プレスリリース

「新たな遺伝的性質をもつカルバペネム耐性菌」【齋藤良一 教授】

公開日:2022.4.12
新たな遺伝的性質をもつカルバペネム耐性菌
― 環境における薬剤耐性菌拡散の原因解明に期待 ―

ポイント

  • 世界的脅威となるカルバペネム分解酵素産生腸内細菌目細菌(CPE)は自然環境に拡散し続けていますが、医療施設環境での実態は十分に把握されていませんでした。
  • 研究グループが病院環境から分離したCPEは、blaKPC-2を搭載したIncP-6/IncF複合プラスミドを持ち、より幅広い細菌宿主に薬剤耐性因子を伝播できる遺伝的性質を保有していました。
  • 本研究の成果は、環境で拡散する薬剤耐性菌の原因解明に繋がるほか、医療施設における薬剤耐性菌の伝播防止に関わるリスク評価への応用が期待できます。

     東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子病原体検査学分野の齋藤良一教授、太田悠介助教と京都府立医科大学大学院医学研究科分子病態感染制御・検査医学分野(東京医科歯科大学病院感染制御部)の貫井陽子教授らの研究グループは、医療施設環境からこれまでに報告のない遺伝的性質を示すKPC-2型カルバペネム分解酵素産生腸内細菌目細菌(CPE)※1を同定しました。この研究は日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業「海外拠点研究領域」の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Applied and Environmental Microbiologyに、2022年4月5日にオンライン版で発表されました。
     

研究の背景

 近年、自然環境や医療機関内で抗菌薬に耐性を獲得した薬剤耐性菌が急増し、何も対策を講じなければ2050年にはがんの死亡者数を超える1000万人の死亡者が想定されるなど、薬剤耐性菌への対策は喫緊の課題とされています。そのため、2015年にWHOが採択した薬剤耐性対策の国際行動指針にもとづいて、世界各国で薬剤耐性菌の発生と拡大を防ぐ取り組みが行われています。薬剤耐性菌が拡散する経路として、日常的に多くの薬剤を使用する医療施設環境が注目されていますが、環境中の薬剤耐性菌に関する情報は乏しく、その役割について十分な理解が得られていませんでした。なかでも、カルベペネム系抗菌薬に対する分解酵素を持つことで耐性を獲得したCPEは、現存する多くの抗菌薬に耐性を示すことから人類の脅威として国際的に強く警戒視され、環境中におけるCPEの発生状況や拡散経路を知る事は重要な課題であると考えられてきました。

研究成果の概要

 本研究グループは、日本国内の病院汚物槽より分離したCPEについて、複数の次世代シーケンサーで完全ゲノム配列を決定し、遺伝的性質を調べました。その結果、カルバペネム分解酵素をコードする遺伝子はKPC-2遺伝子blaKPC-2と同定され、同時にキノロン系抗菌薬などの複数の抗菌薬に対する耐性因子を染色体やプラスミド※2上に保有していることも確認されました。続いて、blaKPC-2を搭載したプラスミドに着目しその発生・進化を探る目的で構造を解析したところ、今回分離されたプラスミドはIncP-6型に属し、国内の別の病院環境で検出されたプラスミドと極めて近い構造を持つことが分かりました(図1A)。加えて、blaKPC-2の周辺構造を詳細に解析したところ、世界的流行が危惧されるTn3トランスポゾン※3内に位置することが示されただけでなく、これまでに報告のないIncP-6/IncF複合プラスミドを持つことが明らかになり、今回検出したプラスミドは従来のプラスミドと比べて幅広い細菌宿主でのblaKPC-2の拡散に関与する可能性が示されました。(図1A、1B)。

図1. 今回同定されたプラスミド(p5_CFTMDU、p3_KVTMDU)を含むKPC-2遺伝子を搭載したプラスミドの解析

研究成果の意義

 本研究により、今後も拡大が予想されるCPEについて、病院環境における実態の一端を把握できました。これらの成果は、深刻な感染拡大が懸念される病院内感染を未然に防ぐリスク評価としての応用や、病院内環境除菌に関する指針策定の基礎情報としての貢献が期待できます。更に、病院排水の汚染は、人の生活にも関わる川などの水質汚染との関連が指摘されており、適切な薬剤耐性菌モニタリングを目指す本研究は、持続可能な開発目標(SDGs)の目標3※4「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」に関わる活動の一環として、自然環境において国際的脅威となる薬剤耐性菌の発生・拡散抑止等に関わる公衆衛生対策を講ずる際に有益な情報を提供できると考えられます。

用語解説

※1カルバペネム分解酵素産生腸内細菌目細菌(CPE): カルバペネム系抗菌薬を分解する酵素(カルバペネマーゼ)を持つ大腸菌などの腸内細菌目に属する細菌。KPC型を含め様々なタイプが同定されており、染色体またはプラスミド上にそれらをコードする遺伝子が存在する。CPEは、キノロン系などの複数の抗菌薬にも同時に耐性を示すことが多く、多剤耐性傾向が強い。
※2プラスミド: 染色体とは独立して自立的に複製し、安定的に娘細胞に受け渡されるDNAで、抗菌薬等の耐性遺伝子や毒素遺伝子を有するものがある。線毛を介して他の細菌細胞へ移動するものもあり、薬剤耐性が拡散する要因の一つとしても知られている。
※3トランスポゾン: 細菌細胞内DNA上の別の位置に転移可能な可動性因子であり、その転移が薬剤耐性遺伝子などの特定の遺伝子の発現に影響を及ぼすことがある。
※4持続可能な開発目標(SDGs)の目標3: 「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」 のテーマのもと、水質汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させるなどの達成目標が設定されている。

論文情報

掲載誌:Applied and Environmental Microbiology

論文タイトル:blaKPC-2-encoding IncP-6 plasmids in Citrobacter freundii and Klebsiella variicola strains from hospital sewage in Japan

DOI:https://doi.org/10.1128/aem.00019-22

研究者プロフィール

齋藤 良一 (サイトウ リョウイチ) Ryoichi Saito
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子病原体検査学分野 教授
・研究領域
細菌学、感染症学、薬剤耐性
貫井 陽子 (ヌクイ ヨウコ) Yoko Nukui 
京都府立医科大学大学院 
分子病態感染制御・検査医学分野 教授
(東京医科歯科大学病院 感染制御部) 
・研究領域
感染症内科学、薬剤耐性、新興・再興感染症
太田 悠介 (オオタ ユウスケ) Yusuke Ota
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子病原体検査学分野 助教
・研究領域
細菌学、感染症学、薬剤耐性

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
分子病原体検査学分野 齋藤 良一 (サイトウ リョウイチ)、太田 悠介 (オオタ ユウスケ)
E-mail:r-saito.mi[@]tmd.ac.jp, y-ota.micr[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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プレス通知資料PDF

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