プレスリリース

「LRBAは尿濃縮と体内の水恒常性維持に必須のタンパクである」【内田信一 教授、安藤史顕 助教】

公開日:2022.7.22
 
「LRBAは尿濃縮と体内の水恒常性維持に必須のタンパクである」
― 尿濃縮力が低下し多尿をきたす疾患の新たな治療標的の解明 ―

ポイント

  • 腎臓集合管※1において、水の通り道(アクアポリン2水チャネル:AQP2)の活性化は尿量の重要な決定因子です。抗利尿ホルモンであるバゾプレシンがプロテインキナーゼA (PKA)/AQP2シグナルを活性化すると、尿中の水がAQP2を介して体内へ再吸収され、尿量が減少します。
  • 本研究では、LRBAがPKAからAQP2へのシグナル伝達に必須のタンパクであることを発見しました。LRBAは、PKAの足場タンパクとしてPKAをAQP2の近傍に局在化する役割があり、LRBAをノックアウトするとAQP2の活性化および水の再吸収が高度に障害されることをつきとめました。
  • LRBAに結合するPKAの活性化は、先天性腎性尿崩症※2や夜間頻尿など尿濃縮力が低下する疾患の創薬標的として有望であり、尿濃縮薬開発への応用が期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎臓内科学分野の内田信一教授、安藤史顕助教、原悠大学院生らの研究グループはLRBAが尿濃縮と体内の水恒常性維持に必須のタンパクであることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、東京医科歯科大学次世代研究者育成ユニット、東京医科歯科大学重点研究領域、公益財団法人上原記念生命科学財団、公益財団法人薬力学研究会、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人難病医学研究財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌The proceedings of the national academy of sciences (米国科学アカデミー紀要)に、2022年7月21日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 脱水症や下痢症などの体内から水が失われる病態において、腎臓が尿量を適切に減らし体内の水恒常性を維持することは、生体活動を破綻させないために必要な防御機構です。水が不足し血液が濃縮されると、脳から抗利尿ホルモンであるバゾプレシンが分泌され、腎臓集合管において尿から水が再吸収されます。通常、水の通り道であるAQP2水チャネルは細胞の中にいますが、ひとたびバゾプレシンから刺激をうけると細胞膜へ移動するため、尿中の水がAQP2を介して細胞膜を通過できるようになり体内へ水が保持されます。AQP2の膜輸送はバゾプレシンにより活性化されたPKAによって制御されますが、その詳細な分子学的機序は不明でした。

研究成果の概要

 研究グループは、新規AQP2制御分子を同定するために新しい実験手法を用いました。複数のPKA活性化作用を持つ化合物を腎臓集合管培養細胞に投与し、AQP2を含むPKAのシグナル分子を様々なレベルでリン酸化※3させ、AQP2と常に同じリン酸化動態をとるタンパクとしてLRBAを同定しました。リン酸化動態の相関は、両者のタンパクが近接していることを示唆しておりシグナル分子の解析において重要な意味を持ちます。実際、マウスを用いた実験で、LRBAはAQP2と同一の細胞内小胞に局在していました。
 LRBAはPKAの足場タンパク(AKAP)としてPKAの細胞内局在を決める役割を持つことが知られています。LRBAをノックアウトすると足場の消失によりPKAがAQP2周囲に局在できなくなり、バゾプレシンを投与してもAQP2がリン酸化されませんでした。その結果、Lrbaノックアウトマウスの飲水量を制限すると、尿濃縮機構の破綻により尿量を減らすことができず、体重が急激に低下しました。

図1: Lrbaノックアウトマウスは脱水環境下に適応できない
野生型マウスでは飲水を制限すると、バゾプレシン刺激により尿濃縮が起こる。しかしLrbaノックアウトマウスでは、バゾプレシン刺激が亢進しているにもかかわらず尿濃縮が起こらないため、脱水の進行を回避できず体重が低下する。

 以前研究グループは、低分子化合物FMP-API-1/27がAKAPに結合するPKAの局在を変化させ、強力な尿濃縮作用を発揮することを同定しました。AKAPはLRBA以外にも50種類以上報告されておりますが、FMP-API-1/27は腎臓集合管において種々のAKAPの中でもLRBA-PKA結合へ特異的に作用していました。さらに、バゾプレシンもLRBA-PKA結合を標的にしていたことから、LRBAに結合するPKAを選択的に活性化することが、多尿をきたす疾患の新たな創薬標的になる可能性が示されました。

図2: 本研究で明らかになった尿濃縮のしくみと新たな治療標的
LRBAはAKAPの一つであり、PKAと結合しAQP2の近傍にPKAを局在化している。FMP-API-1/27や脱水時に分泌されるバゾプレシンは、LRBAに結合しているPKAの局在を変化させAQP2をリン酸化する(図中のPはリン酸化を表す)。これによりAQP2は細胞膜へ移動し、尿濃縮が起こる。

研究成果の意義

 本研究の成果により、LRBAはバゾプレシンシグナルにおいてPKAによるAQP2のリン酸化を仲介する足場タンパクとしての役割を持つことがわかりました。AKAPに結合するPKAは尿濃縮薬開発の標的分子として着目されてきましたが、数々のAKAPの中で、LRBAに結合するPKAの局在変化が尿濃縮に最も重要であることを明らかにしました。

用語解説

※1腎臓集合管
腎臓では、血液から尿が濾過された後に尿細管と呼ばれる細い管を通過して尿が排泄される。尿細管は様々なセグメントに分かれており、それぞれアミノ酸・糖・電解質・尿素・水などの出納を食事摂取量などに応じて調節する役割がある。腎臓集合管は、水の再吸収量と尿量を調節し体内の水バランスを一定に保つ。
※2先天性腎性尿崩症
バゾプレシン2型受容体の遺伝子異常によって受容体の機能が喪失しており、腎臓での尿濃縮力が著しく低下する稀少難病である。昼夜を問わない多尿は生活の質を低下させ、学級活動や社会活動の制限を招くが、根治的治療法は開発されていない。
※3リン酸化
リン酸化は生体内でタンパクが受ける翻訳後修飾のうちの一つである。PKAによるタンパクのリン酸化は、シグナル伝達においてスイッチの役割を果たしており、例えばAQP2はリン酸化されると細胞膜へ輸送される。

論文情報

掲載誌:The proceedings of the national academy of sciences (米国科学アカデミー紀要)

論文タイトル:  LRBA is essential for urinary concentration and water homeostasis

DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2202125119

研究者プロフィール

内田信一 (ウチダ シンイチ) SHINICHI UCHIDA
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
安藤史顕 (アンドウ フミアキ) FUMIAKI ANDO
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 助教
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
原悠 (ハラ ユウ) YU HARA
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 内田信一(ウチダ シンイチ)
                             安藤史顕(アンドウ フミアキ)
E-mail:fandkidc[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
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