プレスリリース

「がん抑制型miR-634核酸抗がん薬によるシスプラチンの治療効果の増強」【井上純 准教授、稲澤譲治 教授】

公開日:2022.3.09
「がん抑制型miR-634核酸抗がん薬によるシスプラチンの治療効果の増強」 
進行性口腔扁平上皮がんに対する新たな治療モダリティとして期待

ポイント

  • 進行性口腔扁平上皮がんに対する治療において、化学療法による治療効果の改善が課題となっています。
  • がん抑制型マイクロRNA(microRNA: miR)※1であるmiR-634※2が細胞保護プロセスに関連する複数の遺伝子群を同時に標的とすることにより、シスプラチン※3に対する感受性を増強することを見出しました。
  • miR-634の新たな標的遺伝子として、シスプラチン耐性に寄与するcIAP1※4を同定しました。
  • 担癌マウスモデルにおいて、miR-634軟膏製剤とシスプラチンの併用投与は、相乗的な抗腫瘍効果を誘導することを明らかにしました。 
 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・分子細胞遺伝分野のチャン・スアン・フォン大学院生、井上純准教授、稲澤譲治教授らの研究グループは、本学・顎口腔外科学分野 原田浩之教授との共同研究により、マイクロRNA miR-634を創薬シーズとして用いたmiR軟膏製剤の局所投与が口腔扁平上皮がんの化学療法に対する感受性を顕著に増強させることを明らかにしました。この研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) 「次世代がん医療創生研究事業」 (P-CREATE)、文部科学省新学術領域研究(15H05908)「がんシステムの新次元俯瞰と攻略」、文部科学省科学研究費補助金(21H02781、18H02688)、東京医科歯科大学・難治疾患研究所・難治疾患共同研究拠点の支援のもと遂行され、国際科学雑誌Molecular Therapy - Oncolytics誌に、2022年3月8日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 口腔がんの90%以上を占める口腔扁平上皮がん(Oral squamous cell carcinoma; OSCC)は、日本を含むアジア諸国での罹患率が非常に高いがん種です。治療法として、外科的切除や化学療法と放射線療法を併用した化学放射線療法が開発されてきましたが、進行症例の予後の改善には至っていません。化学療法で使用される抗がん剤シスプラチンに対する感受性の増強を促す新しい治療戦略を開発することが課題の1つとなっています。
 一方、マイクロRNA(microRNA: miR)は、約22塩基からなる機能性RNAであり、複数の標的遺伝子の転写産物に直接結合することで、遺伝子発現を抑制する機能があります。がん抑制型miRは、複数のがん促進遺伝子群を同時に標的とするため、核酸抗がん薬の創薬シーズとして注目されています。これまでに研究グループは、がん抑制型miRであるmiR-634のがん細胞への導入は、ミトコンドリア機能(OPA1, TFAM)、リソソーム分解機構(LAMP2)、抗酸化作用(NRF2)、グルタミン代謝(ASCT2)、抗アポトーシス作用(XIAP, APIP, Survivin)という細胞ストレスに対して細胞保護的に働くプロセスに関連する複数の遺伝子群を同時に標的とすることにより、効率的に細胞死を誘導することを明らかにしました。さらに最近、合成2本鎖miR-634を創薬シーズとしたmiR核酸抗がん薬(全身投与製剤および局所投与用軟膏製剤)を開発し、担がんマウスを用いて、それらの製剤の治療有効性と安全性を実証してきました。
 

研究成果の概要

 本研究において、OSCC細胞株へのmiR-634の導入は、シスプラチンに対する感受性を顕著に増強することを見出しました。miR-634の新たな標的遺伝子として、抗アポトーシス作用に働くcIAP1遺伝子を同定しました。予後不良な進行OSCC症例のがん組織において、cIAP1は遺伝子増幅※5を伴って高発現していること、そして、cIAP1の遺伝子増幅を有するOSCC細胞株は、シスプラチンに対して抵抗性を示すことを見出しました。また、OSCC細胞株において、獲得性のシスプラチン耐性亜株を樹立しました。これらの内因性および獲得性のシスプラチン耐性細胞において、miR-634の導入は、cIAP1を含む複数の標的遺伝子群の発現抑制を介して、シスプラチンに対する耐性を克服することを明らかにしました。さらに、OSCC細胞株担がんマウスモデルにおいて、miR-634軟膏製剤の腫瘍への局所投与とシスプラチンの全身投与は、相乗的な抗腫瘍効果を誘導することを明らかにしました(図A)。

研究成果の意義

 多くのがん種において、cIAP1遺伝子の高発現は、シスプラチンに対する耐性能の獲得に寄与するため、cIAP1を分子標的とした治療薬の開発が期待されています。本研究において、OSCC細胞へのmiR-634の導入は、cIAP1を含めた細胞保護プロセスに関連する複数の遺伝子群を同時に標的とすることにより、シスプラチンに対する感受性をより効率的に増強することを明らかにしました(図B)。シスプラチンを使用した化学療法は、切除不能な局所進行症例および高齢や口腔機能的な理由により手術不適応となる症例に対して適応されます。そのような症例において、腫瘍へのmiR-634軟膏製剤の局所投与は、シスプラチンによる治療効果を最大限に引き出すための新しい治療モダリティとなることが期待されます。

用語解説

※1; マイクロRNA(microRNA : miR)
miRは、標的遺伝子の転写産物に結合することで、遺伝子発現を抑制する約22塩基からなる機能性RNA
です。ヒトでは、2,500種類以上のmiRが存在しており、中でもがん抑制機能を有するがん抑制型miRは、核酸抗がん薬の創薬シーズとして期待されています。

※2; miR-634
がん抑制型miRの1つであるmiR-634は、ミトコンドリア恒常性、リソソーム分解機能、抗酸化作用、グルタミン代謝、抗アポトーシス作用といった細胞ストレスに対して細胞保護的に働く細胞内プロセスに関連する複数の遺伝子群の転写産物に直接結合することにより、それらの遺伝子発現を抑制します。様々ながん細胞へのmiR-634の導入は、アポトーシス細胞死を誘導します。

※3; シスプラチン(cis-diamminedichloroplatinum II; cisplatin, CDDP)
白金原子を持つ抗がん剤の1つであり、DNAを含む様々な生体成分に結合することにより、抗腫瘍効果を発揮します。OSCCを含む多くの癌種における化学療法に頻用されます。抗アポトーシス作用を含む様々な細胞保護プロセスの活性化がシスプラチンに対する耐性能の獲得に寄与しています。

※4; cIAP1 (cellular inhibitor of apoptosis proteins 1)
IAP(inhibitor of apoptosis proteins)ファミリーの1つであり、アポトーシス細胞死の誘導を阻害します。11番染色体長腕11q22領域に座位しており、食道がんなど様々ながん種で遺伝子増幅による発現亢進が認められ、シスプラチンを含む化学療法に対する耐性能の獲得に寄与しています。

※5; 遺伝子増幅
染色体上の遺伝子を含むDNA領域が本来のコピー数(2コピー)以上に過度に増加すること。多くの場合、コピー数の増加に伴って、遺伝子発現量が増加する。
 

論文情報

掲載誌:Molecular Therapy - Oncolytics

論文タイトル:Potential for reversing miR-634-mediated cytoprotective processes to improve efficacy of chemotherapy against oral squamous cell carcinoma

研究者プロフィール

チャン・スアン・フォン Phuong Xuan Tran 
東京医科歯科大学・難治疾患研究所 分子細胞遺伝分野
本学・顎口腔外科学分野 大学院生
・研究領域
腫瘍生物学
井上 純 (イノウエ ジュン) Jun Inoue 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
分子細胞遺伝分野 准教授
・研究領域
腫瘍生物学
稲澤 譲治 (イナザワ ジョウジ) Johji Inazawa 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
分子細胞遺伝分野 教授
・研究領域
腫瘍生物学、人類遺伝学、腫瘍診断学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
分子細胞遺伝分野 氏名 稲澤 譲治 (イナザワ ジョウジ)
         氏名 井上 純 (イノウエ ジュン)
E-mail:johinaz.cgen[@]mri.tmd.ac.jp, jun.cgen[@]mri.tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

プレス通知資料PDF

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