プレスリリース

「 内向型舌がんの転移や増殖を促進している因子を発見 」【三浦雅彦 教授、戒田篤志 助教】

公開日:2022.7.21
 
「 内向型舌がんの転移や増殖を促進している因子を発見 」
― 内向型舌がんに対する新規治療法開発に向けた糸口に ―

ポイント

  • 内向型舌がん※1は、舌がんを肉眼的所見により分類した一型ですが、転移しやすく、治療抵抗性のため、予後不良であることが知られていました。研究グループにおける先行研究では、IGFBP-3※2など複数の遺伝子が内向型舌がんで高発現していることを見出しましたが、その生物学的な意義は不明なままでした。
  • 研究グループは、内向型舌がん由来細胞では細胞内に存在するIGFBP-3が転移に関連する細胞遊走能※3および細胞増殖能の亢進に寄与していることを明らかにしました。
  • 本研究結果からIGFBP-3が内向型舌がんに対する有望な標的因子として新規治療に応用されることが期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯科放射線診断・治療学分野のEsther Feng Ying Ng大学院生、戒田篤志助教、三浦雅彦教授らの研究グループは、高転移能かつ治療抵抗性を示す内向型舌がんにおいてIGFBP-3が、がん細胞の細胞遊走能や細胞増殖能を促進する働きがあることを明らかにしました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金などの支援のもとで遂行され、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに2022年7月7日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 口腔がんで最も発生頻度の高い舌がんは、肉眼的所見から表在型、外向型、内向型の3種類に分類することができます。このうち内向型舌がんは、他のタイプに比べて、転移しやすく、放射線治療や従来の化学療法に抵抗性を示すため、内向型舌がんに対する新たな治療法の開発に向け、その標的因子の探索が急務とされていました。研究グループでは、内向型舌がんに特異的に発現している遺伝子を探索する研究を進め、その中でヒト舌癌検体を用いた先行研究において、IGFBP-3が、他のタイプと比較して、内向型舌がんにおいて有意に高発現していることを発見しました(Eslami et al., Br J Cancer, 2015)が、内向型舌がんにおけるIGFBP-3の役割は不明なままでした。

研究成果の概要

 研究グループはまず、内向型舌がんにおいてIGFBP-3がどのような機能に関与しているかを明らかにするため、内向型舌がん由来細胞のIGFBP-3発現をsiRNA※4により抑制し、その際に変動する遺伝子をRNAシークエンシング※5により網羅的に解析しました。その結果、IGFBP-3が細胞遊走や細胞増殖に関連する遺伝子群の発現制御に関与していることが明らかになりました(図A, B)。実際、内向型舌がん由来細胞においてIGFBP-3発現を抑制すると、細胞遊走能が低下し(図C)、また、細胞周期※6におけるG1期の延長による細胞増殖抑制(図D)が生じることを見出しました。細胞周期可視化システムであるFucci※7を応用することで細胞周期相と細胞遊走能の関連性を調べましたが、IGFBP-3により制御される細胞遊走能は細胞周期相によって違いはないことが分かりました。さらにIGFBP-3は細胞内で発現するのみではなく、細胞外にも分泌され、細胞外から細胞に作用することも知られています。細胞遊走能への細胞外IGFBP-3の関与を調べるため、遊走能が低下したIGFBP-3抑制細胞にヒトIGFBP-3組換えタンパク質を添加しましたが、細胞遊走能は回復せず、内向型舌がんにおいては細胞内のIGFBP-3が細胞遊走を主に制御している可能性が示唆されました。また、IGFBP-3抑制細胞では、ERK※8活性が低下している点から、ERK経路がIGFBP-3により制御される細胞遊走に関連していることが示されました。

研究成果の意義

 内向型舌がんは治療抵抗性を示すことからもより効果的な新規治療法の開発が望まれるところですが、その治療標的はまだ見つかっていませんでした。研究グループは、IGFBP-3が高発現している内向型舌がんにおいて、細胞内のIGFBP-3が細胞遊走能および細胞増殖を促進することを明らかにしました。以上の結果から、IGFBP-3が、特に悪性度の高い内向型舌がんの進展や転移を食い止める有望な標的因子として新たな治療法へ応用されることが期待されます。一方、IGFBP-3の発現が低い舌がん細胞株では、細胞遊走や増殖に対するIGFBP-3の関与は少ないことも見出しており、各細胞におけるIGFBP-3への依存性の違いがどのようなメカニズムに起因するかは今後解決すべき課題となります。

用語解説

※1 内向型舌がん
舌がんの肉眼的所見から分類された一型。舌組織内に浸潤していく様式で増殖するタイプであり、一般的には治療抵抗性であり、転移しやすいことが知られている。
※2 IGFBP-3
インスリン様増殖因子結合タンパク質3の略称。インスリン様増殖因子に高い親和性をもち、細胞内のみならず分泌型として細胞外にも存在し、がん促進的または抑制的に機能することが報告されている。
※3 細胞遊走能
細胞がある場所から別な場所へ移動する能力のことを指し、一般的には遊走能の高さは転移のしやすさと相関する。
※4 siRNA
特殊な構造をさせた人工の二本鎖RNA。細胞にsiRNAを導入すると、配列特異的にmRNAを破壊し、任意の遺伝子の発現を抑制することができる。
※5 RNAシークエンシング
細胞から抽出されたRNAを基に各遺伝子の発現量等を網羅的に解析する一手法。
※6 細胞周期
細胞が2つの娘細胞を生み出す際に、G1期、S期(DNA複製期)、G2期、M期(分裂期)を繰り返す一連の事象。
※7 Fucci (Fluorescent ubiquitination-based cell cycle indicator)
理研の宮脇博士らが開発した細胞周期を細胞が生きたまま観察できるようにしたシステム。細胞周期依存的にユビキチン化を受け分解されるタンパク質Cdt1とGemininの性質を利用して、赤色および緑色蛍光タンパク質が細胞周期内でそれぞれCdt1とGemininと同様な制御を受けるようにしたもの。
※8 ERK (Extracellular signal-Regulated Kinase)
様々な刺激により活性化されるserine/threonine kinaseであるMAPK(Mitogen-activated Protein Kinase)のサブファミリーであり、細胞の増殖や分化、遊走能など様々な機能を司るタンパク質。
※9 Gene set enrichment解析
RNAシークエンシングやマイクロアレイ解析を行った際に得られた結果を基に、ある処理をしたときに変動した遺伝子がある特定の性質・現象に関連した遺伝子セットに多く含まれているかを解析する手法。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル:Roles of IGFBP-3 in cell migration and growth in an endophytic tongue squamous cell carcinoma cell line

Esther Feng Ying Ng, Atsushi Kaida, Hitomi Nojima, Masahiko Miura

DOIhttps://doi.org/10.1038/s41598-022-15737-y

研究者プロフィール

Esther Feng Ying Ng  (エスター フェング イング エング)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
歯科放射線診断・治療学分野 大学院生
・研究領域
腫瘍生物学
戒田 篤志 (カイダ アツシ) Atsushi Kaida
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
歯科放射線診断・治療学分野 助教
・研究領域
放射線腫瘍学、放射線生物学、腫瘍生物学
三浦 雅彦 (ミウラ マサヒコ) Miura Masahiko 
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
歯科放射線診断・治療学分野 教授
・研究領域
放射線腫瘍学、放射線生物学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
歯科放射線診断・治療学分野 氏名 三浦 雅彦(ミウラ マサヒコ)
              氏名 戒田 篤志(カイダ アツシ)
E-mail:masa.mdth[@]tmd.ac.jp; kai.mdth[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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