「 DNAに傷が入った老化幹細胞を皮膚から選択的に排除する現象を発見 」【西村栄美 教授】
「 DNAに傷が入った老化幹細胞を皮膚から選択的に排除する現象を発見 」
―表皮が持つ自律的な品質管理機構がその若さを保つ―
ポイント
- 老化やがんの発生に関わることが知られているDNA二本鎖切断(DSB)を受けた表皮幹細胞を生体内で追跡する系を開発しました。
- DSBを受けた表皮幹細胞が周辺に位置する幹細胞のクローン化を促すと同時に、連動する形で自律的に表皮から排除される現象をはじめて発見しました。
- 上皮が自律的に自らの幹細胞ゲノムの品質を保つことによって、その若さを保つことを明らかにしたことから、抗老化技術の開発への応用が期待されます。
東京医科歯科大学・難治疾患研究所・幹細胞医学分野の西村栄美教授(東京大学医科学研究所・老化再生生物学分野教授兼任)と加藤智起 大学院生らのチームは、ハーバード大学や慶應義塾大学との共同研究により、上皮が持つ幹細胞の品質管理機構を発見しました。この研究は 2021 年 12 月 20 日、国際科学誌 Developmental Cellに発表されました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)『老化メカニズムの解明・制御プロジェクト』や文部科学省科学研究費学術変革領域研究『多細胞生物自律性』などの支援のもと行われました。
研究の背景
皮膚の最外層に位置する表皮組織の最下層(基底層)には表皮幹細胞が存在し、自己複製しながら分化細胞を非基底層に供給することで外界との境界面でバリアとして働いています (図1)。表皮幹細胞は紫外線などのゲノムストレスに日々暴露されていますが、健常な若い個体の皮膚では、日焼けしても急激な老化やがん化は生じません。そこで、本研究グループは表皮組織ではゲノムストレスを受けた幹細胞を選択的に処理する未知の仕組みが存在する可能性を想定し、研究を行いました。
研究成果の概要
さらに、一部の表皮基底層にのみDSBを誘導し、かつ、その細胞の運命を遺伝学的に追跡※4可能なマウス(iDSBマウス)を用いた、ゲノムストレスを受けた細胞の追跡システムを新たに構築し、それらの細胞の運命を解析しました。その結果、DSBを誘導された表皮幹細胞は、分裂せずに基底層を離れて非基底層へと移動し、1ヶ月以内に表皮組織から消失することが明らかになりました(図2)。また、DSBを誘導した直後(該当の細胞が基底層に存在しているタイミング)に解析を行った結果、DSB誘導によりp53の発現およびリン酸化が誘導され、表皮幹細胞の分化を促進するNotchシグナルが亢進すること、および細胞増殖の停止に関与するp21の発現が亢進することを示しました。
研究成果の意義
本研究において細胞毒性の強いDNA二本鎖切断(DSB)を受けた幹細胞はp53-Notch-p21シグナルを介して老化分化することが判明しましたが、加齢した皮膚ではp53やNotchの変異クローンが定着しやすいことから、上記機構の回避により癌化リスクを亢進させていると考えられます。今回発見した選択機構が哺乳類の表皮に限らず種や系譜を超えて広く多細胞生命のゲノム品質管理を担っているのか、普遍性の検証が待たれます。また、加齢関連疾患の予防や治療への応用が期待されます。
用語解説
※2DNAは二重らせん構造を取っていますが、その両方の鎖が切断されることをDNA二本鎖切断と呼ぶ。DNA二本鎖切断はゲノムストレスの中でも、最も重大な影響を及ぼすものの一つとして知られている。
※3細胞増殖が非可逆的に停止した状態を細胞老化(senescence:セネッセンス)と呼ぶ。がん(細胞の異常増殖)に対する防御機構として働くほか、老化細胞が出す分泌因子等により組織の老化の一因になると考えられている。
※4遺伝子組換えによって特定の細胞に標識を行い、該当細胞および、その細胞から生み出される細胞の運命を追跡することが可能になる。今回の研究で用いたiDSBマウスでは、DNA二本鎖切断が生じた細胞、およびその細胞から生み出された細胞特異的に、特定の配列のペプチド(HAタグ)および蛍光タンパク質(GFP)が発現するよう標識されている。
論文情報
掲載誌: Developmental Cell
論文タイトル: Dynamic stem cell selection safeguards the genomic integrity of the epidermis
著者: Tomoki Kato, Nan Liu, Hironobu Morinaga, Kyosuke Asakawa, Taichi Muraguchi, Yuko Muroyama, Mariko Shimokawa, Hiroyuki Matsumura, Yuriko Nishimori, Li Jing Tan, Motoshi Hayano, David A. Sinclair, Yasuaki Mohri, and Emi K. Nishimura.
DOI: 10.1016/j.devcel.2021.11.018
研究者プロフィール
加藤 智起(カトウ トモキ) Tomoki Kato
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野 大学院生
・研究領域 幹細胞生物学、皮膚科学など
東京大学医科学研究所 老化再生生物学分野 教授
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野 教授
・研究領域 幹細胞生物学、老化・再生生物学、皮膚科学、実験病理学など
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学医科学研究所 老化再生生物学分野
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野
西村 栄美(ニシムラ エミ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/cancerbiology/page_00158.html
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