プレスリリース

「マウス腸炎モデルへの腸オルガノイド移植法」【油井史郎 准教授】

公開日:2022.2.3
マウス腸炎モデルへの腸オルガノイド移植法
―大腸難病に対する世界初のオルガノイド治療開発に向けて―

ポイント

  • 本学において、腸オルガノイド※1による難治性潰瘍性大腸炎治療という世界初の臨床研究がなされ、そのベースである腸オルガノイド移植のマウスモデルに世界的な関心の高まりがあります。
  • 研究グループは今回、その詳細を論文としてまとめ、実験手法を報告する学術誌の中でも世界最高峰のジャーナルにアクセプトされました。
  • 本論文の公表は、本学を中心とする我々の研究グループがオルガノイド治療に関わる革新的研究を推進していることを、国内外に広く周知するものです。

     東京医科歯科大学統合研究機構再生医療研究センターの油井史郎准教授は、同高等研究院の渡辺守特別栄誉教授の監修のもと、コペンハーゲン大学のKim Jensen教授と共同で、さまざまな種類の腸オルガノイドのマウス大腸への移植方法を確立しました。この研究は難治性潰瘍性大腸炎に対するオルガノイド移植治療開発のベースとなる重要な基礎研究で、順天堂大学オルガノイド開発研究学講座の中村哲也特任教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学分野の岡本隆一教授の研究グループとの連携があります。この研究は文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)、東京医科歯科大学次世代育成ユニット、Marie Curie fellowship(EU)、the DFF Mobilex programme (デンマーク政府)、European Union’s Horizon 2020 research and innovation programme(EU)、Novo Nordisk Foundation grantsの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Protocolsに、2022年2月2日にオンライン版で発表されました。
     

オルガノイド移植による潰瘍治療の概念図

オルガノイドに含まれる幹細胞を含む多様な細胞が機能を発揮し、効率の良い潰瘍修復を助ける。

研究の背景

 腸オルガノイドとは、腸の内腔を覆う上皮の源となっている幹細胞を体外で増やし形成される細胞集簇を指します。オルガノイドは、多岐にわたる臨床展開を期待されている著しい成長分野ですが、その中でもオルガノイドを個体に移植することで臓器を再生させる再生医療への応用には、世界的に関心が高まっています。研究グループは、世界で初めてマウス腸炎モデルでのオルガノイド移植に成功し、難治性潰瘍性大腸炎に対するオルガノイド移植の治療上の有益性を公表して以来、およそ10年間にわたりオルガノイドによる再生医療を主導する革新的研究グループとして注目されてきました。マウス腸炎モデルでのオルガノイド移植技術は、このオルガノイド治療開発にかかる重要な基礎研究に必須の技術として世界的に大きな関心を集め、ケンブリッジ大学(イギリス)、コペンハーゲン大学(デンマーク)、パドア大学(イタリア)など世界各国の著名な研究機関及び研究者との共同研究を通じて、刷新され続けてきました。この手法を利用した研究開発の機運の世界的な高まりから、国内外より実に多くの問い合わせが相次ぐ状況となっていることを受けて、今回研究グループは、この移植手法の詳細を、科学的な解析を加えて、論文として公表しました。

研究成果の概要

 研究グループの開発したオルガノイド移植マウスモデルは、DSS腸炎という潰瘍性大腸炎モデルとしてすでに確立されたモデルを利用する、非常に汎用性の高い方法です。実際、世界中の研究室でその有益性を認められ、今まで多くの施設からの問い合わせがあり、すでに多くの論文で本法を用いて実験成果が公表されてきました。方法は、腸炎による潰瘍を大腸に有するマウスにたいして、体外で培養したオルガノイドをドナー細胞として経肛門的に投与すると、潰瘍部分にオルガノイドが生着し、個体内でオルガノイド由来の組織が再構築されるというモデルです。発表時にはレシピエントマウスとして獲得免疫機能※2が低下している特殊な免疫不全マウスを利用していましたが、その後およそ10年にわたる研究の結果、正常な免疫能を有する野生型のマウスもレシピエントとして利用できることが明らかになりました。また、この間、移植成功率や、移植によって再構成されるドナー由来上皮の面積(移植面積)の統計学的分布の解析を行うのに十分な症例数の移植成功例が得られました。そこで、今回の論文では免疫不全マウス、野生型マウス双方での移植成功率・移植面積などの統計学的各種のパラメーターを公表しています。具体的には移植成功率は平均で35-55%程度、移植面積は8000µm2から7168355µm2でした。また、今までは生着したオルガノイドが個体内でどのように組織を再生していくのかに関する詳細が不明でしたが、今回我々は、オルガノイドがまずは単層の平坦な細胞層として潰瘍部分を被覆するように生着し、その細胞群の中からおよそ1週間の過程で増殖能を有するLrig1陽性上皮幹細胞が出現し、間質に浸潤することで、個体内に腸特有の陥凹構造を再構築していく過程を明らかにすることに成功しました。ドナーとなるオルガノイドが組織に生着し、組織構造を再構成する様子を観察した世界で初めての画期的な成果です。また、ドナー細胞の培養方法に関して、培養に使用する細胞外基質による相違がないこと、培養時にWnt3a※3を使用することで移植面積の向上が期待できることなどの新規の知見も見いだすことに成功しました。

研究成果の意義

 まず、ヒトと同様に正常な免疫能を有する野生型マウスをレシピエントとした移植が、マウスで可能であることを提示した本論文は、将来的にはオルガノイド移植を正常の免疫能を有するヒトに応用しうることを担保する非常に重大な研究成果であり、その実現可能性を強く支持する成果です。移植効率や移植面積の統計学的な解析結果は、今後のオルガノイド移植治療の実現に向けて、その実効性に関わる重要な基礎データを提示しています。盲目的な細胞投与を行うマウスモデルにおける35%-55%という移植効率は、ヒトへの応用では内視鏡による観察のもと直接病変部位にオルガノイドを散布することを考慮すると、実際の移植効率はより高いことが見込める根拠データとして重要です。マウスで1000000µm2(=1mm2)を超える移植面積が多数の症例で再現性を持って達成された結果は、ヒト潰瘍性大腸炎において、広範な潰瘍でも十分にオルガノイドによる被覆・修復が可能であることを示唆する重要な成果です。マウスモデルにおいて、移植したオルガノイドが1週間の期間で生着していく過程の同定は、ヒトにおけるオルガノイド医療においてクリティカルな観察期間の存在を示唆する成果です。効率の良い移植に向けたオルガノイド培養条件に関する今回の基礎的検討は、今後の細胞調整法に多大なる示唆を与える成果です。

用語解説

※1オルガノイド
上皮細胞を細胞外基質のゲルに包埋培養し適合条件で培養すると、立体的構造を有する細胞集簇が形成される。この細胞集簇をオルガノイドと呼び、生体内での細胞特性を維持したまま体外で培養できる技術として注目されている。
※2獲得免疫
抗原抗体反応による特異的な異物排除の機構を獲得免疫という。これを欠損したマウスは、移植実験などでよく用いられる。
※3Wnt3a
細胞に直接作用することができるタンパク質をサイトカインと呼ぶ。Wnt3aはWntシグナルという経路を活性化するサイトカインである。

論文情報

掲載誌:Nature Protocols

論文タイトル:Transplantation of intestinal organoids into a mouse model of colitis

DOI:https://doi.org/10.1038/s41596-021-00658-3

研究者プロフィール

油井 史郎 (ユイ シロウ) Shiro YUI
東京医科歯科大学 統合研究機構・再生医療研究センター
准教授
・研究領域
消化器再生学・オルガノイド移植開発

 
渡辺 諭 (ワタナベ サトシ) Satoshi WATANABE
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学分野
大学院生
・研究領域
消化器再生学・オルガノイド移植開発

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学統合研究機構 
再生医療研究センター
 氏名油井 史郎(ユイ シロウ)
E-mail:yui.arm[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

プレス通知資料PDF

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