プレスリリース

「細胞内の過剰なコレステロールを低減することで破骨細胞分化が抑制される仕組みを解明」【田村篤志 准教授】

公開日:2022.8.4
 
「細胞内の過剰なコレステロールを低減することで破骨細胞分化が抑制される仕組みを解明」 
―超分子ポリロタキサンを用いた新たな骨粗鬆症治療の可能性―

ポイント

  • 細胞内のコレステロールを選択的に包接するように設計されたβ-シクロデキストリン(β-CD)含有ポリロタキサンが、破骨細胞分化の過程で生じるコレステロール蓄積を低減させ、破骨細胞の分化を抑制することを発見しました。一方、β-CD単体ではコレステロールの蓄積を抑えることができず、破骨細胞分化に影響しなかったことより、β-CDを超分子化したポリロタキサンが有効であることが明らかになりました。
  • 本研究は、ポリロタキサンにより細胞内の過剰なコレステロールを低減させることが破骨細胞分化を抑制する新たな方法になることを示唆しており、骨粗鬆症治療への応用が期待されます。
 東京医科歯科大学生体材料工学研究所有機生体材料学分野の田村篤志准教授、由井伸彦教授、医歯学総合研究科顎顔面外科学分野の朱 虹霏大学院生、依田哲也教授らの研究グループは、超分子ポリロタキサンを用いた新たな破骨細胞分化の抑制方法を確立しました。破骨細胞による過剰な骨吸収は骨粗鬆症の原因となることが知られていますが、近年、遊離型コレステロールが核内受容体estrogen-related receptor α (ERRα)の内因性リガンドとなり破骨細胞分化を調節することが明らかにされています。研究グループは、破骨細胞分化の過程で生じるコレステロールの蓄積をβ-シクロデキストリン含有ポリロタキサン※1が効果的に低減させ、破骨細胞分化が抑制されることを見出しました。このようなポリロタキサンによる新たな破骨細胞分化抑制方法は、骨粗鬆症治療等への応用が期待されてます。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとに行われたもので、その研究成果は国際科学誌Biomaterials Scienceに2022年7月29日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 破骨細胞による過剰な骨吸収により骨量が低下する骨粗鬆症において、高コレステロール血漿と骨質が関連することやコレステロールの生合成阻害によって骨密度が増加することが臨床的に明らかになっていました。骨粗鬆症の治療には様々な薬剤が使用されていますが、ビスフォスフォネート系薬剤(ファルネシルピロリン酸合成酵素阻害剤)※2などコレステロールの生合成を阻害する薬剤が有効であり、破骨細胞分化にコレステロールは密接にかかわっていると考えられています。さらに、近年、細胞内のコレステロールが破骨細胞分化を制御する核内受容体ERRα(estrogen-related receptor α)※3の内因性リガンドとして機能することが報告され、破骨細胞分化にコレステロールが必須であることが明らかになっています(Cell Metab. 2016, 23, 479)。しかし、ビスフォスフォネート系薬剤は顎骨壊死を引き起こすことが口腔外科領域で問題視されており、新規作用機序の骨粗鬆症治療薬の開発が期待されています。本研究では、破骨細胞分化の過程で生じるコレステロールの蓄積に対し、コレステロールに直接作用する2-ヒドロキシプロピルβ-CD(HP-β-CD)、ならびにβ-CD含有酸分解性ポリロタキサン(PRX)を用いてコレステロール蓄積を低減できれば、破骨細胞分化が抑制されると考え、検証を行いました。

研究成果の概要

 破骨細胞分化では、前駆体であるマクロファージがRANKL(receptor activator of nuclear factor κB ligand)※4によって刺激されることで融合し、破骨細胞へと分化します。マクロファージ内のコレステロール量と破骨細胞分化の程度の相関性を検証するため、コレステロール/β-CD包接化合物を用いて、RAW264.7細胞(マウス由来マクロファージ様細胞)内のコレステロール量を人為的に増加させ破骨細胞分化への影響を調べました。RANKLを作用させることにより細胞内のコレステロール量は増加し、RANKLとともにコレステロール/β-CD包接化合物を添加することにより細胞内コレステロール量はさらに増加しました(図1A)。この時、破骨細胞分化を司る転写因子であるNfatc1(nuclear factor of activated T cells cytoplasmic 1)※5の相対遺伝子発現はコレステロール量に応じて増加するとともに、TRAP(tartrate-resistant acid phosphatase)染色※6で評価した破骨細胞面積もコレステロール量に応じて増大しました(図1B, C)。本結果より、細胞内のコレステロール量に応じて破骨細胞分化が促進されると考えられます。

図1. RANKL、及びコレステロール/β-CD包接化合物(Chol/CD)を作用させたRAW264.7細胞中の遊離コレステロール量 (A)、Nfatc1の相対遺伝子発現量 (B)、TRAP染色面積(C)

図2. ポリロタキサン(PRX)と2-ヒドロキシプロピルβ-CD(HP-β-CD)の化学構造、およびリソソームにおけるPRXの分解とβ-CDの放出挙動

 次に、細胞内のコレステロールを直接低下させることで、破骨細胞の分化が抑制されると考え、細胞中のコレステロールを低下させるために一般的に使用される2-ヒドロキシプロピルβ-CD(HP-β-CD)と研究グループが独自に開発した酸分解性ポリロタキサン(PRX)を用いて検証を行いました(図2)。HP-β-CDは、細胞内にコレステロールの蓄積が生じるニーマンピック病C型、動脈硬化症、糖尿病性腎障などに対し、コレステロールの排泄を促進させ、治療効果を示すことが知られています。一方、PRXは細胞内のリソソームでβ-CDが放出されるように設計された超分子構造ポリマーで、細胞毒性が回避されるとともに、細胞内のコレステロールを低減させる作用がHP-β-CDよりも優れることをこれまでの研究で明らかにしています(図2)。RANKLによって生じるコレステロールの蓄積に対する作用を評価した結果、PRXを作用させることでコレステロールの蓄積が低減されることが明らかになりました(図3A)。一方で、同じ濃度でHP-β-CDを作用させてもコレステロール量は変化しなかったことより、PRXの形態で作用させることが細胞内コレステロール量の低減に有効であると言えます。
 更に、破骨細胞への分化をTRAP染色、アクチンリングの形成、骨吸収窩の形成より評価しました(図3B)。その結果、PRXを作用させることで、TRAP染色面積、アクチンリング数、骨吸収窩面積が低下しました。また、PRXは破骨細胞分化の指標であるNfatc1等の遺伝子発現量も有意に低下させました。一方で、HP-β-CDを作用させた細胞では破骨細胞分化効率に変化は認められませんでした。以上の結果より、PRXは細胞内コレステロール蓄積を低減させることで破骨細胞への分化を効果的に抑制することが明らかになりました。

図3. (A) PRX、およびHP-β-CDを作用させたRAW264.7細胞中のコレステロール量変化(NS: 統計的有意差なし), (B) TRAP染色、アクチンリングの形成、骨吸収窩形成による破骨細胞分化の評価

研究成果の意義

 破骨細胞分化にコレステロールが必須であることはコレステロールの生合成を阻害することで明らかにされていましたが、細胞内のコレステロールを直接低減させることで分化が抑制されるかについては未解明でした。本研究では、研究グループが独自に開発した超分子構造ポリマーであるPRXを用いることで、コレステロール量を直接低減させることで破骨細胞の分化が抑制されることを明らかにしました。細胞内の過剰なコレステロールを低減させることが可能なPRXは新たな作用機序の骨粗鬆症治療薬としての応用が期待されます。さらに、PRXはβ-CDの細胞毒性を回避する構造的な特徴を有していることから、骨粗鬆症治療に伴う副作用も低減されると考えられ、今後の研究展開が期待されます。

用語解説

※1 ポリロタキサン: 環状分子の空洞部に線状高分子が貫通した構造の超分子ポリマーの総称。代表的な分子マシンとして2016年のノーベル化学賞に選ばれた。近年では、新たな高分子素材としての応用が注目をされている。研究グループは、環状分子としてコレステロールを包接するβ-シクロデキストリンを使用し、細胞内コレステロールを低下させる材料としての応用を検討している。
※2 ビスフォスフォネート系薬剤: ピロリン酸の類似体で、ファルネシルピロリン酸合成酵素活性を阻害し、破骨細胞のアポトーシスを誘導する。骨粗鬆症や悪性腫瘍の骨転移の治療で使用されている。
※3 ERRα: estrogen-related receptor αの略称で、ミトコンドリア生合成、糖新生、脂肪酸代謝などに関連する遺伝子を調節する核内受容体。
※4 RANKL: receptor activator of nuclear factor κB ligandの略称で、骨芽細胞や活性型T細胞などに発現する膜貫通タンパク質で、破骨細胞前駆細胞に発現する受容体(RANK)と結合することで破骨細胞への分化を誘導する。
※5 Nfatc1:nuclear factor of activated T cells cytoplasmic 1の略称で、破骨細胞分化を制御する転写因子。
※6 TRAP染色:破骨細胞が産生する酒石酸耐性酸性ホスファターゼ(tartrate-resistant acid phosphatase; TRAP)を染色する破骨細胞の評価方法。

論文情報

掲載誌:Biomaterials Science

論文タイトル: Mitigating RANKL-induced cholesterol overload in macrophages with β-cyclodextrin- threaded polyrotaxanes suppresses osteoclastogenesis

DOI:https://doi.org/10.1039/D2BM00833E

研究者プロフィール

田村 篤志(タムラ アツシ) Atsushi Tamura
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
有機生体材料学分野 准教授
・研究領域
高分子化学、生体材料科学
由井 伸彦(ユイ ノブヒコ) Nobuhiko Yui
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
有機生体材料学分野 教授
・研究領域
有機生体材料学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 有機生体材料学分野
田村 篤志(タムラ アツシ)
E-mail: tamura.org[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「細胞内の過剰なコレステロールを低減することで破骨細胞分化が抑制される仕組みを解明」