プレスリリース

乳児期発症急性リンパ性白血病を5群に分類できることを解明

公開日:2022.8.30
 
乳児期発症急性リンパ性白血病を5群に分類できることを解明
−分子診断法の高精度化と治療の最適化への貢献を期待−

概要

 乳児期に発症する急性リンパ性白血病(乳児ALL)は、小児期に発症するALLと大きく異なり、約80%にKMT2A融合遺伝子を認めることが特徴です(KMT2A-r乳児ALL)。KMT2A-r乳児ALLは今なお非常に悪性度が高く、生存率が50%前後の難しい疾患です。
 京都大学大学院医学研究科発達小児科学の滝田順子 教授、腫瘍生物学講座 小川誠司 教授、東京医科歯科大学医歯学総合研究科発生発達病態学分野の髙木正稔 准教授、東京大学医学部附属病院小児科の磯部知弥 研究員、佐藤亜以子特任研究員らは、KMT2A-r乳児ALL 84例のゲノム・エピゲノム異常の全体像を解明しました。その結果、遺伝子発現、DNAメチル化のパターンから乳児ALLは5群に分類されることを見出し、それぞれの群の遺伝子異常の特徴と臨床的特性を明らかにしました。中でも極めて悪性度の高い群として、IRX転写因子の高発現とBリンパ球の最も未分化な発現パターンを特徴とする「IRXタイプ最未分化型」を世界で初めて同定し、この群がRAS経路の異常を高頻度に重複する特徴的な一群であることを示しました。この成果は、乳児ALLの精度の高い分子診断法の開発と治療の最適化の実現に役立つものと期待されます。
 本成果は2022年8月30日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

1.背景

 白血病(注1)は血液を作る骨髄やリンパ節などの造血組織に発生する悪性腫瘍です。小児期の悪性腫瘍の中では最も高頻度で、約5%は乳児期(0歳児)に発生します。乳児期発症急性リンパ性白血病(乳児ALL)の約80%を占めるKMT2A融合遺伝子(注2)陽性乳児ALL(KMT2A-r乳児ALL)は特に悪性度が高く、未だ5年無イベント生存率(EFS) (注3)が40%程度の難しい疾患です。また救命された例では、化学療法の副作用による不妊や成長障害、臓器機能障害などが重大な問題であり、現在の治療は、将来のある小児の患者さんにとって十分であるとは言えません。わが国では、乳児白血病共同研究委員会(JILSG)により、1990年代から乳児ALLに特化した臨床試験が開始され、日本小児白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)を経て、現在は日本小児がん研究グループ(JCCG)のもと全国規模の臨床試験を行っています。臨床研究と並行して、予後の悪い群に対する新規治療法や、精度の高い予後予測に基づいた治療の最適化を研究・開発することは非常に重要な課題です。そのためには、乳児ALLの発症や進展にはどのような分子機構が関わっているかを解明する必要があります。
 KMT2A-r乳児ALLは、胎児期に血液細胞が発生する過程でKMT2A融合遺伝子を生じることで発症します。正常のKMT2A遺伝子は、エピゲノム(注4)修飾を介して造血発生を制御するため、異常なKMT2A融合遺伝子はエピゲノム異常を介して白血病の原因となると考えられています。しかしながら、KMT2A-r乳児ALLにおけるエピゲノム異常の網羅的解析は、ほとんど行われていませんでした。また、次世代シーケンサー(注5)による網羅的ゲノム(注6)解析により、RAS経路(注7)の変異を多く有することが報告されましたが、どのような群にどの遺伝子異常が多いのか、どのような遺伝子異常が予後を予測するバイオマーカーとなるのかは解明されていないのが現状です。
 そこで、京都大学大学院医学研究科発達小児科学の滝田順子教授、東京医科歯科大学医歯学総合研究科発生発達病態学分野小児科の髙木正稔准教授、東京大学医学部附属病院小児科の磯部知弥研究員、佐藤亜以子特任研究員らは、東京大学先端科学研究センターゲノムサイエンス&メディシン分野の永江玄太特任准教授、油谷浩幸シニアリサーチフェロー(東京大学名誉教授)、京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座の小川誠司教授、日本小児がん研究グループ乳児白血病小委員会らと共同で、ゲノム異常と遺伝子発現、DNAメチル化の異常を同定する統合的オミクス解析(注8)を行い、KMT2A-r乳児ALLにおけるゲノム・エピゲノム異常の全体像を解明しました。本研究は、大規模検体を用いた統合的オミクス解析によりKMT2A-r乳児ALLの分子遺伝学的分類を示す世界で初めての報告です。
 

2.研究手法・成果

 KMT2A-r乳児ALL計84例の白血病細胞からDNAを採取、うち61例からは更にRNAを採取し、まずDNA、RNAともに得られた61例において、全トランスクリプトーム解析(注9)とDNAメチル化アレイ解析(注10)を行いました。得られた遺伝子発現とDNAメチル化データに基づくオミクス統合的クラスタリング解析(注11)により、KMT2A-r乳児ALLを5つの群に分類し、Integrative Cluster 1~5(IC1~IC5)と名付けました(図1)。DNAのみを採取できた23例においてもメチル化アレイ解析を行ったところ、同様の5群が再現されました。同定された5群に対し、群間の遺伝子発現、DNAメチル化状態の比較、次世代シーケンサーを用いた遺伝子変異解析を行い、さらに生存期間などの臨床情報を比較することにより、5群の特徴として以下のようなことを明らかにしました。
(1)    5つの群はIRX転写因子群およびHOXA転写因子群の発現およびDNAメチル化パターンにより、IRXタイプ(IC1~2)とHOXAタイプ(IC3~5)に大別されました(図1)。
(2)    HOXAタイプは、KMT2A融合遺伝子の転座パートナーごとに異なる分子プロファイルを示し、KMT2A-MLLT1、KMT2A-MLLT3、KMT2A-AFF1を有する症例がそれぞれIC3、IC4、IC5に分類されました(図1)。
(3)    IRXタイプはHOXAタイプに比較して造血細胞としての分化が未熟であり、特にIC2は5群の中で最も未分化な白血病(IRXタイプ最未分化型)として特徴づけられました(図2a/b)。
(4)    本研究の定義したIC分類は有意に予後と関連し、IC2(IRXタイプ未分化型)は無イベント生存率、全生存率ともに最も悪い予後不良群であることが分かりました(図3)。
(5)    RAS経路の遺伝子変異はIC2で最も高頻度(14例中14例)で、さらにIC2では1症例あたりに複数のRAS経路変異を有することが明らかになりました(図4a/b)。
(6)    3種類以上のRAS経路変異を持つ症例は、RAS経路変異を持たない症例に比べて有意に予後不良でした(図4c)。
 これらの結果は、これまで1つの疾患として捉えられてきたKMT2A-r乳児ALLの多様性を示すものであり、治療の個別化・最適化のための新たな分子診断法を提唱するものです。とりわけ、IRX転写因子の発現とRAS経路の重複変異を特徴とするIRXタイプ最未分化型の発見は、予後不良の指標となりうるだけでなく、この群に対してRAS経路を標的とした新たな治療戦略の可能性を示すものと言えます。
 

3.波及効果、今後の予定

 本研究によってKMT2A-r乳児ALLのゲノム・エピゲノム異常の全体像が明らかとなり、KMT2A-r乳児ALLの分子病態の理解に大きな進展をもたらしました。統合的オミクス解析により、KMT2A-r乳児ALLが5群に分類されることを明らかにし、特に予後不良な群として、IRX転写因子の発現とRAS経路の重複変異を特徴とするIRXタイプ最未分化型を定義しました。これらは、KMT2A-r乳児ALLにおいて、予後を予測するバイオマーカーとなりうるだけでなく、RAS経路を標的とした治療戦略の可能性を示す、臨床的発展性の高い発見と言えます。この新たな遺伝学的分類は、患者さんの個々の治療を考える上で重要であり、個別化医療の実現に多大な貢献をなすものと考えられます。精度の高い新規分子診断は今後のKMT2A-r乳児ALLの治療の最適化に貢献し、予後を改善するのみならずQOLの向上にもつながるものと期待されます。今後はRAS経路変異を有する予後不良群への、分子標的薬を用いた新規治療戦略の開発を目指します。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は下記の支援を受けて実施されました。
滝田順子:AMED 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE):分子プロファイリングを基盤とした小児期からAYA世代に発症する難治がんの新規治療法の開発 21cm0106509h9906(研究代表)、科研費 基盤(A)小児がんにおける遺伝学的高発がん感受性の機序とクローン進化の統合的解析20H00528(研究代表)、AMED 次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE):難治性小児がんの時空的多様性の解明と新規創薬の開発22ama221505h0001(研究代表)
高木正稔:AMED 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE):乳児急性リンパ性白血病発症の病態解明と治療層別化に有用な因子の同定21cm0106572h0002(研究代表)

<用語解説>
注1 白血病:血液をつくる骨髄において、血液細胞を作る(造血)過程で生じた血液のがん。白血病細胞が異常に増加して骨髄を占拠することで正常の造血が阻害されるため、感染症、貧血、出血症状などの症状が出現する。がん化する血液細胞の種類により大きく「骨髄性」と「リンパ性 (ALL)」に、病気の進行パターンや症状により「急性」と「慢性」に分類される。リンパ性白血病はリンパ球の種類によりB細胞とT細胞に分かれる。本論文では乳児期発症のB細胞性急性リンパ性白血病 (B-ALL)について解析を行った。
注2 融合遺伝子:染色体・ゲノムの組換えの結果、複数の遺伝子が連結されて生じる新たな遺伝子で、融合タンパク質をコードするもの。融合遺伝子は細胞機能に影響を与えないものも多いが、異常な遺伝子発現をもたらした場合、がん化の原因となりうる。
注3 5年無イベント生存率(EFS):5年間がんの再発を認めない状態で生存している患者の割合
注4 エピゲノム:細胞の形質を娘細胞に伝達する仕組みのうち、DNAの塩基配列以外の要素のことを指す。遺伝子発現の制御に重要な役割を果たし、発生・細胞の分化、発がんにおいても重要なメカニズムと考えられている。DNAのメチル化や脱メチル化による遺伝子発現の制御が代表的な機構。
注5 次世代シーケンサー:大量同時並列シーケンサーとも呼ばれ、従来の手法と比較し極めて高速にDNAの塩基配列を読むことが可能となり、スーパーコンピューターを用いれば、ヒト全ゲノムの解析もわずか1週間以内で解読が可能となった。
注6 ゲノム:ある生物のもつすべての遺伝情報、あるいはこれを保持するDNAの全塩基配列のこと。タンパク質のアミノ酸配列をコードするコーディング(エクソン)領域とそれ以外のノンコーディング領域に大別される。
注7 RAS経路:細胞表面の受容体からの信号を細胞核内のDNAに伝達する一連の細胞内蛋白質である。細胞増殖に寄与しており、様々ながん種で異常が報告されている。
注8 オミクス解析:生体中の特定の機能分子の全体(-ome)を網羅的・統合的に解析する手法(omics)。遺伝子(gene)の全体像(genome)を解析するゲノミクス、遺伝子転写産物(transcript)の全体像(transcriptome)を解析するトランスクリプトミクスなど。複数のオミクス情報を統合的に解析することで、より詳細に疾患の分子病態を理解することが可能となる。
注9 全トランスクリプトーム解析:遺伝子転写産物(mRNA)すべてを、次世代シーケンサーを用いて網羅的に解析する解析手法。融合遺伝子の検出や、遺伝子発現の網羅的・定量的評価が可能である。
注10 DNAメチル化アレイ解析:微小なチップの上にDNAの部分配列を高密度に固定したもの。本研究ではDNAメチル化を網羅的に解析することができるメチル化アレイを用いた。現在最大で、一度にゲノム上の85万か所についてDNAメチル化の有無について評価が可能である。
注11 クラスタリング解析:互いに似通ったサンプルは同じ群に、似ていないサンプルは違う群に入るようにグループ分けする手法。データのみに基づいて、サンプル間の類似度を数学的に計算しグループ分けを行う機械学習の一種であり、集団の新たな分類法を発見するのに有用である。

<研究者のコメント>
 KMT2A-r乳児ALLの患者さんにおいて、成長と発達の過程にある乳児期に強力な化学療法を受けることで、例え救命しえたとしても成長障害、臓器障害などの重篤な晩期合併症が深刻な問題となっています。本研究の成果により精度の高い分子診断、治療の層別化により治療の最適化が実現すれば、難治例の予後の改善のみならず、予後良好群の治療の軽減、ひいては晩期合併症を回避することが期待できます。(滝田順子)

<論文タイトルと著者>
タイトル:Multi-omics analysis defines highly refractory RAS burdened immature subgroup of infant acute lymphoblastic leukemia(多層的オミクス解析による乳児急性リンパ性白血病における重複するRAS変異に特徴づけられる難治性最未分化型サブグループの同定)
著  者:Tomoya Isobe, Masatoshi Takagi, Aiko Sato-Otsubo, Akira Nishimura, Genta Nagae, Chika Yamagishi, Moe Tamura, Yosuke Tanaka, Shuhei Asada, Reina Takeda, Akiho Tsuchiya, Xiaonan Wang, Kenichi Yoshida, Yasuhito Nannya, Hiroo Ueno, Ryo Akazawa, Itaru Kato, Takashi Mikami, Kentaro Watanabe, Masahiro Sekiguchi, Masafumi Seki, Shunsuke Kimura, Mitsuteru Hiwatari, Motohiro Kato, Shiro Fukuda, Kenji Tatsuno, Shuichi Tsutsumi, Akinori Kanai, Toshiya Inaba, Yusuke Shiozawa, Yuichi Shiraishi, Kenichi Chiba, Hiroko Tanaka, Rishi S Kotecha, Mark N Cruickshank, Fumihiko Ishikawa, Tomohiro Morio, Mariko Eguchi, Takao Deguchi, Nobutaka Kiyokawa, Yuki Arakawa, Katsuyoshi Koh, Yuki Aoki, Takashi Ishihara, Daisuke Tomizawa, Takako Miyamura, Eiichi Ishii, Shuki Mizutani, Nicola K Wilson, Berthold Göttgens, Satoru Miyano, Toshio Kitamura, Susumu Goyama, Akihiko Yokoyama, Hiroyuki Aburatani, Seishi Ogawa, Junko Takita
掲 載 誌:Nature Communications            
DOI: 10.1038/s41467-022-32266-4
 
<お問い合わせ先> 
滝田 順子(たきた じゅんこ)
京都大学大学院医学研究科発達小児科学・教授
E-mail: jtakita[@]kuhp.kyoto-u.ac.jp     

髙木 正稔(たかぎ まさとし)
東京医科歯科大学医歯学総合研究科発生発達病態学分野・准教授
E-mail: m.takagi.ped[@]tmd.ac.jp  

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参考図表

図1  KMT2A-r乳児ALLのオミクス統合的クラスタリング
KMT2A-r乳児ALLは遺伝子発現とDNAメチル化に基づくクラスタリングにより5つのintegrative clusters(IC)に分類されました。IRXタイプは主にKMT2A-AFF1を有する症例が該当しました。HOXAタイプは、KMT2A融合遺伝子の転座パートナーごとに異なる分子プロファイルを示し、KMT2A-MLLT1、KMT2A-MLLT3、KMT2A-AFF1を有する症例がそれぞれIC3、IC4、IC5に分類されました。
図2  KMT2A-r乳児ALLのクラスター分類と分化度の関連
(a)KMT2A-r乳児ALLの5群において、B細胞の分化マーカー遺伝子の発現強度を比較しました。5群はB細胞としての分化段階がそれぞれ異なり、予後不良のIC2は、B細胞として最も未分化な白血病であることが分かりました。さらにIRXタイプはHOXAタイプに対してB細胞としての分化が未熟である傾向がありました。(b)IRX1転写因子が発現を活性化する標的遺伝子群は、胚発生において血管内皮への分化能を有する未分化な造血前駆細胞で高く発現していることが示され、IRXタイプの未分化性が支持されました。
 
図3  KMT2A-r乳児ALLのクラスター分類と予後の関連
本研究が定義したKMT2A-r乳児ALLのクラスター分類は有意に予後と関連し、IRXタイプのIC2が無イベント生存率、全生存率ともに最も悪い予後不良群であることが分かりました。
図4  KMT2A-r乳児ALLの遺伝子変異とコピー数異常の全体像
(a)次世代シーケンサーを用いた変異解析により、KMT2A-r乳児ALLの遺伝子変異の全体像を明らかにしました。全体としてRAS経路の変異が最も高頻度でしたが、その頻度は群によって異なり、予後不良のIC2(未分化IRXタイプ)では全ての症例(14例中14例)がRAS経路の変異を有することが分かりました。またIC4(HOXAタイプMLLT3群)では、PAX5転写因子やCDKN2A/B遺伝子の欠失を高頻度に認めました。(b)IC2ではRAS経路の変異を全例に認めただけでなく、1症例あたりに複数の変異を重複していることが明らかになりました。(c)さらに1症例あたりのRAS経路変異数は有意に予後と関連し、3種類以上のRAS経路変異を蓄積した症例では、有意に無イベント生存率が低いことが明らかになりました。

プレス通知資料PDF

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