プレスリリース

「 ヒトiPS細胞から腱様組織を作製 」【淺原弘嗣 教授】

公開日:2022.1.27
 ヒトiPS細胞から腱様組織を作製 
― 腱損傷の新たな治療開発へ期待 ―

ポイント

  • ヒトiPS細胞※1から間葉系幹細胞を誘導し、さらに腱靱帯特異的な転写因子であるMKX※2を導入して3次元培養を行うことで腱様組織(bio-tendon)を作製しました。
  • 作製したbio-tendonをマウスの腱断裂モデルに移植したところ、組織学的、生体力学的に腱修復が改善しました。
  • 本研究グループの開発したbio-tendonは、腱損傷治療に対する有望な治療戦略になると考えられます。

     東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム発生・再生医学分野の淺原弘嗣教授らは、本学生体材料工学研究所岸田晶夫教授・木村剛准教授らとの共同研究で、人工多能性幹細胞(iPS細胞)より間葉系幹細胞(MSC)へ誘導し、MKXを導入の上で3次元培養を行うことで、bio-tendonの作製に成功しました。この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出(研究開発総括:曽我部正博)」における研究開発課題「腱・靱帯をモデルとした細胞内・外メカノ・シグナルの解明とその応用によるバイオ靱帯の創出」(研究開発代表者:淺原弘嗣)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI)の支援のもとおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Journal of Tissue Engineering(ジャーナル オブ ティシュー エンジニアリング)に、2022年1月21日、オンライン版で発表されました。
     

研究の背景

 腱・靱帯は骨と筋、骨と骨を接合する強靭な組織です。腱は細胞密度が低く、血流が少ないことから修復能が乏しいため、損傷を受けると完全な機能回復は難しいことが知られています。現行の手術療法では自家腱や同種腱・人工組織(グラフト)を用いられますが、それぞれ侵襲性、免疫原性、定着性などの問題があります。さらに、真皮由来組織なども使用されていますが、腱とはコラーゲン組成や組織構造が異なり、腱幹細胞の分化はグラフトの由来組織により異なり、腱由来組織が有利であるとされています。そのため、生体腱に近い構造をもつ人工腱を作製し再生医療に用いることで、上記に示した現在使用されているグラフトの短所を克服し、より生体腱に近い構造への修復と治療期間の短縮に繋がるのではないかと考えられました。
 そのため、本研究グループは、iPS細胞と腱・靱帯特異的転写因子MKXに着目し、3次元培養と伸展刺激培養を組み合わせ、人工的に腱様組織を作製することで、腱損傷の新たな治療方法を開発することを目指しました。
 

研究成果の概要

 iPS細胞からMSCへと誘導し(iPSC-MSC)、その上でMKXを導入しました(Mkx-iPSC-MSC)。培養チャンバーを新たにデザインし、Mkx-iPSC-MSCを用いて太さが均一な腱様組織(bio-tendon)の作製に成功しました。Mkx-iPSC-MSC由来のbio-tendon(Mkx-bio-tendon)は、GFPを導入したiPSC-MSCから作製したbio-tendon(GFP-bio-tendon)と比較して伸展刺激方向に一致して配置された構造となっていました(図1)。
 臨床応用に向けて、免疫原性と腫瘍化の危険性を克服するために、作製したbio-tendonに高圧処理による脱細胞化と化学的加橋を加え、引張試験を行いbio-tendonの力学的強度を評価しました。その結果、Mkx-bio-tendonはGFP-bio-tendonと比較して高い張力(MPa)とヤング率(Mpa)などの各項目で力学的に強固な値を示しました(図2)。

図1 新型チャンバーを用いて、iPSC-MSCに伸展刺激を加えながら3D培養することで、bio-tendon作製することができる。
(a) GFP-bio-tendonとMkx-bio-tendonから均一な太さのbio-tenonが作製出来た。
(b) 走査型電子顕微鏡所見では、GFP-bio-tendonと比較してMkx-bio-tendonでは伸展刺激方向に配列している。

図2 bio-tendonの力学的強度の評価
張力(MPa)、ヤング率(Mpa)は、Mkx-bio-tendonの方がGFP-bio-tendonより有意に高値であった。エラーバー:標準誤差、***p < 0.005、**p < 0.01.

 次に、in vivoでの組織修復能を評価する目的で、赤色蛍光タンパク質発現マウス(mTmGマウス)のアキレス腱移植モデルに対してbio-tendonの移植を行いました。Mkx-bio-tendon移植群では、移植後6週間で配向性のある線維構造を確認することができましたが、GFP-bio-tendon移植群や、コラーゲンゲル充填群(Gel)にはそうした変化は確認されませんでした(図3)。さらに、修復組織の力学的強度を評価するために、移植後6週後のアキレス腱の引っ張り試験を行ったところ、張力(MPa)、ヤング率(Mpa)はMkx-bio-tendon移植群で正常群以上の値を示し、Gel移植群、GFP-bio-tendon群と比較して有意に高値を示した(図4)。これらの結果から、Mkx-bio-tendonが組織学的にも、生体力学的にも腱の組織再生を促していることがわかりました。

図3 マウスアキレス腱へのbio-tendon移植6週後の組織像
Mkx-bio-tendon移植群では配向性のあるコラーゲン線維が確認できたが、Gel移植群とGFP-bio-tendon移植群ではそうした変化はなかった。

図4 移植6週後のアキレス腱の力学的強度評価
張力(MPa)、ヤング率(Mpa)は、Mkx-bio-tendon移植群がGel移植群、GFP-bio-tendon移植群より有意に高値であった。エラーバー:標準誤差、***p < 0.005、*p < 0.05、N.S.: 有意差なし

研究成果の意義

 研究グループは、iPS細胞由来のbio-tendonの作製に成功し、移植実験においても良好な生着と機能の改善を確認しました。これはヒトiPS細胞由来の組織であることから、既存のグラフトと比較して免疫原性の懸念を抑制できると期待されます。さらに、これらに脱細胞化を行うことで、同種iPS細胞の使用に伴う免疫反応や腫瘍化のリスクを減らし、クロスリンクを加えて強度の改善を達成することができました。これまでiPS細胞を用いて腱様組織の作製を行った報告はなく、今回報告したbio-tendon構築システムが将来的な臨床応用の第一歩になり得ると期待できます。

用語解説

※1 iPS細胞 
 繰り返し分裂・増殖することが可能な自己複製能と、様々な細胞へ分化する能力を合わせ持つ人工の多能性幹細胞。
※2 MKX
 腱靱帯特異的に発現しており、腱靱帯細胞としての機能維持に関連する遺伝子の発現を活性化することにより、腱靱帯の発生・再生過程に関与している。
 

論文情報

掲載誌: Journal of Tissue Engineering

論文タイトル: Generation of a tendon-like tissue from human iPS cells

DOI: https://doi.org/10.1177/20417314221074018 

研究者プロフィール

堤 大樹 (ツツミ ヒロキ) Hiroki Tsutsumi
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 
システム発生・再生医学分野 大学院生
淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ) Asahara Hiroshi 
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 
システム発生・再生医学分野 教授
・研究領域
分子生物学(遺伝子発現)、発生・再生医学、整形外科学、リウマチ学

 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
システム発生・再生医学分野 氏名 淺原 弘嗣 (アサハラ ヒロシ)
E-mail:asahara.syst[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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