プレスリリース

「2種類のプルキンエ細胞の機能的差異を解明」【杉原泉 教授】

公開日:2022.2.2
「2種類のプルキンエ細胞の機能的差異を解明」
― 小脳における分子発現の不均一性の機能的意義 ―

ポイント

  • 運動制御機能や認知機能に関わる小脳※1のプルキンエ細胞※2には、大きく、ゼブリン※3陽性、陰性の2種類の分子発現プロフィールの異なる集団が存在します。しかし、その機能的意義は不明でした。
     
  • セブリン発現が蛍光で標識されたマウスの小脳においてスライスパッチクランプ法※4で観察したところ、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞は、ゼブリン陽性のものよりも、興奮性が高く、興奮性の可塑性も高く、さらに、シナプスの長期増強が強く、これらには、SKチャンネル※5の下方制御が関わっていました。
  • 小脳の中で、ゼブリン陽性と陰性のプルキンエ細胞は、それぞれ、主として、協調行動先行制御や認知機能の領域と、迅速な身体の適応行動学習制御の領域に幅広の縦縞状に存在します。プルキンエ細胞の分子発現プロフィールの違いは、プルキンエ細胞の興奮性・活動性を、その存在領域の機能に適合させていると考えられます。

     東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム神経生理学分野のヴィェト・グエンミン大学院生、トランアン・コア大学院生、王天琢大学院生、杉原泉教授らの研究グループは、2種類のプルキンエ細胞集団を可視化した遺伝子改変マウスの小脳スライス標本からのパッチクランプ記録法を用いて、ゼブリン陽性・ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の電気生理学的性質の違いを明らかにしました。この研究は日本学術振興会の科学研究費補助金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、オープンアクセス国際科学誌iScience の2022年1月21日号に発表されました。
     

研究の背景

 小脳は身体のほとんどすべての運動や、視線の動き、姿勢と頭の方向の維持といった運動機能、さらに、数を数えたり、リズムを取ったり、言葉を認識したりという認知機能、そして、感情や自律神経制御にまで関わっています。小脳には折りたたまれた広大な皮質が存在し、その出力を担う主要細胞は大型のプルキンエ細胞です。プルキンエ細胞は、幾つかの分子の発現のプロフィールにおいて不均一な集団からなることが知られています。ゼブリンの発現の有無により、大きくゼブリン陽性、陰性の2集団に分けられ、他の分子発現も関連しており、例えば、グルタミン酸トランスポーター分子EAAT4、リン脂質分解酵素分子PLCβ3、タンパク質リン酸化酵素分子PKCδは、ゼブリン陽性プルキンエ細胞で発現が強く、 リン脂質分解酵素分子PLCβ4はゼブリン陰性プルキンエ細胞で発現が強いことが知られています。このような分子発現プロフィールの違いがプルキンエ細胞の生理学的機能にどのように影響しているのかは不明でした。 これまで、プルキンエ細胞に関して数多くの生理学的研究がなされてきましたが、そのような研究において、プルキンエ細胞の分子発現の不均一性がほとんど認識されていなかったということがそのことの一因でした。
 研究グループでは、不均一に発現している分子は細胞内での情報伝達を介するなどしてイオンチャンネルの発現や活動に影響を与えることから、プルキンエ細胞の興奮性やシナプス伝達に影響がある可能性を想定しました。そして、ゼブリン陽性・陰性のタイプを蛍光タンパク質発現で同定できるマウスを作製し、同定されたプルキンエ細胞から直接記録することで、ゼブリン陽性と陰性のプルキンエ細胞の性質の違いを観察しました。

 

 図1. 小脳の2種類のプルキンエ細胞
脳の一部分で後方に位置する小脳には、その主要細胞であるプルキンエ細胞に、ゼブリン陽性と陰性の2種類が存在する。本研究では、ゼブリン発現が緑の蛍光で標識されるマウスを作製したことで、両者が明瞭に区別される(右)。この2グループのプルキンエ細胞はそれぞれ、縦縞状にまとまって存在し、小脳全体では、複雑なゼブリン陽性と陰性の縦縞構造が認められる。

研究成果の概要

 研究グループは、小脳の特定領域からゼブリン陽性と陰性のプルキンエ細胞をランダムにサンプルし、性質を観察しました。まず、形態上には差異はなく、電気的な入力抵抗に差異はありませんでした。直流電流注入に対する活動電位応答は、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の方が、発火頻度が高く(図2A)、かつ、飽和しにくいことが認められました。さらに、著しい高頻度発火後の活動電位応答がより敏感になるという興奮性の可塑的変化は、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の方が強いことが認められました(図2B)。これに関して、SKタイプ(低コンダクタンスタイプ)のCa2+活性化カリウムイオンチャンネルの拮抗薬アパミンを投与しておくと、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞でのみ興奮性の可塑的変化が完全に消失する(図2B)ことから、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞では、興奮性の可塑的変化には、SKチャンネルの下方制御が特異的に関わっていることが示されました(図2D)。さらに、細胞の興奮性の可塑的変化を一部メカニズムが共通すると考えられている、平行線維・プルキンエ細胞間のシナプスの長期増強についても、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の方が、より著明な変化を生じることが判明しました(図2C)。以上より、ゼブリン陽性・ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の間で、明らかな生理的性質の違いがあることを示しました。
 図2. ゼブリン陽性、陰性のプルキンエ細胞の機能的な差異
この研究においては、スライスパッチクランプ法によって、隣接する領域から、同定したゼブリン陽性、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞(Z+、Z-)の興奮性の違いを分析した。プルキンエ細胞の興奮性はゼブリン陰性のプルキンエ細胞の方が高く(A)、強い興奮性刺激による可塑的な興奮性上昇もゼブリン陰性のプルキンエ細胞の方が高いこと、さらに、その可塑的興奮性上昇は、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞はアパミンによって抑制されること(B)、さらに、シナプス伝達の長期増強がゼブリン陰性のプルキンエ細胞のほうが強いこと(C)が判明した。そのような実験結果から、脱分極時に電位依存性Ca2+のチャンネル(VGCC)から流入するCa2+の上昇に応答して細胞の興奮性を下げる低コンダクタンスCa2+依存性K+チャンネル(SK)を下方制御する興奮性制御機構がゼブリン陰性のプルキンエ細胞には強力に働くことが示された(D)。

研究成果の意義

 これまで、小脳のプルキンエ細胞は大型で容易に同定できる細胞であり、かつ特徴的なシナプス入力を持ち、小脳の機能に強く関わる細胞であることから、数多くの生理学的研究がなされてきました。しかし、それらの生理学的研究のほとんどは、プルキンエ細胞の分子発現の不均一性を考慮していませんでした。本研究の結果、ゼブリン陽性・陰性のプルキンエ細胞の間に明白な特性の違いが判明したことから、今後のプルキンエ細胞の電気生理学的実験においては、プルキンエ細胞の分子発現のタイプを確認しておく必要があると考えられます。
 ゼブリン陽性・陰性のプルキンエ細胞の集団は、それぞれ小脳皮質で幅に偏りのある縦縞状の領域に存在します。ゼブリン陰性の縦縞は小脳の前の部分で幅が広く、その大部分を占めます。そこからの小脳の出力は、脳幹を経由して脊髄を下降、または赤核、視床と大脳運動野を経由して延髄や脊髄に下降し、四肢・体幹や顔面の体性運動制御に関わります。この領域の小脳の運動制御では、体で覚えた器用さが発揮される手指や腕による多関節操作運動、悪路でも安定した歩行・走行、あるいは、角膜反射の条件付けに見られるような、迅速な身体の適応行動制御が特徴です。このような制御(フィードフォワード制御を担うための適応行動学習制御)には、プルキンエ細胞のダイナミックは発火レンジと大きな可塑性が必要なことが神経回路モデルの考えから唱えられていますが、ゼブリン陰性のプルキンエ細胞の特性は、それにかなっています(図3右)。
 一方、ゼブリン陽性のプルキンエ細胞の存在する縦縞領域は、小脳の中央部、後部、半球部外側、片葉小節葉部で広い面積を占めます。そこからの小脳の出力は、体性運動の脳領域に投射するのみならず、前庭動眼反射の適応や視線での指標追跡動作にみられるように前庭神経核を経由して眼球運動や頭の向きの制御を支配し、また、小脳障害における自閉スペクトラム症や小脳性認知情動障害にみられるように室頂核後部、後中位核、歯状核を経由して、中脳・間脳の様々な領域から大脳前頭連合野に投射して意志、認知機能、情動反応、自律神経を支配します。体性運動だけでなく、眼球運動や、さまざまな非運動機能に関わります。これらの機能(協調行動先行制御・認知機能制御)においては、小脳神経回路の基本的な動作であるフィードバック制御でその都度の状況に応じた小脳の機能が十分達成され、フィードフォワードの高速制御を生成する必要は少ないと推定されます。ゼブリン陽性のプルキンエ細胞の特性はそのような制御に適しているのではないかと推測されます(図3左)。
 以上のように、私たちの研究で明らかにされた、プルキンエ細胞の分子発現プロフィールの違いに起因するプルキンエ細胞の興奮性・活動性の違いは、そのプルキンエ細胞の担う小脳機能に適合したものになっていると思われます。

図3. 2種類のプルキンエ細胞の機能的差異と小脳の制御機能との関連
ゼブリン陽性、陰性のプルキンエ細胞はそれぞれ、互い違いの縦縞状の領域に存在し(下)、その出力は、特異的な神経投射パタンにより異なる小脳核領域を経て脳の部分的に異なる領域に投射する。そのため、異なる機能を担い(中)、また、異なる損傷症状を生み出す(上)。このような、想定される神経回路と小脳機能違いに対して、今回見いだされた2種類のプルキンエ細胞の興奮性・応答性の違いはちょうど適合するものになっていると考えられる。

用語解説

※1小脳
 脳は、外観から大脳、小脳、脳幹の3部分に大まかに区別される。小脳は後方に位置する部分で、大きさは大脳の約1/10と小さい。大脳や脳幹のさまざまの働きに対してそれらが目的に適合するように調節をする働きがある。特に、脳幹が中枢となる自律神経機能や反射運動、大脳が中枢となる意図的な運動に関して制御・調節機能がある。最近は大脳の認知機能に対する調節も注目されている。小脳の内部は、その大部分を占め、プルキンエ細胞を含む多数の神経細胞の存在する小脳皮質、深部にある小脳核、そして神経線維の通る小脳白質に区別される。

※2プルキンエ細胞
 19世紀のチェコの解剖学者プルキンエによって、脳内の神経細胞としては初めて発見されて名付けられた神経細胞。小脳皮質内で表面から0.3 mmほどの深さのところに、一層に小石を敷き詰めたように規則的に並んで存在する大型の神経細胞で、小脳皮質の出力を担っている。入力を受ける突起を棕櫚の葉の様に薄く広く広げ、ここに直行する多数の平行線維から大脳や感覚の信号を伝える入力を受け、自身の統合作用により出力信号を発生する。

※3ゼブリン
プルキンエ細胞にこれを発現するものと発現しないものがシマウマの毛色のような縦縞状に分布して存在することからゼブリンと名付けられた分子だが、のちに酵素分子のアルドラーゼCであることが報告された。霊長類を含め多くの哺乳類小脳でゼブリン陽性と陰性のプルキンエ細胞が相同の縦縞パタンで分布していることが確認されている。ただし、ヒト小脳では未確認である。

※4スライスパッチクランプ法
生きている個々の神経細胞の活動性やシナプス伝達を詳細に調べる実験方法で、齧歯類などの動物の脳組織を速やかに摘出し薄切り(スライス)にして人工的な細胞外液に浸して酸素とエネルギー源を供給しながら、個別のニューロンにおいて細胞膜局所(パッチ)とガラス管電極を密着させて内部が交通するようにして、細胞内電位と電流を制御(クランプ)して電気現象を観察する手法。

※5 SKチャンネル
細胞内Ca2+によって活性化されるカリウムチャンネルの一種で、蜂毒に含まれるアパミンが特異的な阻害薬である。神経細胞では、活動電位の高頻度発生に伴い、電位依存性Ca2+チャンネルから流入するCa2+が多くなることで活性化し、活動電位の発火に対して抑制性に作用することが見られる。プルキンエ細胞でもこの働きが報告されていたが、本研究ではこれがゼブリン陰性のプルキンエ細胞に特異的であることが判明した。
 

論文情報

掲載誌: iScience 2022年 1月21日

論文タイトル: Heterogeneity of intrinsic plasticity in cerebellar Purkinje cells linked with cortical molecular zones. (Viet et al., iScience 25, 103705, 2022, https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103705)
 

研究者プロフィール

杉原 泉(スギハラ イズミ) Izumi Sugihara
東京医科歯科大学 医歯学総合研究科
システム神経生理学分野 教授
・研究領域
神経科学、小脳

 
Viet Nguyen-Minh (ヴィエト・グエンミン)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム神経生理学分野 大学院生
現所属: ボストン小児病院・ハーバード大学、F.M.カービ神経生物学センター、ポスドク研究員
・研究領域
神経科学



 
Tran-Anh Khoa (トランアン・コア)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム神経生理学分野 大学院生
現所属: 米国、ベスイスラエルデコンス医療センター・ハーバード大学、神経学講座、ポスドク研究員
・研究領域
神経科学

 
王 天琢 (オウ・テンタク) Wang Tianzhuo
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム神経生理学分野 大学院生
・研究領域
神経科学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科
 システム神経生理学分野 氏名 杉原 泉(スギハラ イズミ)
E-mail:isugihara.phy1[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

プレス通知資料PDF

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