KO)マウス※9、およびRtl5 KOマウスでは、LPS、dsRNAの排除機能が著しく低下することを確認し(図5、図6)、RTL6、RTL5タンパク質がそれぞれ、LPS、dsRNA の排除に重要な機能を果たしていることを明らかにしました。
 

【図5】 Rtl6 KOマウスにおける脳内の残存LPS(左)
通常の脳では、投与されたLPS(青)は1時間後にはミクログリア内に取り込まれ、脳内から除去される。しかし、Rtl6 KOの脳ではLPSを排除できず、脳内にそのまま残っている。左上;透過像、右上:Rtl6 KO におけるRTL5 タンパク質の挙動、右下:投与したLPS、左下:マージ像

【図6】 Rtl6 KO マウスにおける脳内の残存dsRNA(右)
RTL5とRTL6の両者を持つDKI では、投与されたdsRNA(青)は90 分後には脳内から除去される(上段)。
しかし、Rtl5 KOの脳ではdsRNAを排除できず、脳内にそのまま残っている(下段)。


(4)RTL5、RTL6 は脳内の自然免疫システムの新しい構成要素である
 これらの結果から、レトロウイルス由来のRTL5、RTL6遺伝子が、脳内の自然免疫システムで、特定の病原体物質の排除に重要な機能を果たしていることが明らかになりました。
 LPSは生物にとって最も危険な病原体物質の一つであり、脳を細菌感染などから守る機能を持つようになったRTL6遺伝子が進化上で高度に保存されたと考えられます。
 また、新生児期に脳内の神経ネットワークが形成される際、ミクログリアは余分になったニューロン※10やアストロサイト※11の刈り込みにも機能していることが知られており、病原体排除以外にも脳内環境をクリーンに保ち、脳の健康を守る役割を果たしていると考えられます。 
 

研究成果の意義

 これまで、ゲノム内の外来のウイルスなどに由来するDNA配列はゴミと考えられ、多くは長い間、解析の対象とされていませんでした。これまでの共同研究グループによる一連の研究は、胎盤や脳機能にウイルス由来の獲得遺伝子が重要な機能を持つことを明らかにしてきましたが、脳の自然免疫に関わる機能が明らかになったのは世界で初めてです。脳の健康を守る役割を持つことから、これら遺伝子の変異がヒトの精神・神経疾患に関わる可能性が高いと考えられ、今後の研究が期待されます。
 また、ミクログリアが通常の免疫細胞とは異なり、個体発生上、胚体外組織である卵黄嚢に起源することから、この論文では、進化の過程でウイルス由来の獲得遺伝子が誕生する場として、胎盤や卵黄嚢といった胚体外組織の重要性を提唱しています。特に卵黄嚢の進化上の重要性については、初めて指摘した仮説となります。
 

論文情報

  • 掲 載 誌 :
    Development
  • タイトル:
    Retrovirus-derived RTL5 and RTL6 genes are novel constituents of the innate immune system in the eutherian brain
  • 掲 載 日 :
    2022年9月27日(火)
    「The people behind the papers」「Research highlight」も同時公開予定
  • D  O  I :
    doi:10.1242/dev.201295
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〔用語解説〕
※1  Toll様受容体(TLR):脊椎動物や昆虫などの自然免疫機構で働く細胞(マクロファージ、ミクログリア等)で発現するセンサーとして機能します。LPSや二本鎖RNAなどの細菌やウイルスなどの特徴的な構造を見分け、細胞内シグナル伝達系を活性化することで、病原体排除に必要な生体防御機構を誘導します。

※2 レトロウイルス:RNAを遺伝情報とするRNAウイルスの仲間です。逆転写酵素を持ち、1本鎖RNAに含まれる遺伝情報を2本鎖DNAに変換し、宿主細胞のゲノムに入り込む性質を持っています。それらは内在性レトロウイルスと呼ばれ、ヒトゲノムのおよそ8%を占めています。

※3  RTL5/SIRH8:スシイチレトロトランスポゾンのGAG(group specific antigen)に似たタンパク質をコードするRTL/SIRH遺伝子の一つ。X染色体上に存在し、599個のアミノ酸からなる強酸性のタンパク質を作ります。

※4  RTL6/SIRH3:スシイチレトロトランスポゾンのGAGに似たタンパク質をコードするRTL/SIRH遺伝子の一つ。常染色体上に存在し、243個のアミノ酸からなる極塩基性のタンパク質を作ります。

※5  LPS:グラム陰性菌の外膜に存在する多糖のことで、様々な炎症性サイトカインの分泌を促進する作用を持ち、マクロファージ、ミクログリアを活性化する働きもあります。

※6 ミクログリア細胞:脳脊髄などの中枢神経系を構成するグリア細胞の一つです。脳内で唯一の免疫細胞として自然免疫機構に機能します。卵黄嚢から発生し、骨髄に由来するマクロファージと起源が異なります。

※7  GAG タンパク質:レトロウイルスの GAG遺伝子から作られた後、タンパク質分解酵素で3つに分解され、ウイルス構造タンパク質(マトリクス、ヌクレオキャプシド、キャプシド)として機能します。

※8  ノックイン(KI)マウス:標的遺伝子に特定の突然変異や外来遺伝子などを入れたマウス。本研究では蛍光タンパク質を作るVenusやmCherry遺伝子を標的遺伝子の後ろに繋ぎ、蛍光を発する融合タンパク質を作らせることで、標的遺伝子の発現時期や部位を明らかにするために使っています。

※9 ノックアウト(KO)マウス:標的遺伝子を破壊したマウス。標的遺伝子が作るタンパク質が欠失したときに起こる様々な異常から、標的遺伝子の生体内での機能を推測するために使われます。

※10 ニューロン:中枢神経系を構成する神経細胞で、複雑なネットワークを形成して、情報処理や情報伝達に働きます。

※11 アストロサイト:中枢神経系を構成するグリア細胞の一つで、ニューロンネットワークを構造的に支えています。また、物質輸送を介して、周辺のニューロンや他のグリア細胞などの機能調節に関わっています。
 

【本件に関する問い合わせ先】

<研究内容についてのお問い合わせ>
東京医科歯科大学 統合研究機構 非常勤講師
石野 史敏(イシノ フミトシ)(東京医科歯科大学 名誉教授)
E-mail:fishino.epgn[@]mri.tmd.ac.jp

東海大学 医学部 客員教授 金児-石野 知子(カネコ-イシノ トモコ)
E-mail:tkanekoi[@]is.icc.u-tokai.ac.jp

<本ニュースリリースについてのお問い合わせ>
国立大学法人東京医科歯科大学(TMDU)総務部総務秘書課広報係
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

東海大学広報担当
E-mail:pr[@]tsc.u-tokai.ac.jp

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プレス通知資料PDF

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