プレスリリース

「 食道がんの術前化学療法の効果を予測するリキッドバイオプシーモデルを開発 」【絹笠祐介 教授】

公開日:2022.5.20
 食道がんの術前化学療法の効果を予測するリキッドバイオプシーモデルを開発 
― 今後の食道がんの個別化医療への応用を期待 ―

ポイント

  • 食道扁平上皮がんでは、術前化学療法が標準的な治療ですが、効果が乏しく、治療の恩恵を受けることができない患者さんが一定数います。
  • 本研究では、メッセンジャーRNAやマイクロRNAなどの分子バイオマーカーをPCRで調べることで、食道扁平上皮がんに対する術前化学療法の効果を予測するモデルを開発しました。
  • 術前化学療法の効果予測モデルの開発は、複数施設の手術検体を用いて行い、最終的に治療前に採取した血液検体を使用して検証を行うことで、治療開始前の採血検査を用いて食道扁平上皮がんの術前化学療法の効果を予測できるリキッドバイオプシーモデルを開発することに成功しました。
  • 本研究成果により、開発したモデルを応用した食道扁平上皮がんの個別化医療の実現が期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 消化管外科学分野の絹笠祐介教授、徳永正則准教授、奥野圭祐元助教(消化管外科学分野より米国シティオブホープ ナショナルメディカルセンターに留学中)の研究グループは、米国シティオブホープ ナショナルメディカルセンター ベックマン研究所のAjay Goel (アジェイ・ゴエル)教授、熊本大学大学院 消化器外科学 馬場秀夫教授、名古屋大学大学院 消化器外科学 小寺泰弘教授との共同研究で、食道扁平上皮がんに対する術前化学療法の効果を治療前に予測するリキッドバイオプシーモデルを開発しました。この研究は米国国立がん研究所助成金、米国国立衛生研究所助成金等のもとにおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Annals of Surgery (アナルズ・オブ・サージャリー)に2022年5月13日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 食道扁平上皮がんの治療は、手術(食道切除とリンパ節郭清)が中心になりますが、手術を先行した治療では再発が多く、治療成績が悪いことが長年の課題でした。近年、複数の大規模臨床試験の結果、手術に先行して抗がん剤治療(術前化学療法)を行うことで生命予後が改善することが証明され、術前化学療法は食道扁平上皮がんの標準治療として行われるようになりました。しかしながら、手術で切除した検体を術後に検証すると、約半数程度にしか効果を示しておらず、完全にがん細胞が消失しているのはわずか20-30%程度でした。加えて、約半数程度の患者さんに術前化学療法中に重篤な副作用が出現することが分かっています。治療を開始する前に術前化学療法の効果を予測することは、患者さん個人それぞれに最適な治療を提供すること(個別化医療)につながり、結果として患者さん1人1人の生命予後を改善することが期待されています。
 近年、様々な分子バイオマーカー※1を用いた術前化学療法の効果予測に関する研究が世界中で行われています。しかしながら、多くの研究が単一施設における研究で、複数施設で適用できるか検証されておらず、また手術で切除した組織検体を使用しており、治療前に効果を予測可能かどうかが明らかにされていませんでした。それらの欠点から、実際の治療に応用されている分子バイオマーカーはありません。本研究チームは、複数施設の手術検体を用いて分子バイオマーカーのモデル開発を行い、最終的に治療前に採取した血液検体を使用して検証を行うことで、治療開始前の採血検査を用いて食道扁平上皮がんの術前化学療法の効果を予測できるリキッドバイオプシー※2モデルを開発しました。本研究は、これまでの研究の欠点を克服し、より実臨床への応用を目指して行われており、本研究成果により、開発したリキッドバイオプシーモデルを応用した食道扁平上皮がんの個別化医療の実現が期待されます。

研究成果の概要

 本研究では、3種類のメッセンジャーRNA※3 (MMP1、LIMCH1、C1orf226)と4種類のマイクロRNA※4 (miR-145-5p、miR-152、miR-193b-3p、miR-376a-3p)の分子バイオマーカー7個と3種類の臨床因子(腫瘍の大きさ、腫瘍の位置、リンパ管侵襲の有無)を組み合わせて、食道扁平上皮がんの術前化学療法の効果予測モデルを開発いたしました。このモデルから算出されたスコアは、手術検体を用いた解析において、術前化学療法の効果なしの食道扁平上皮がんで有意に高くなっており、さらにスコアが高い食道扁平上皮がんは有意に再発しやすいことを見出しました(図1)。
 また、開発したモデルをリキッドバイオプシーに応用するために、治療開始前に採取された血液サンプルを用いて検証をおこなったところ、このモデルを使用することでArea under the curve (AUC)※5 0.78、感度70%、特異度71%で、術前化学療法に効果がない食道扁平上皮がんを予測することが可能であり、このモデルは現在実際の臨床で使用可能な既存の臨床学的因子よりAUCが高く、より精度が高く術前化学療法の効果を予測することが可能であることが分かりました(図2)。

研究成果の意義

 本研究では、複数施設の手術検体を用いて分子バイオマーカーのモデル開発を行い、最終的に治療前に採取した血液サンプルを使用して検証を行うことで、食道扁平上皮がんの術前化学療法の効果を予測できるリキッドバイオプシーモデルを開発しました。本研究成果により、開発したモデルを応用した食道扁平上皮がんの個別化医療の実現が期待されます。

用語解説

※1分子バイオマーカー
組織や体液内に含まれる特定の分子や細胞の有無、もしくは存在量を指標とするもので、疾患の診断、状態の評価や予測、医薬品開発などに利用される。

※2リキッドバイオプシー
血液や体液などに含まれる成分の遺伝子変異等を検出する解析技術のことで、血液や体液を用いて、がんの診断や治療に必要な情報を取得することができ、近年注目されている。

※3メッセンジャーRNA
タンパク質に翻訳される塩基配列情報と構造をもったRNAのことであり、DNAからコピーした遺伝情報を含んでいる。組織内や血液中にも幅広く存在しており、がん細胞からの情報を伝える分子バイオマーカーとして使用される。

※4マイクロRNA
多段階的な過程を経て生成される20~25塩基長の微小 RNAのことであり、タンパク質へ翻訳されない機能性RNAの1つである。がんなど様々な疾患の発症や進行に関与しており、組織や血液中に幅広く安定に存在していることから、様々な疾患のバイオマーカーとして注目されている。

※5 Area under the curve (AUC)
バイオマーカーなどを用いたモデルの評価指標として用いられる値で、0.0~1.0の値をとる。値が1.0に近いほどモデルの判別能力が高いことを示す。
 

論文情報

掲載誌:  Annals of Surgery

論文タイトル:  A transcriptomic liquid biopsy assay for predicting resistance to neoadjuvant therapy in esophageal squamous cell carcinoma

DOIhttps://doi.org/10.1097/SLA.0000000000005473

研究者プロフィール

奥野 圭祐 (オクノ ケイスケ) Okuno Keisuke
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化管外科学分野 元助教 (現在留学中)
(現 米国シティオブホープ ナショナルメディカルセンター ベックマン研究所)
・研究領域
消化管外科学
絹笠 祐介 (キヌガサ ユウスケ) Kinugasa Yusuke
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化管外科学分野 教授
・研究領域
消化管外科学
徳永 正則 (トクナガ マサノリ) Tokunaga Masanori
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化管外科学分野 准教授
・研究領域
消化管外科学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 消化管外科学分野
絹笠 祐介(キヌガサ ユウスケ)、徳永 正則(トクナガ マサノリ)、奥野 圭祐(オクノ ケイスケ)
E-mail: kinugasa.srg1[@]tmd.ac.jp、tokunaga.srg1[@]tmd.ac.jp、okuno.srg1[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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プレス通知資料PDF

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