プレスリリース

「cGAS-STINGシグナルは免疫細胞の膵臓癌線維芽細胞バリケード突破を促進する」【田中真二 教授、新部(樺嶋)彩乃 助教】

公開日:2022.6.30
 
cGAS-STINGシグナルは免疫細胞の膵臓癌線維芽細胞バリケード突破を促進する
― 癌-間質相互作用におけるcGAS-STINGシグナルの関与 ―

ポイント

  • 約50%の膵臓癌症例で、腫瘍免疫にかかわるcGAS-STINGシグナルが不活化されており、このシグナルの有無が手術後の生存率に関与していることを明らかにしました。
  • cGAS-STINGシグナル活性化症例では腫瘍免疫の中心となる細胞傷害性T細胞の浸潤が癌隣接間質細胞内に観察され、癌組織内部まで到達しているものが多いことを見出しました。
  • cGAS-STINGシグナルによって癌抑制性の性質を持つ間質細胞が維持され、細胞傷害性T細胞の癌細胞への浸潤を促進していることが示唆されました。
  • このシグナルの制御により免疫細胞の浸潤を促進することで、免疫治療の効果を高める可能性が期待できます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子腫瘍医学分野の田中真二教授と新部(樺嶋)彩乃助教の研究グループは、肝胆膵外科学の田邉稔教授、東北大学大学院医学系研究科消化器病態学の正宗淳教授らとの共同研究で、膵臓癌におけるcGAS-STINGシグナルが癌間質細胞との相互作用に関与し癌細胞への細胞傷害性T細胞※1の浸潤を促進することを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびにAMED次世代がん医療創生研究事業、高松宮妃癌研究基金研究助成金等の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2022年6月30日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 膵臓癌は腫瘍組織内に癌関連線維芽細胞 (Cancer-associated fibroblasts: CAFs)・コラーゲンなどの細胞外基質から成る多くの間質組織を含むことが特徴です。膵臓癌組織は血流に乏しいことから、癌細胞局所への薬剤や免疫細胞の到達が障害されていることも考えられ、膵臓癌が一般的に「治療がしにくい」腫瘍であることの一因ともなっています。癌間質からは腫瘍細胞の増殖を促進する因子が分泌され、癌の進展を促進すると長年考えられてきましたが、近年、腫瘍組織を構成するCAFにも多様性(heterogeneity)が存在することが示され、研究が進んでいます。
 cGAS-STINGシグナルはウイルス感染などの際、インターフェロン※2産生を促すことで周囲の免疫反応を活性化させる生体防御シグナルの一つです。近年このシグナルが腫瘍免疫にも関与していることを示す論文が報告されていますが、多くの腫瘍組織ではシグナル構成因子であるcGASまたはSTINGの発現が抑制されていることも多く、このシグナルの活性化が腫瘍免疫反応を取り戻すためのkeyともなっています。本研究では膵臓癌におけるcGAS-STINGシグナルが関与する免疫反応と間質細胞の相互作用について検討を行いました。

研究成果の概要

 研究グループはまず、膵臓癌組織においてどの程度cGAS-STINGシグナルか活性化されているのか免疫組織化学染色を用いて調べました。本学肝胆膵外科で行った膵臓癌手術検体から78例を対象に、cGASとSTINGタンパクについて発現レベルを調べた結果、約50%の症例で同一組織内でのcGASおよびSTING両方の発現 (double-positive)が確認されました。また、cGASおよびSTING double-positive症例群とそれ以外の症例群に分けて手術後の生存率を比較したところ、double-positive群で有意に生存率が高まることが分かりました。
 また、この時の免疫細胞の浸潤について解析をしたところ、cGASとSTINGの発現に一致して腫瘍免疫を担う細胞傷害性T細胞の癌組織への浸潤が高く、cGAS-STINGシグナル活性組織では癌に隣接する間質部から癌組織内部にかけて多数の細胞傷害性T細胞の浸潤が見られるということを発見しました。cGAS-STINGシグナル非活性組織において細胞傷害性T細胞は間質部の一部に固まって存在し、浸潤像は認められませんでした (図1)。
 次に研究グループは、細胞傷害性T細胞の浸潤を規定する因子としてCAFに着目しました。cGAS-STINGシグナル活性組織と非活性組織においてCAFの量に違いは認められませんでしたが、癌抑制性CAFのマーカーであるMeflinとTIMP-1の発現を調べたところ、cGAS-STINGシグナル活性組織において、よりMeflinとTIMP-1の発現が亢進していることが分かりました。Transwellチャンバー※3を用いた癌-CAF-免疫細胞の共培養系 (図2A)では、cGAS-STINGシグナルに対して活性化処理を行わない群ではCAFにおけるMeflinとTIMP-1の発現が低下するとともにT細胞の下部チャンバーへの浸潤はコントロール群と変化しませんでしたが、cGAS-STINGシグナル活性化を行った群ではCAF内の両遺伝子の発現が保たれるとともにT細胞の下部チャンバーへの浸潤誘導が起こり、下部チャンバー内癌細胞への抗腫瘍効果が発揮されました (図2B, C)。

研究成果の意義

 以上のことから、cGAS-STINGシグナルは免疫細胞を局所に集めるのみではなく、周囲のCAFとの相互作用により間質組織内への浸潤を積極的に促進することで抗腫瘍効果に寄与していることが分かりました。
近年、多くの腫瘍で免疫チェックポイント阻害剤の適応が増えていますが、膵臓癌ではほとんど効果が認められていない原因の一つとして間質細胞による障壁が考えられています。cGAS-STINGシグナルの活性化によりこの障壁を打破できれば、免疫チェックポイント阻害剤の効果を手助けできることに繋がるかもしれません。

用語解説

※1細胞傷害性T細胞:細胞表面にCD8という分子を持つTリンパ球の一つで、ウイルス感染細胞や癌細胞など、宿主にとって異物となるものを認識して攻撃・殺傷する。抗腫瘍免疫応答の中心を担う。
※2インターフェロン:ウイルスなどの感染時に生体を守るためにリンパ球などから分泌されるタンパク質の一種。抗ウイルス作用や抗腫瘍作用、免疫調節作用などの生理活性を有する。
※3Transwellチャンバー:複数種類の細胞を共培養する際に培養皿内部に装着するインサート。多くの場合、底面は3-10µmほどの大きさのポア(穴)が空いている膜状のメンブレンとなっており、このポアを通して上段および下段の細胞成分や液性成分のやり取りが可能である。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル:cGAS-STING signaling encourages immune cell overcoming of fibroblast barricades in pancreatic cancer

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-14297-5

研究者プロフィール

田中 真二 (タナカ シンジ) Tanaka Shinji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 教授
・研究領域
分子腫瘍医学、消化器外科学
新部(樺嶋) 彩乃 (ニイベ(カバシマ) アヤノ) Niibe-Kabashima Ayano
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 助教
・研究領域
腫瘍学 (消化器)

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍学分野 氏名 田中 真二(タナカ シンジ)
氏名 新部(樺嶋) 彩乃(ニイベ(カバシマ) アヤノ)
E-mail:ak-niibe.monc[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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