プレスリリース

「低酸素環境における核内の遺伝子配置の大規模解析」ー低酸素に応じて動く遺伝子の同定ー

公開日:2022.5.02
「低酸素環境における核内の遺伝子配置の大規模解析」
ー低酸素に応じて動く遺伝子の同定ー
 旭川医科大学医学部薬理学講座 中山 恒教授のグループは、米国National Cancer Institute, National Institutes of HealthのTom Misteli教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 臨床統計学分野 平川晃弘教授の研究グループと共同で、新たな遺伝子発現が必要とされる低酸素環境下において、細胞の核内の遺伝子配置が大規模に変化することを明らかにしました。
 低酸素環境は生体内に普遍的に存在し、がんをはじめとしたさまざま疾患とも密接に関わっています。低酸素に対する生理応答を理解する上で、低酸素依存的な遺伝子発現の制御機構を明らかにすることは必須です。遺伝子が発現するには、転写因子と呼ばれるタンパク質の働きと遺伝子の本体である染色体(DNA)の構造変化が連携する必要があります。しかし、低酸素環境下での染色体(DNA)の構造変化についての知見はほとんどありませんでした。
 本研究では、研究グループが取り組んでいる低酸素研究と新たに開発した蛍光イメージング法を組み合わせて、低酸素下での低酸素応答性遺伝子の核内配置を大規模に明らかにすることに成功しました。この成果は、がんの遺伝子発現を担う分子メカニズムの一つを、がんが曝されている低酸素環境に焦点を当てて明らかにしたもので、がんの遺伝子発現様式を書き換える、新たながん治療戦略に結びつく可能性を秘めています。この研究は、JSPS科学研究費補助金(国際共同研究強化A, B)、高松宮妃癌研究基金研究助成金、NIH intramural research programなどの支援を受けて行われたもので、本成果は米国細胞生物学会が発行する国際科学誌Molecular Biology of the Cellに、2022年4月27日付で掲載されました。

ポイント

  • 細胞は体内でしばしば低酸素環境に曝されます。がんや虚血性疾患などの病気にも低酸素は密接に関わっています。
  • 細胞は、低酸素環境に適応するために多数の遺伝子の発現を誘導し、低酸素応答を引き起こします。
  • 遺伝子発現には、転写因子*1の活性化と染色体(DNA)の構造変化が協調して起こることが必要です。
  • 本研究では、低酸素環境において、細胞の核内で多数の低酸素応答性遺伝子の位置(ポジション)が変化することが明らかになりました。このことから、低酸素下では低酸素応答性遺伝子が乗っている染色体の構造変化が活発に起きていることが示唆されます。

研究の背景

 私たちの体内の臓器や細胞は、一般に低酸素環境に曝されています。細胞活動の亢進時や、血流が限られているがんにおいては、酸素供給が不足し、一層厳しい低酸素状態が形成されます。このような状態で、細胞の生理機能を調節して、適応に働くのが低酸素応答です。低酸素応答時には多数の遺伝子の発現が誘導されます。遺伝子の発現に重要な働きをするのが、転写因子と転写される染色体(DNA)の構造です。低酸素下における転写因子の活性制御についてはこれまでに多数の報告がなされてきましたが、染色体(DNA)の構造の制御についての知見はほとんどありませんでした。

研究成果の概要

 遺伝子は細胞の核内に保管されています。核内における遺伝子の配置はランダムではなく、遺伝子ごとに一定のポジションが決まっています。研究グループは、がん細胞を低酸素環境で培養した後、遺伝子の核内配置をイメージングで検出できる新しい実験手法HIPMap法*2を用いて解析し、低酸素環境に応答して多数の低酸素応答性遺伝子が核内でのポジションを変化させていることを明らかにしました(図1)。さらに、ポジションの変化は、核の内側に向かって移動するものと外側に向かって移動するものの2タイプに分けられ、その移動度は遺伝子よって異なっていました。低酸素培養を行ったがん細胞で、RNA-seq解析*3により網羅的に遺伝子発現様式を検証し、核内において遺伝子が移動する方向との相関を解析した結果、両者の間には有意な相関は認められませんでした(図2)。

研究成果の意義と展望

 低酸素環境は、がんの進展を促すことが、近年次々と明らかにされています。その根本的なメカニズムは、低酸素に依存した遺伝子発現です。核内の遺伝子のポジションは染色体の構造と密接に関わっており、遺伝子発現のON/OFFを担う要素であることが知られています。本研究成果は、がんの遺伝子発現を担う分子メカニズムの一つを、がんが曝されている低酸素環境に焦点を当てて明らかにしたもので、核内での遺伝子配置の変化を抑制することができれば、がんの遺伝子発現様式を書き換えて、がん進展を抑制する手法に結びつく可能性を秘めています。

用語説明

*1 転写因子:遺伝子(DNA)に結合して、転写(メッセンジャーRNAの合成)促進に働くタンパク質。
*2 HIPMap法:High-throughput imaging position mapping の略。染色体DNAと特異的に結合する蛍光標識プローブを用いて核内の遺伝子配置を可視化し、ハイコンテント顕微鏡を用いて、網羅的に画像を取得・解析する手法。
*3 RNA-seq解析:細胞内に発現しているRNAを、次世代シークエンサーを用いて、網羅的に同定する解析手法。

論文情報

掲載誌: Molecular Biology of the Cell
論文タイトル: Large-scale mapping of positional changes of hypoxia-responsive genes upon activation

本件に関するお問い合わせ

【研究に関するお問合せ】
           旭川医科大学 医学部 薬理学講座   
教授 中山 恒(なかやま こう)       TEL:0166-68-2362
E-mail:knakayama[@]asahikawa-med.ac.jp

【本プレスリリースに関するお問合せ】
旭川医科大学総務課広報基金係                              
E-mail:kouhou[@]asahikawa-med.ac.jp

東京医科歯科大学総務部総務秘書課広報係
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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