プレスリリース

「血管再生を促すタンパク質を体内局所で徐放する超分子ペプチドゲルの開発」【味岡逸樹 准教授】

公開日:2021.11.19

 血管再生を促すタンパク質を体内局所で徐放する超分子ペプチドゲルの開発 
― 亜急性期脳梗塞に対する細胞フリー再生治療への期待 ―

味岡 逸樹(あじおか いつき) 東京医科歯科大学 統合研究機構 脳統合機能研究センター 准教授(左)
村岡 貴博 (むらおか たかひろ)東京農工大学大学院 工学研究院 応用化学部門 教授(右)

ポイント

  • 投与した体内局所でタンパク質を効果的に徐放するジグソー型ペプチド「JigSAP」(※1) 超分子ゲル(※2)の開発に成功しました。
  • 血管再生を促進するVEGFタンパク質(※3)を徐放する「JigSAP」を、脳梗塞発症1週間後のマウス脳内に投与すると歩行機能が改善されました。
  • 亜急性期脳梗塞(※4)に対する革新的な細胞フリー再生治療(※5)への展開が期待されます。

     東京医科歯科大学統合研究機構の味岡逸樹准教授(神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)「超分子ペプチドを用いた脳梗塞の再生医療」プロジェクトリーダーを兼任)、東京農工大学大学院工学研究院の村岡貴博教授と矢口敦也大学院生(博士)、KISTEC押川未央元研究員の研究グループは、北里大学、台湾國立陽明交通大學、名古屋市立大学などとの共同研究で、体内投与した箇所でタンパク質を効果的に徐放するゲル、ジグソー型ペプチド「JigSAP」を開発しました。「JigSAP」は化学反応でゲル化する材料とは異なり、分子構造を変えずに自己集合化してゲル化する特徴があり、生体内での分解後も「JigSAP」ペプチドとなるため、安全性の高さが特徴です。この「JigSAP」を使って、血管再生作用のあるVEGFタンパク質を徐放する超分子ペプチドゲルを脳梗塞発症1週間後のモデルマウス脳内に投与すると、歩行機能の改善効果があることを見出し、亜急性期脳梗塞に対する細胞フリー再生治療に結びつく可能性を示しました。この研究はKISTEC戦略的研究シーズ育成事業/有望シーズ展開事業ならびに科学研究費補助金、JST-CREST、泉科学技術振興財団研究助成、旭硝子財団研究助成などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)、2021年11月19日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 脳梗塞は手足の麻痺などの後遺症が残ることが多く、患者や家族のQOLを著しく低下させる社会問題となっています。また、国内の脳梗塞患者にかかる年間総費用は2兆円を超えると言われていますが、20年後には患者数が2倍になると予想されており、脳梗塞患者の健康寿命の延伸が重要課題とされています。現在、脳梗塞の治療には血栓溶解治療と血栓回収治療が有効ですが、それぞれ発症から4.5時間以内と8時間以内に治療が限定され、概ね発症1週間後の亜急性期かつ重度の患者に対して治療効果のある、革新的な治療法開発が待ち望まれています。本研究では、亜急性期の脳梗塞治療を目的とし、脳梗塞モデルマウスの運動機能回復能を発揮し、臨床応用可能な新規超分子ペプチドゲルの開発を目指しました。

研究成果の概要

 タンパク質をゲル内に取り込ませることとゲル外に放出させることはトレードオフの関係にあり、両方を同時に達成することは技術的に難しいという問題点がありました。両親媒性ペプチド(※6)は自己集合によりゲル化することが知られていますが、アミノ酸側鎖の疎水基側は平面状になっているためその疎水性相互作用による凝集力が強く、両親媒性タグを付けたタンパク質の取り込みには優れているものの、効率的に徐放させることが困難でした。そこで研究グループは、両親媒性ペプチドの疎水基側をジグソーパズルのような凹凸型に設計することで、生体環境でゲル化する両親媒性ペプチド「JigSAP」を開発しました(図1左)。生体と同等環境での試験により、VEGFのC末端側に「JigSAP」配列を付加した「VEGF-JigSAP」を過剰量の「JigSAP」と混合してゲル化すると、1週間ほどかけて「VEGF-JigSAP」がゲルから徐々に放出されることが明らかになりました(図1右)。この「VEGF-JigSAP」と「JigSAP」の混合物を脳梗塞発症1週間後のマウス脳内に投与すると、脳損傷周辺部における血管新生促進効果とニューロンの細胞死抑制効果、さらには、脳梗塞により生じた歩行機能傷害の改善効果が認められました(図2)。

研究成果の意義

 幹細胞を移植する脳梗塞の再生治療が注目を浴びていますが、安定した品質の細胞供給は容易ではなく、大量生産ができる医薬品等の開発が待ち望まれています。超分子ペプチドゲルは、体内分解後も元のペプチドになるため安全性が高く、臨床応用が期待されます。亜急性期の脳梗塞患者に対して高い治療効果を発揮する医薬品等は未開発であり、本研究成果は、亜急性期脳梗塞に対する細胞フリー再生医療を実現する第一歩となりました(図3)。

用語解説

※1 JigSAP
自己集合ペプチドの疎水基側をジグソーパズルのような凹凸型に設計したため、ジグソー型自己集合ペプチド(Jigsaw-Shaped Self-Assembling Peptide:JigSAP)と名付けた。
※2 超分子ゲル
分子同士が非共有結合で集積し、分子集合体として機能発揮するものを超分子材料と言う。十数個までのアミノ酸からなるペプチド同士が非共有結合で集積しゲルを形成するものを超分子ゲルと言う。
※3 VEGFタンパク質
血管新生とは既存の血管から新しい血管が生み出される現象で、新たに作られた新生血管は、細胞の生存や機能発揮に必要不可欠な酸素や栄養分などを運搬する。血管新生に関与する因子の中でも、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)は血管内皮細胞の受容体に結合し、増殖や遊走などを促進して、血管新生に重要な様々な生物活性を持つ。
※4 亜急性期脳梗塞
脳は損傷を受けると再生しないと考えられてきたが、脳梗塞発症数日後から数週間の間は、傷害を逃れたニューロンが新たに神経ネットワークを作り、神経機能再生を促すと考えられるようになってきた。このように新たな神経ネットワークが作られる時期を亜急性期と言う。
※5 細胞フリー再生治療
再生治療というと幹細胞移植を第一に思い浮かぶかもしれないが、元々体内にある細胞の潜在的な再生能力を発揮させるために、生体材料のみを使った細胞を使わない再生治療もある。このような再生治療を細胞フリー再生治療と言う。幹細胞移植に比べて、安定した品質で大量生産ができる生体材料を使った細胞フリー再生治療が注目を浴びている。
※6 両親媒性ペプチド 
両親媒性分子とは、1つの分子の中に親水性の部分と疎水性の部分を持つものを言う。ペプチドはアミノ酸側鎖に親水基を持つものと、疎水基を持つものがあり、両親媒性ペプチドは1つのペプチドに親水性の部分と疎水性の部分を持っている。親水基同士のイオン結合と疎水基同士の疎水性結合によって、ペプチド同士が集積してゲル化する。
 

論文情報

掲載誌Nature Communications

論文タイトル:Efficient protein incorporation and release by a jigsaw-shaped self-assembling peptide hydrogel for injured brain regeneration

DOIhttps://doi.org/10.1038/s41467-021-26896-3

研究者プロフィール

味岡 逸樹 (アジオカ イツキ) Ajioka Itsuki
東京医科歯科大学 統合研究機構 先端医歯工学創成研究部門
脳統合機能研究センター 准教授
・研究領域
神経発生再生学
バイオマテリアル工学

村岡 貴博 (ムラオカ タカヒロ) Muraoka Takahiro
東京農工大学大学院 工学研究院
応用化学部門 教授
・研究領域
有機化学
生体関連化学

問い合わせ先

<神経再生と実用化研究に関すること>
東京医科歯科大学 統合研究機構
脳統合機能研究センター 准教授 味岡 逸樹(アジオカ イツキ)
E-mail:iajioka.cbir[@]tmd.ac.jp

<材料化学の研究に関すること>
東京農工大学大学院 工学研究院
応用化学部門 教授 村岡 貴博(ムラオカ タカヒロ)
E-mail:muraoka[@]go.tuat.ac.jp

<報道に関すること(神経再生)>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること(材料化学)>
東京農工大学 総務・経営企画部企画課広報係
〒183-8538 東京都府中市晴見町3-8-1
E-mail:koho2[@]cc.tuat.ac.jp
    
<報道に関すること(KISTEC研究事業)>
神奈川県立産業技術総合研究所
研究開発部 研究支援課 研究支援G
〒213-0012川崎市高津区坂戸3-2-1
E-mail:rep-kenkyu[@]kistec.jp
 

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