プレスリリース

「ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する」【高地雄太 教授】

高地 雄太(こうち ゆうた) 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 ゲノム機能多様性分野 教授(左)
本田 卓(ほんだ すぐる) 東京女子医科大学 膠原病リウマチ内科学講座 大学院生(右)

公開日:2022.1.20

ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する
― 関節リウマチのゲノムオーダーメイド医療へ向けて ―

ポイント

  • ポリジェニックリスクスコア※1が、関節リウマチの関節破壊と関連することを世界で初めて示しました。
  • 特に若年発症の方の重症化を予測する場合には、過去に報告されたリスク因子より優れていました。
  • 今後の関節リウマチのゲノム情報に基づいたオーダーメイド医療の礎となるモデルです。

     東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム機能多様性分野の高地雄太教授の研究グループは、東京女子医科大学、理化学研究所生命医科学研究センターとの共同研究で、ポリジェニックリスクスコアが、関節リウマチのX線画像の進行と関連することを世界で初めて示しました。その研究成果は、国際科学誌Arthritis & Rheumatologyに、2022年1月20日にオンライン版で発表されました。
     

研究の背景

 関節リウマチは免疫の異常で、関節の骨や軟骨が破壊されてしまう病気です。関節リウマチの治療は近年急速に進歩しましたが、それでも関節破壊が進行する患者さんがいます。あらかじめ予測できれば患者さんに合わせた治療強度を選択でき、関節破壊の進行・重症化をより効果的に抑えられると考えられます。これまでの研究では、抗シトルリンタンパク質抗体(ACPA)※2やHLA領域※3が関節の破壊と関連することが示されていましたが、その予測精度は十分ではなく、いまだ患者さんの病態に基づいたオーダーメイド医療は困難です。ポリジェニックリスクスコア(Polygenic risk score:PRS)は,各患者さんのもつ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法で、このスコアを用いた研究が近年盛んに行われています。このスコアの特徴は、疾患との関わりが強い遺伝子だけではなく、小~中程度の遺伝子もスコアに取り入れているため、より予測の精度が高まると期待されています。

研究成果の概要

 今回研究グループは、まず、PRSがどれほど骨破壊の予測指標となるかを調べました。次に、いままで用いられてきた指標であるACPAおよびHLA領域とPRSを比較しました。最後に、PRSと診療で用いる指標を組み合わせて、関節破壊をどれほど予測できるかを調べました。
 まず関節破壊が進行した群としていない群のPRSを比較したところ,この2つの群のもつスコアに明らかな差を認めました(図1左)。この傾向は患者さんを発症年齢に応じて3つのグループ(若年発症;≦40歳,中年発症;>40歳,≦60歳,高齢発症;>60歳)に分け、若年発症群のみで解析すると顕著になりました(図1右)。

図1.  PRSに応じた関節リウマチ患者の分布図
図左は全年齢含めた分布図。図右は若年発症のみに限定した分布図を示している。図左の青色の領域と図右のピンクの領域は関節破壊の進行していない患者群の分布を示し、図左の緑色の領域と図右の赤色の領域は関節破壊の進行した患者群の分布を示している

 さらに、このスコアが関節破壊を分類する能力ROC曲線を用いて数値化しました。患者さんを発症年齢に応じて3つのグループ(若年発症;≦40歳,中年発症;>40歳,≦60歳,高齢発症;>60歳)に分けると、特に、若年発症群で関節破壊を分類する能力が高いことがわかりました(図2)。

図2.発症年齢に応じたROC曲線
赤い線が若年発症、緑の線が中年発症、青い線が高齢発症の患者群を示している。それぞれの曲線の下の面積をAUC(Area under the curve)といい、関節破壊進行群と非進行群とを分類する能力を示す。

 次に、PRSに応じて患者さんを5つに分けて、重度進行群に分類されるリスクを比較しました。ポリジェニックリスクスコアが最も高い群は最も低い群と比べて、進行群に分類されるリスクが約2倍でした(図2左)。また、若年発症に限定して解析を行ったところ、最も高い群は最も低い群と比べて、進行群に分類されるリスクが約5倍でした(図右)。

図3. PRSの分位プロット
図左は全年齢含めた分位プロット、右図は若年発症のみに限定した分位プロット。横軸は各患者さんが持っているPRSを低い順にならべて5つに分け、左から並べた。縦軸は、最も低いPRSを持つ群(各図の左、Referenceと記載がある群)に比べて、各群(各図の4th, 3rd, 2nd, Topと記載されている群)のPRSをもつ群は何倍関節破壊進行群に分類されやすいかを示している。

 さらに、関節破壊の進行に関連する要因として知られているACPAおよびHLA領域とPRSを比較しました。全患者での解析では、PRSはACPAと同等の識別力があり、若年発症群に限定した場合はACPAやHLA領域よりも優れた識別力を示しました(図4)。

図4.指標毎の関節破壊進行群の割合を示した図
図左は全年齢での関節破壊進行者の割合、図右は若年発症のみに限定した関節破壊進行者の割合を示している。各図の横軸は左からそれぞれPRSの低い群、高い群、ACPA陰性群、陽性群、HLA-DRB1領域の11番目のアミノ酸がセリン(Ser11)でない群、セリンである群を示している。

 最後に、ロジスティック回帰というモデルを用いて多変量解析を行い、PRSと他の因子(発症年齢、性別、喫煙歴、ACPA、リウマチ因子、BMI、歯周病、関節リウマチの薬、HLA領域(Ser11))を組み合わせることで、識別力が向上するかを調べました。その結果、の関節破壊の進行に関連する独立した危険因子であること、他の因子と組み合わせると識別力が向上することを示しました(図5)。

図5. PRSと他の因子を組み合わせた場合の発症年齢に応じたROC曲線
赤い線が若年発症、緑の線が中年発症、青い線が高齢発症の患者群を示している。図2と比べて数値が改善している。

研究成果の意義

 この研究は、PRSが、関節リウマチの骨破壊の進行と関連することを示した初めての研究です。その識別力は特に若年発症者の場合にいままで報告されていたリスク因子よりも優れていることがわかりました。さらに、PRSと他の臨床情報を組み合わせたモデルでは、PRSが独立した関節破壊のリスク因子であることがわかり、識別力は向上しました。疾患との関わりが強い遺伝子のみで構築したスコアを使った過去の研究では、関節破壊との関わりを示すことはできなかったことから、疾患との関わりが小~中程度の遺伝子もスコアに取り入れることが重要であることを示しました。今回の研究は、関節リウマチにおけるゲノム情報を用いたオーダーメイド医療の第一歩です。今後の研究では、さらに精度を向上させる方法を模索していきます。現在、より細かい遺伝子の情報を手に入れられるようになっており、それらの情報を取り入れることで、さらに精度が改善する可能性があります。また、人工知能を用いて精度の改善を試みる研究も世界中でなされています。我々もすでに人工知能を取り入れ、一人ひとりに合わせたオーダーメイド医療をいち早く届けられるように日々研究をしています。

用語解説

※1ポリジェニックリスクスコア・・・・・・・・各個人のもつ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症や進展を予測する手法である。より正確には、疾患の発症や進展に影響のある遺伝的変異を網羅的に調べるゲノムワイド関連解析の結果から算出されたeffect size(疾患に対する影響の大きさ)を用いて、各個人の持つ遺伝子型を重み付けして足し合わせ、遺伝因子の積み重なりを量的に評価する手法である。

※2抗シトルリンタンパク質抗体(ACPA)・・・・・・・・関節リウマチにおける、自分自身の組織由来の物質を異物として認識する抗体(自己抗体)のうちの一つであり、特異性が高いことから、分類基準の項目にも含まれている。臨床現場ではACPAのひとつである抗CCP抗体が臨床検査として使用されている。

※3HLA領域・・・・・・・・HLAはHuman leukocyte antigen(ヒト白血球抗原)の略で、ほぼすべての細胞がもち、「自己」と「非自己」を識別するための名札の役割を果たしている。外部から侵入した細菌はこの名札をつけていないため「非自己」と認識され、免疫システムにより排除される。HLAをコードする遺伝子は6番染色体短腕上に位置し、この領域の変異が多くの自己免疫疾患に関わっていることが示されている。
 

論文情報

掲載誌Arthritis & Rheumatology

論文タイトル:Polygenic risk scores are associated with radiographic progression in patients with rheumatoid arthritis

DOIhttps://doi.org/10.1002/art.42051

研究者プロフィール

本田 卓 (ホンダ スグル) Honda Suguru
東京女子医科大学 膠原病リウマチ内科学講座
大学院生
・研究領域
免疫学
深層学習
バイオインフォマティクス

高地 雄太 (コウチ ユウタ) Kochi Yuta
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野 教授
・研究領域
ゲノム医学
膠原病内科学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
e-mail:y-kochi.gfd[@]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

プレス通知資料PDF

  • 「ポリジェニックリスクスコアは関節リウマチの関節破壊進行を予測する」