プレスリリース

グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬は炎症性筋疾患モデルを改善させる【保田晋助 教授】

保田 晋助(やすだ しんすけ) 大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野 教授 (右)
神谷 麻理(かみや まり) 大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野 助教(左)

公開日:2022.7.6
 
グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬は炎症性筋疾患モデルを改善させる
― 炎症抑制と筋力改善効果を有する新規治療法として期待 ―

ポイント

  • 炎症性筋疾患の筋組織において、炎症細胞浸潤を伴う筋組織の筋細胞にグルカゴン様ペプチド-1受容体(GLP-1R)が高発現していることを発見しました。
  • 炎症性筋疾患のマウスモデルに対するGLP-1R作動薬を用いた治療は、筋力低下や筋萎縮に加え、筋の炎症を改善させることを示しました。
  • GLP-1R作動薬は筋細胞の細胞死に必須であるPGAM5の発現の抑制や、活性酸素種の蓄積の制御を介して、筋細胞の細胞死を阻害し炎症性筋疾患モデルを改善させることを解明しました。
  • GLP-1R作動薬は、炎症の抑制と筋力改善効果を有する、炎症性筋疾患の新しい治療法として期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、故・溝口史高元講師、神谷麻理助教の研究グループは、韓国・ImmunoForge社との共同研究で、炎症性筋疾患モデルに対するGLP-1R作動薬を用いた治療が、筋力低下や筋萎縮、さらに筋の炎症を改善することを示しました。この研究はImmunoForge社からの研究助成や文部科学省科学研究費補助金などの支援もとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscleにおいて、2022年6月30日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 多発性筋炎などの炎症性筋疾患は、体幹や四肢の筋力低下を主な症状とする慢性疾患です。原因不明の疾患ですが、その本態は自己反応性の(自身の体の構成成分を傷害してしまう)細胞傷害性Tリンパ球(Cytotoxic T Lymphocytes; CTL)を主体とした免疫細胞が筋細胞を傷害する、自己免疫疾患であると考えられています。炎症性筋疾患の治療には副腎皮質ステロイド薬や種々の免疫抑制剤が用いられます。これらは免疫細胞を標的とした治療ですが、免疫力を非特異的に(疾患において本質的な部分に留まらず、広範囲に)抑えてしまうことから、感染症などの副作用が問題となります。また、副腎皮質ステロイド薬はステロイド筋症を誘導して更なる筋力低下を引き起こします。さらに、これらの治療が有効でない患者さんや、筋の炎症が制御できた後にも筋力回復に長期間を要する患者さんが多数存在することも大きな課題です。よって、筋の炎症のみならず筋力をも改善させる効果のある、安全な治療法の開発が求められています。
 非特異的な免疫抑制を作用点とした治療法が効果不十分である現状から、東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科の研究グループは炎症性筋疾患における筋の役割に着目した解析を行ってきました。本研究グループは、炎症性筋疾患における筋細胞はCTLからの傷害を受けた結果、ネクロトーシスと呼ばれる炎症誘導性の細胞死に至り、HMGB1などの種々の炎症介在因子を放出して炎症を悪化させることをつきとめました(Kamiya M, et a. Nature Communications 2022)。この発見により従来は免疫細胞の単なる標的と考えられていた筋細胞が、ネクロトーシスを介して炎症性筋疾患の病態を増悪させる攻撃者として機能することが示されました。
 グルカゴン様ペプチド-1受容体(GLP-1R)作動薬は糖尿病治療薬として臨床応用されていますが、様々な実験モデルにおいて筋萎縮抑制 (Hong Y, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle 2019)、細胞死抑制(Younce CW, et al. Am J Physiol Cell Physiol 2013)、抗炎症(Tu X, et al. Inflammation 2020)など多彩な作用を発揮すると報告されています。本研究チームは、GLP-1R作動薬のこれらの作用に着目し、GLP-1R作動薬が炎症性筋疾患に対する有効な治療になるのではないかと着想しました。本研究においては炎症性筋疾患の患者さん由来の筋組織や、炎症性筋疾患のマウスモデル・細胞モデルを用いて、炎症性筋疾患におけるGLP-1Rの関与と、そのモデルに対するGLP-1R作動薬の効果を検証しました。

研究成果の概要

 まず、多発性筋炎などの炎症性筋疾患の筋組織におけるGLP-1Rの発現を免疫染色にて確認したところ、炎症細胞浸潤を伴わない筋細胞におけるGLP-1Rの発現は乏しい一方、炎症細胞浸潤を伴う筋細胞や細胞死に至った筋細胞においてその発現が高まっていることを確認しました(図2)。炎症性筋疾患の動物モデルであるC蛋白誘導性筋炎(CIM, Sugihara T, et al. Arthritis Rheum 2007)の筋組織においても同様に炎症細胞浸潤を伴う筋細胞にGLP-1Rの高発現が確認されました。
 次に、CIMに対して、GLP-1R作動薬であるPF1801を単剤あるいは副腎皮質ステロイド薬であるプレドニゾロン(PSL)と併用にて投与したところ、PF1801は単剤あるいはPSLとの併用にてマウスの筋力を改善させ、筋細胞の断面積減少(筋萎縮)を抑制しました(図3)。これはPSL単剤による治療では筋力低下や筋萎縮の抑制効果が得られなかったことと対照的でした。さらに、PF1801は筋の炎症を軽減させ、PF1801とPSLとの併用にてこれらの炎症抑制における相加効果が示唆されました(図3)。
 本研究グループの過去の研究において、ネクロトーシスに至った筋細胞から放出されるHMGB1という炎症介在因子が、さらなる炎症を誘導することが示されています(Kamiya M, et al. Nature Communications 2022)。筋炎を誘導されたマウス血清中のHMGB1の濃度は著明に上昇しますが、PF1801単剤、あるいはPF1801とPSLの併用療法を受けたマウスではその上昇が抑制されました(図4)。一方、PSL単剤療法を受けたマウスではHMGB1の濃度は低下しませんでした(図4)。これらの所見から、PF1801が筋炎を改善させた背景に筋細胞のネクロトーシス阻害が関与しているのではないかと仮説を立て、炎症性筋疾患の細胞モデル(Kamiya M, et al. Rheumatology 2020)を用いて検証しました。
 CTLはFASLGという傷害性分子を介して筋細胞にネクロトーシスを誘導する (Kamiya M, et al. Nature Communications 2022)ため、筋細胞のモデル細胞である筋管細胞に対してFASLGを添加しネクロトーシスを誘導することで炎症性筋疾患における筋傷害を再現したところ、PF1801はFASLGが誘導するネクロトーシスを抑制しました(図5)。また、PF1801は筋管細胞のネクロトーシスに伴う培養上清中へのHMGB1の放出をも抑制することも確認されました(図5)。
 GLP-1R作動薬は多彩な作用を有しますが、そのネクロトーシス阻害作用はこれまでに報告がありませんでした。本研究グループは細胞モデルを用いてPF1801の筋管細胞のネクロトーシス阻害効果の背景機序について更なる検証を行った結果、PF1801は2つの機序を介してネクロトーシスを抑制することを示しました。ひとつは、PF1801がPGAM5というネクロトーシスの執行に必須の分子の発現を、AMP-activated protein kinase依存性に抑制したことを介した経路(図6)、もうひとつは、Nfe2l2などの抗酸化分子の発現を亢進させ、ネクロトーシスに伴い産生され、ネクロトーシスを促進させる作用を有する活性酸素種(ROS)の蓄積を阻害したことを介した経路です(図6)。GLP-1Rの免疫細胞における発現が低い(Drucker DJ, et al. Cell Metab 2016)こととあわせると、これら複数の経路による筋細胞のネクロトーシス阻害が、CIMの炎症を改善させた主要な機序であると考えられました。
 PF1801が抑制するHMGB1やROSは、非免疫的な機序により筋機能低下を誘導する (Zong M, et al. Ann Rheum Dis 2013, Amici DR, et al. Acta Neuropathol Commun 2017)ことが知られています。さらに、GLP-1R作動薬はTRIM63などの筋萎縮因子の発現を抑制する(Hong Y, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle 2019)ことも報告されており、PF1801の筋力改善効果には炎症抑制以外にこれら複数の非免疫学的機序も関与していたと考えられました。

研究成果の意義

 本研究における成果より、GLP-1R作動薬は炎症性筋疾患に対して、筋の炎症のみならず筋力改善効果をも有する有効な治療法として期待されます。GLP-1R作動薬による筋力や炎症の改善効果は、筋細胞のネクロトーシス阻害が作用点であるため、既存の免疫細胞を標的とした治療とは全く異なる機序を介しています。このような、いわば“筋指向型”の治療は、現行の炎症性筋疾患の治療法のように免疫細胞を非特異的に抑制するものではないため、感染症などの副作用が少なく、現行加療で効果不十分な症例への効果も期待できる、有望な治療法である可能性があります。さらにGLP-1R作動薬は糖尿病治療薬として既に臨床使用され、十分な安全性情報も存在することから、本薬剤の炎症性筋疾患に対するdrug repositioningの可能性が見出されました。本剤の炎症性筋疾患に対する臨床応用にむけた共同研究を進めて行く予定です。

論文情報

掲載誌:Journal of Cachexia, Sarcopenia, and Muscle

論文タイトル:Amelioration of inflammatory myopathies by Glucagon-like peptide-1 receptor agonist via suppressing muscle fibre necroptosis

DOI: https://doi.org/10.1002/jcsm.13025

研究者プロフィール

保田 晋助 (ヤスダ シンスケ) Shinsuke Yasuda
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 教授
・研究領域
膠原病・リウマチ性疾患、COVID-19
神谷 麻理 (カミヤ マリ) Mari Kamiya
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 助教
・研究領域
膠原病・リウマチ性疾患、細胞死

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 氏名 保田 晋助(ヤスダ シンスケ)
E-mail:syasuda.rheu[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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