プレスリリース

「 細胞トランジスタによる細胞膜タンパク質の検出 」【田畑美幸 特任准教授、宮原裕二 特任教授】

公開日:2022.9.6
 
「 細胞トランジスタによる細胞膜タンパク質の検出 」
― リキッドバイオプシーへ適用の可能性 ―

ポイント

  • 細胞トランジスタ※1を用いて、酵素反応の結果生じるpH変化を膜タンパク質発現量の違いとして計測する原理を提案し、その基本動作を実証しました。
  • 細胞トランジスタを用いた膜タンパク質計測結果は従来法のFluorescence-activated cell sorting(FACS)の結果と相関し、酵素―基質反応によって生成されたイオン量の変化をトランジスタで電子信号に変換し、生細胞の細胞膜タンパク質発現量を解析するシステムの基礎技術を確立しました。
  • リキッドバイオプシー※2のバイオマーカーの一つである血中循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell, CTC)※3の検出及びその不均一性解析への応用が期待できます。
 東京医科歯科大学生体材料工学研究所バイオエレクトロニクス分野の田畑美幸特任准教授と医歯理工融合研究センターの宮原裕二特任教授の研究グループは、酵素修飾抗体を用いて標的膜タンパク質である抗原マーカーをラベリングし、酵素反応の結果生じるpH変化をタンパク質発現量の違いとしてイオン応答性電界効果トランジスタ(Ion-sensitive field effect transistor, ISFET)で検出する計測方法を世界で初めて提案し、その基本原理を実証しました。リキッドバイオプシー※2のバイオマーカーの一つである血中循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell, CTC)※3の検出及びその不均一性解析への応用が期待できます。この研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のさきがけJPMJPR21B8および研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」、文部科学省(MEXT)共同利用・共同研究拠点「生体医歯工学共同研究拠点」の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、9月2日に 国際科学誌Journal of the American Chemical Societyにオンライン掲載されました。

研究の背景

 リキッドバイオプシーは疾病診断技術の一つで、血液や唾液などの体液を低侵襲または非侵襲に採取し、その中に含まれる細胞、核酸、タンパク質などの生体分子を解析します。リキッドバイオプシーのバイオマーカーの一つである血中循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell, CTC)について、疾病との関連性評価には蛍光ラベリングによる核酸定量解析法や免疫染色を利用した生物学的手法が採用されています。こうした方式は操作に専門の手技を要し、また、検査結果を得るまで一定の期間を必要とするため、いつでもどこでも誰にでもという使い方には適しません。そのため、従来の評価法に置き換わる小型で簡便な検査プラットフォームの開発が求められています。

研究成果の概要

 小型で簡易測定可能な超高感度リキッドバイオプシープラットフォームの創製を目指し、酵素修飾抗体で標的膜タンパク質である抗原マーカーをラベリングし、酵素反応の結果生じるpH変化をイオン応答性電界効果トランジスタ(Ion-sensitive field effect transistor, ISFET)で計測する膜タンパク質検出法を開発しました(図1)。

図1 細胞トランジスタによる膜タンパク質計測原理

 具体的に、CTCのモデルとして4種の乳がん関連細胞株(BT474, MDA-MB-231 (MM231), MDA-MB-468 (MM468), MDA-MB-453 (MM453))を用い、細胞膜表面に存在するがん特異的なタンパク質(Epidermal growth factor receptor, EGFR)の発現量の違いを酵素反応の結果生じるpH変化として、pHセンサであるIon-sensitive field effect transistor(ISFET)で検出しました。細胞接着層を介してISFET上に捕捉されている細胞に対し、グルコースオキシダーゼ修飾EGFR抗体を結合させ、基質のグルコースを添加すると酵素反応によりグルコン酸が生成し系のpHが下降しました。つまり、膜タンパク質発現量に依存したpH変化が生じました。この細胞トランジスタを用いたpH変化に基づく膜タンパク質計測結果はFACSの結果と良く一致し(図2)、基質添加によって生成されるイオン量の変化をトランジスタで電子信号に変換し生細胞の細胞膜タンパク質発現量を解析するシステムの開発に成功しました。

図2 従来法と開発した細胞トランジスタによる膜タンパク質発現計測の比較。a)FACS計測結果、b)細胞トランジスタ計測結果、c)FACS計測と細胞トランジスタ計測の相関。

研究成果の意義

 CTCの血中存在量は10mL中に数個程度と希少であり、また、共存する多量の血液細胞のため高精度なCTC検出技術が必要です。CTC検出プラットフォームとして既に実績のある製品が存在するものの、腫瘍転移の要因である上皮間葉転換(Epithelial–mesenchymal transition, EMT)をおこしている細胞を見逃してしまうことが課題とされています。本検出機構は標的膜タンパク質を適切に選定することでEMT検出にも適用可能であるため、上皮系及び間葉系の両方の性質を有するCTCの検出が可能であり、将来的にEMTを標的としたがん治療戦略や腫瘍転移メカニズム解析に新たな知見を与えることが期待されます。また、超並列解析によるデジタルセンシングデバイスへ適用することを目指しており、半導体技術のアプローチに基づいた超高感度リキッドバイオプシープラットフォームの実現が期待されます。

用語解説

※1細胞トランジスタ
 細胞をトランジスタのゲート絶縁膜表面に捕捉し細胞機能を解析する電子デバイス。
※2リキッドバイオプシー
 血液、唾液などの体液を検体とし、その中に含まれる細胞、核酸、タンパク質といったがんなどの疾病に関連した生体分子を解析する疾病検査。
※3血中循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell, CTC)
 固形がんから離れて血管内に浸潤し血液中を循環しているがん細胞。

論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society

論文タイトル:Detection of epidermal growth factor receptor expression in breast cancer cell lines using an ion-sensitive field effect transistor in combination with enzymatic chemical signal amplification

DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.2c06122

研究者プロフィール

田畑 美幸 (タバタ ミユキ) Tabata Miyuki
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
バイオエレクトロニクス分野 特任准教授
・研究領域
バイオセンサ、電気化学
宮原 裕二 (ミヤハラ ユウジ) Miyahara Yuji
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
医歯理工融合研究センター 特任教授
・研究領域
バイオセンサ、バイオエレクトロニクス

問い合わせ先

東京医科歯科大学生体材料工学研究所
バイオエレクトロニクス分野    田畑美幸(タバタミユキ)
医歯理工融合研究センター  宮原裕二(ミヤハラユウジ)
E-mail:tabata.bsr[@]tmd.ac.jp

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