プレスリリース

脳ジストロフィンの欠損で生じる自閉症スペクトラム様の症状は遺伝子治療で改善

公開日:2022.6.16
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
東京医科歯科大学

脳ジストロフィンの欠損で生じる自閉症スペクトラム様の症状は遺伝子治療で改善
-筋ジストロフィーと自閉症の新たな治療につながる世界初の成果-


国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所遺伝子疾患治療研究部の橋本泰昌特別研究員、青木吉嗣部長、関口正幸客員研究員、東京医科歯科大学の位髙啓史教授らの共同研究チームは、恐怖応答遺伝子としても知られるDMD遺伝子の変異は、自閉症スペクトラム様の症状を起こし得ることを明らかにしました。さらには、核酸医薬によるエクソン・スキップあるいはメッセンジャーRNA医薬により、脳ジストロフィンの発現を回復させることで、自閉症スペクトラム様の症状を治療できる可能性を示しました。

研究成果は英国の学術雑誌「Progress in Neurobiology」オンライン版に2022年6月10日午前4時51分(日本時間)に掲載されました。

 

研究の背景

難病のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では、DMD遺伝子の変異により、筋細胞膜や脳からジストロフィンの発現が無くなり、筋力や心機能の低下に加えて、3割程度の患者さんでは自閉症スペクトラム等の脳症状を合併します。2020年、NCNPの研究グループは国内製薬企業と共同で、DMD患者さんの筋力低下や筋萎縮の改善を目的として、国産初の核酸医薬品であるエクソン53スキップ薬(ビルトラルセン)の開発に成功しました。次のステップとして、DMD患者さんのQOLに影響を与える、脳症状の改善を狙った治療法開発が求められています。

DMD遺伝子からは、骨格筋や脳に発現する長いジストロフィン(Dp427と呼ばれる)や脳の扁桃体等に発現する短いジストロフィン(Dp140と呼ばれる)が合成されます。DMD遺伝子の(エクソン44より)上流に遺伝子変異がある場合にはDp427は発現しませんが、(エクソン45より)下流に遺伝子変異がある場合にはDp427に加えてDp140は発現しないことが知られています。

Dp427だけが脳に発現しない患者さんと比べて、Dp427に加えてDp140が脳に発現しないDMD患者さんでは、自閉症スペクトラム様の症状が起こりやすいことが知られています。しかしながら、Dp140が脳に発現しない場合、自閉症スペクトラム症様の症状がより生じやすくなるメカニズムは明らかではありませんでした。
 

概要

本研究では、Dp427だけが脳に発現しないmdxマウス、Dp427に加えてDp140が脳に発現しないmdx52マウス,野生型マウス(WT)を使用しました。各マウスの扁桃体を対象に、ニューロン(神経細胞)同士の接続部であるシナプスの機能や構造と、マウス社会性行動との関係を、電気生理・光遺伝学解析などを駆使して詳細に調べました。mdx52マウスでは、初対面マウスに対して、自閉症スペクトラム様の社会的コミュニケーション異常を認め(図1)、mdxマウスや野生型マウスと比べて、扁桃体では興奮性ニューロン機能の低下が確認されました(図2)。

Mdx52マウスを対象に、ビルトラルセンと同様のエクソン53スキップの作用機序を持つ核酸医薬あるいはmRNA医薬を脳内に投与し、Dp140の発現を回復させると、興奮性ニューロンの機能や自閉症スペクトラム症様の症状は正常化しました(図3,図4)。

本研究は、DMDモデルマウスを対象に、脳ジストロフィンDp140の欠損により自閉症スペクトラム様の症状を合併するメカニズムを解明し、核酸医薬あるいはmRNA医薬による脳ジストロフィンDp140の発現回復は、前述の脳症状の新たな治療法になり得ることを世界で初めて示しました。
 

今後の展望

この成果は、DMD患者さんで自閉症スペクトラム様の症状が合併するメカニズムの理解に基づいた、新しい治療法の開発につながり、DMD患者さんのQOLの向上に貢献できると考えられます。さらには、脳ジストロフィンの欠損は自閉症スペクトラムの一因であるとの発見は、社会的に注目される、代表的な発達障害を、先端遺伝子治療で治す時代の到来を予感させます。

筋ジストロフィーを対象にした最先端の核酸医薬(エクソン・スキップ薬)あるいはmRNA医薬の開発基盤は、広く精神・神経・筋難病に応用でき、将来的に難病の克服に大きく貢献できると考えられます。

用語の説明

1.    デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) 
DMDは、男児に発症する、最も頻度の高い筋ジストロフィーで、DMD遺伝子の変異により、筋肉の細胞膜を保護するジストロフィンが作れなくなり、徐々に全身の筋萎縮が進行します。

2.    恐怖応答遺伝子
遺伝子マッピングやゲノムワイド関連研究 (GWAS) 解析結果によると、DMD遺伝子は生得的恐怖やストレスに対する恐怖応答遺伝子としても知られます。

3.    自閉症スペクトラム症
高い知能を有する人であっても、社会的コミュニケーションの困難さ等を中核症状とする頻度の高い発達障害です。脳内で情動の中枢とも呼ばれる扁桃体の関与が知られますが、原因の詳細や治療法は未確立でした。

4.    エクソン・スキップ治療
アンチセンス核酸と呼ばれる短い合成核酸(DNAの様なもの)を用いて、遺伝子の転写産物(メッセンジャーRNA)のうち、タンパク質に翻訳される領域(エクソン)の一部を人為的に取り除く(スキップする)ことで、アミノ酸読み取り枠のずれを修正(これをイン・フレーム化といいます)する治療法です。正常なジストロフィン・タンパク質に比べると、その一部が短縮するものの、機能を保ったジストロフィン・タンパク質が発現し、筋機能の改善が期待できます。

5.    核酸医薬品
遺伝子の構成成分であるDNA核酸と似た構造を持ち、疾患の責任遺伝子を標的とする薬剤です。その遺伝子から作られるタンパク質の産生を止める、又は調節することで効果を発揮します。従来の低分子医薬品では難しかった様々な疾患の治療が可能になると期待されており、特異性が高く安全性の面にも優れることから、次世代の医薬品として注目されます。

6.    mRNA医薬
メッセンジャー RNA(mRNA)を体内に直接投与して,mRNA によってコードされた治療用タンパク質を標的細胞で発現させることによって治療を行う医薬品です。mRNAを用いたワクチンが新型コロナウィルスワクチンとして初めて実用化され、次世代創薬モダリティとして注目されます。
 

原著論文情報

・論文名:Brain Dp140 alters glutamatergic transmission and social behaviour in the mdx52 mouse model of Duchenne muscular dystrophy
・著者: Hashimoto Y, Kuniishi H, Sakai K, Fukushima Y, Du X, Yamashiro K, Hori K, Imamura M, Hoshino M, Yamada M, Araki T, Sakagami H, Takeda S, Itaka K, Ichinohe N, Muntoni F, Sekiguchi M, Aoki Y.
・掲載誌: Progress in Neurobiology 2022
・doi: 10.1016/j.pneurobio.2022.102288
・URL: https://doi.org/10.1016/j.pneurobio.2022.102288

研究経費

本研究結果は、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費2-6(研究代表者:青木吉嗣)および3-5(研究代表者:荒木敏之)、日本学術振興会特別研究員奨励費(橋本泰昌)の支援を受けて行われました。

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター 
神経研究所 遺伝子疾患治療研究部
青木吉嗣
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL:042-346-1720
Email:tsugu56(a)ncnp.go.jp

【mRNA医薬に関するお問い合わせ】
東京医科歯科大学
生体材料工学研究所 生体材料機能医学分野
位髙啓史
〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-3-10
TEL:03-5280-8000
Email:itaka.bif(a)tmd.ac.jp

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