プレスリリース

「 1細胞RNAシーケンスにより転写因子Mkxの歯周組織における役割を解明 」【淺原弘嗣 教授】

公開日:2022.2.8
「 1細胞RNAシーケンスにより転写因子Mkxの歯周組織における役割を解明 」
― 歯周病や骨性癒着の原因解明へ期待 ―

ポイント

  • 転写因子Mkx※1欠損ラットを用いて歯根膜組織を構成する1細胞ごとの遺伝子発現を解析しました。
  • 転写因子Mkxは歯根膜の骨化と炎症を抑制することを明らかにしました。
  • 歯周病や骨性癒着の原因の解明が期待できます。

     東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム発生・再生医学分野の淺原弘嗣教授、千葉朋希助教、東京医科歯科大学医歯学総合研究科顎口腔外科学分野の原田浩之教授、高田嘉宝大学院生らとの共同研究で、1細胞RNAシーケンス解析※2により転写因子Mkxが歯根膜組織の骨化と炎症を抑制することで、歯根膜の恒常性維持に重要な役割を担っていることをつきとめました。この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、文部科学省科学研究費補助金並びに米国国立衛生研究所の支援のもとおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Frontiers in Cell and Developmental Biologyに、2022年2月4日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 歯根膜は歯根と顎の骨(歯槽骨)を繋ぐ、重要な組織です。歯根膜には様々な種類の細胞および歯根と歯槽骨を繋ぐ1型コラーゲンを主体とした繊維組織、弾力性に富んだオキシタラン繊維により構成されています。歯周病は口腔内細菌により引き起こされる炎症により、歯槽骨の吸収や歯根膜の喪失が進み、重度の歯周病では歯を失ってしまいます。また、炎症や外傷などにより歯根膜が破壊されると、歯根と歯槽骨が癒着する骨性癒着(アンキローシス)を引き起こし、咬合機能の低下や歯の移動(矯正力)の低下につながります。歯の喪失や噛み合わせの異常は私たちの生活の質(QOL)に直結するため、その原因の解明が急がれています。
 これまでに私たちの研究グループでは転写因子Mkxが腱・靭帯組織の正常な機能発揮において重要であることを明らかにしてきました。また、Mkxは歯根膜組織においても発現が見られ、Mkxの機能を失ったマウスは歯根膜の低形成、加齢に伴う歯根膜組織の骨化が認められました。マウスはモデル動物として非常に有用ですが、歯根膜研究においては組織が小さく、細胞や遺伝子発現研究が難しいという問題点もありました。そこで、ゲノム編集技術を用いて転写因子Mkxの機能を欠損したMkxノックアウトラット※3を作製し、Mkx欠損マウスと同様に腱・靭帯組織の正常な機能発揮に重要であることを明らかにしてきました。そこで、マウスに比べ歯根膜組織が大きく細胞を採取しやすいラットの特性を活かし、1細胞単位で遺伝子発現を解析することが可能な1細胞RNAシーケンスを用いてMkxの歯根膜組織における役割の解明を目指しました。

研究成果の概要

 Mkx欠損ラットおよび野生型ラットの歯根膜から歯根膜細胞を採取し、1細胞RNAシーケンス解析を行いました。歯根膜は間葉系細胞、上皮細胞、骨芽細胞、血管細胞、神経細胞やマクロファージなどの多様な細胞から構成されていることを明らかにしました(図1)。
 Mkxとならび歯根膜組織の機能に重要な転写因子Scxの発現はMkx発現細胞では見られず、MkxとScxの発現が相互排他的であることを明らかにしました(図2A)。Mkx発現細胞は歯根膜において細胞外基質やオキシタラン繊維の産生に関わること、Scx発現細胞は1型コラーゲン繊維の産生に関わることが明らかになりました(図2B)。
 Mkx欠損ラット歯根膜ではMkxを発現する細胞群や骨を作る元となる細胞(骨芽細胞)において骨の形成に関わる様々な遺伝子の発現が上昇していました。一方で、コラーゲン繊維やオキシタラン繊維の合成に関わる遺伝子の発現が低下していました。これらのことからMkxは歯根膜組織において骨化を抑える機能があることが明らかになりました(図3)。
 さらに、Mkx欠損ラット歯根膜組織には正常な歯根膜に比べて多くのマクロファージが存在し、炎症を引き起こす様々な遺伝子を多く産生していることも明らかになりました(図4)。

研究成果の意義

 研究グループは、Mkx欠損ラットと1細胞RNAシーケンス解析を用いて、Mkxが歯根膜組織の骨化と炎症の抑制に重要であることを明らかにしました。本研究成果は、歯周病や骨性癒着(アンキローシス)を原因とする咬合機能の低下、矯正力の低下などの原因解明に寄与することが期待されます。

用語解説

※1 転写因子Mkx 
Mkx (Mohawk homeobox)は転写因子であり、淺原グループの研究により腱・靭帯の発生や恒常性維持に重要であることを明らかにしてきた。また、歯根膜においてもMkxの発現が認められ、歯根膜の恒常性維持に重要であることも明らかにしてきた。

※2 1細胞RNA―シーケンス
従来の遺伝子発現の網羅的解析(RNAシーケンス)は数十から数万の細胞の総和として遺伝子発現を捉えていた。しかし、近年の液滴化技術、マイクロ流路技術、分子バーコード技術、データ解析手法の進歩により1個の細胞における遺伝子発現を計測が可能になってきた。この技術により、これまでに明らかではなかった組織における細胞の多様性や複雑性、細胞の状態を遺伝子をもとに分類することが可能になった。

※3ノックアウトラット
 遺伝子組換えにより標的遺伝子の一部を欠損させ、遺伝子の機能を失ったラット。
 

論文情報

掲載誌:Frontiers in Cell and Developmental Biology

論文タイトル: Single cell RNA sequencing reveals critical functions of Mkx in periodontal ligament homeostasis

DOI:https://doi.org/10.3389/fcell.2022.795441

研究者プロフィール

高田 嘉宝(タカダ カホ) Kaho Takada                  
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
顎口腔外科学分野 大学院生
・研究領域
口腔外科学

 
千葉 朋希(チバ トモキ) Tomoki Chiba
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 
システム発生・再生医学分野 助教
・研究領域
分子生物学、免疫学



 
淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ) Hiroshi Asahara
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 
システム発生・再生医学分野 教授
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現)、発生・再生医学、整形外科学、リウマチ学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム発生・再生医学分野 氏名 淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ)
E-mail:asahara.syst[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

プレス通知資料PDF

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