プレスリリース

ヒト顎口腔組織由来多能性細胞の採取部位別幹細胞特性の違いと組織特異的分子マーカーを同定

公開日:2022.6.21
 

ヒト顎口腔組織由来多能性細胞の採取部位別幹細胞特性の違いと組織特異的分子マーカーを同定
~顎口腔組織多能性細胞の再生医療への応用課題と有用性~

概要

(研究グループメンバー)
日本大学医学部
 耳鼻咽喉・頭頸部外科学系歯科口腔外科学分野
 阿部 成宏助教、北野 尚孝診療教授
 生体機能医学系生理学分野
 金丸 和典准教授、三木 敏生教授
 社会医学系医学教育学分野
 日臺 智明教授
東京医科歯科大学 
 大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野
 依田 哲也教授
 大学院医歯学総合研究科 口腔放射線腫瘍学分野
 戒田 篤志助教、三浦 雅彦教授
東京都立広尾病院 歯科口腔外科
 小林 裕部長

 以上の研究グループは、ヒト顎口腔組織由来多能性細胞の採取部位別の神経堤幹細胞様細胞の特性の違いと組織マーカーを同定することに成功しました。
 顎口腔組織には、神経堤#1由来の細胞が多く存在しています。顎口腔組織から採取した細胞の中に増殖能が高く、硬組織形成細胞、脂肪細胞、軟骨細胞、平滑筋細胞および神経細胞へと分化できる神経堤幹細胞様の細胞集団が存在し、再生医療のための細胞供給源として非常に注目されています。その代表として歯髄、歯根膜および歯肉/口腔粘膜の間質細胞があります。これらの細胞の中には、神経堤幹細胞様細胞が存在し、どれも同様の特性を保持しているように報告されており、同一患者から採取したこれらの組織由来細胞でその違いの比較検討ならびに組織特異的マーカーを同定した報告は今までにありませんでした。
 しかし、採取部位別組織由来細胞のこれらの違いや、どの組織由来多能性細胞が目的とする再生組織に適しているのかについて解明することは、再生医学への応用を視野に入れた場合、非常に意義があるものと考えます。われわれは、患者様から採取したこれらの組織からヒトの顎口腔領域の多能性細胞を研究する中で、各組織に特有の特徴があることを見出しました。
 これらの結果は、各組織由来多能性細胞を臨床応用する際の課題を提示するとともにヒト歯の再生医学研究において期待されます。
 本研究成果は、2022年6月18日Cell Proliferationのオンライン版に掲載されました。
 

研究内容

 歯科口腔外科で最も多い外科手術が骨に埋まった智歯を抜歯する埋伏智歯抜歯術であります。その中でもわれわれは、歯根未完成期の抜歯時に採取される組織を用いて研究を行っています。これは、今までに歯根を形成している歯髄である根尖部歯乳頭には幹細胞特性の非常に高い細胞が多く存在していることを見出しており、この時期の歯を採取し、再生医療に用いることが非常に有用と考えています(S Abe et al. Oral Sci Int 2007, BBRC 2008, Stem Cell Res Therap 2011, Cell Biol Int 2012)。また、歯根未完成期の歯根膜も今後のセメント質形成を残した非常に魅力的な組織であります。さらに、口腔粘膜組織は歯がなくても採取できる組織でこの中にも神経堤幹細胞様の特性を保持した細胞が存在することを見出しています(S Abe et al. Stem Cells Transl Med 2016)。
 これらの組織をヒト根未完成歯抜歯時に同一患者より同時に採取し、神経堤幹細胞様細胞を濃縮できると期待されるニューロスフェアー培養#2により多能性細胞集団を含む細胞を単離し、幹細胞生物学的に解析を行いました。
 全ての組織由来細胞は大部分の細胞が細胞形態、増殖能、スフェアー形成能および神経堤関連マーカーの発現といった単純な細胞生物学的解析では大きな差は認められませんでした。網羅的遺伝子解析から、特異的マーカーを抽出し、その中でCD24およびCD56に注目しました。その結果、CD24とCD56の発現の有無によりこれらの細胞の由来組織が区別できることを見出しました。驚いたことに、これらのマーカーは、ヒト組織の免疫染色でも同様の所見を示すことが明らかになりました。試験管内での多分化能は、全ての組織由来細胞が神経堤細胞系統への分化能を保持していましたが、硬組織形成細胞分化能は、歯乳頭および歯根膜由来細胞、脂肪細胞分化能では口腔粘膜由来細胞で有意に分化能が高いことを見出しました。免疫不全マウスへの移植による硬組織再生能は臨床的な各組織の特徴に一致し、歯乳頭では骨象牙質様、歯根膜ではセメント質様、口腔粘膜では幼弱な線維骨様の硬組織形成能を保持していました。また、歯乳頭由来細胞が、歯根膜や口腔粘膜よりも有意に硬組織形成能は高いことがわかりました。特に歯根膜では、試験管内の硬組織形成細胞分化とは異なる結果であり、このことは生体内で常に咬合力が加わっていてもセメント質の厚さが一定であることに矛盾しません。
 今回、われわれは今まで未知であった歯根形成中である発生途中のヒト歯の組織特異的分子マーカーをはじめて同定することに成功しました。試験管内での多分化能に関しては、各種組織由来細胞は神経堤細胞系統への分化能を保持していましたが、硬組織形成細胞では、歯乳頭および歯根膜細胞に対し口腔粘膜細胞は有意に分化能が低く、脂肪細胞分化能はその逆を示しました。また、免疫不全マウスへの移植による硬組織再生能は、歯乳頭由来細胞が歯根膜および口腔粘膜よりも有意に高く、歯根膜は試験管内での分化能とは異なっていました。このことは、各組織由来細胞は採取された組織本来の特性を保持しており、現時点ではこれらを同一の多能性細胞という立場から硬組織再生医学への応用することには、まだ多くの課題があると考えます(図-1)。
 

今後の展開

 現時点での各組織由来多能性細胞を利用した再生医学においては目的とする再生組織ごとの使い分けを行っていく必要があることが示唆されました。今後は、エピジェネティック解析等を行って各組織の分化能の違いを明らかにし、分化能を向上させる誘導法の開発を目指したいと思います。さらに、組織特異的分子マーカーは将来のヒト歯の再生過程におけるマーカーとなりうる事が示唆されました。

用語解説

#1 神経堤:外胚葉、中胚葉、内胚葉に次ぐ“第4の胚葉”ともいわれている上皮性間葉組織です。神経堤は神経細胞、シュワン細胞、心臓平滑筋、メラニン産生細胞や顎口腔組織では顔面骨・軟骨や歯(歯髄や歯根膜)などの多くの組織になります。神経堤幹細胞は、硬組織形成細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、平滑筋ならびに神経系細胞への分化能を持つ幹細胞であります。
#2 ニューロスフェアー培養:神経幹細胞を単離・維持するための浮遊培養法です。神経堤幹細胞様細胞もニューロスフェアー培養により形成されるスフェアー形成細胞が多能性細胞の特徴を保持していることが報告されています。
 

本研究について

論文情報
Journal: Cell Proliferation
Title: Differences in the stemness characteristics and molecular markers of distinct human oral tissue neural crest-derived multilineage cells
Authors: Shigehiro Abe, Atsushi Kaida, Kazunori Kanemaru, Keiichiro Nakazato, Naoko Yokomizo, Yutaka Kobayashi, Masahiko Miura, Toshio Miki, Chiaki Hidai, Hisataka Kitano, and Tetsuya Yoda
Doi: 10.1111/cpr.13286

本研究は、JSPS科研費16K11644および19K10183の助成を受けたものです。
(日本大学医学部、東京医科歯科大学および東京都立広尾病院の共同研究)
 

お問い合わせ先

阿部 成宏(あべ しげひろ)
日本大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学系歯科口腔外科学分野
所在地:〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1
TEL: 03-3972-8111 
E-mail:abe.shigehiro@nihon-u.ac.jp


東京医科歯科大学 
総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島 1-5-45
TEL:03-5803-5833  FAX:03-5803-0272
Email:kouhou.adm(a)tmd.ac.jp


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