「妊婦の遺伝的高血圧リスクは胎盤への影響を介して児の出生体重を低下させる」【佐藤憲子 准教授】
「 妊婦の遺伝的高血圧リスクは胎盤への影響を介して児の出生体重を低下させる 」
― 低出生体重児の生活習慣病発症原因についての理解に新たな方向性 ―
ポイント
- 遺伝統計学的手法、バイオインフォマティクス及び疫学手法(媒介分析法)を用いて、妊婦の遺伝的高血圧リスクによる出生体重低下は、母体高血圧ではなく、血管臓器である胎盤の発育低下を介して引き起こされることを明らかにしました。
- さらに、妊婦の遺伝的高血圧リスクが胎児の成長速度を減速させる時期は、妊娠後期終盤に限定されていることをつきとめました。これは、母の遺伝的高血圧リスクが、胎児成長に先行する胎盤成長の抑制を介して間接的に児の出生体重低下を導くというモデルを支持するものです。
- 妊娠後期に発症する胎児成長の遅延は妊娠の数%にみられ、ほとんどが原因不明で予測困難ですが、本研究成果に基づいた後期発症胎児発育不全の予測・スクリーニング方法の開発が期待できます。
- 多くの疫学研究によって、低出生体重児は将来高血圧や糖尿病を発症しやすいことが明らかにされてきました。低出生体重児の生活習慣病発症原因については、これまで子宮内環境の関与を考える説と、それを否定し遺伝によるものと考える説の間で長い間議論がなされてきましたが、本研究は、母の高血圧リスクが遺伝的に高いために出生体重が低下している場合は、遺伝的なリスクが児へ継承される経路と、胎盤発育不良による子宮内環境悪化の経路の両方が児の将来の高血圧発症に関与する可能性を示しました。
研究の背景
研究成果の概要

妊娠後期の収縮期血圧(SBP)あるいは拡張期血圧(DBP)と出生体重の関係は、逆U字の関係であることを示した。妊娠前期、中期の母の測定血圧と出生体重との関係も同様であった。標準化出生体重スコアは、児の性、在胎期間、母の経産歴で調整後に標準化したスコアを示す。

左. 母収縮期血圧(SBP) のポリジェニックスコア(PGS)と胎盤重量、出生体重の関係を表したモデル。妊娠前BMIは交絡因子。右. 胎盤重量のACME(平均因果媒介効果)は-0.27あり、母SBP-PGSの出生体重に対する全体の効果(-0.31)の大部分(86%)を占める。これに対し、ADE(平均直接効果)は-0.04とわずかである。
次にアレルの伝達様式について解析しました。母と児は、半分遺伝的情報を共有しています。ハプロタイプ※7構造とアレル※8の伝達様式を分析し、母由来で児に伝達継承されたアレル、母由来で児に伝達継承されなかったアレル、父由来で児に伝達継承されたアレルに分けて遺伝的リスクスコアを算出しました。胎盤成長阻害、出生体重低下との関連は母由来のアレルのみに認められたことから、遺伝的高血圧リスクによる児出生体重低下は、児の遺伝型そのものが原因なのではなく、母の遺伝型によるものであることを確認しました。
また、出生体重の低下は、妊娠中の胎児の成長速度の低下によって引き起こされる可能性があります。研究グループは、超音波測定検査に基づく推定胎児体重の時系列データを平滑化し、それを微分して週ごとの胎児成長速度を算出しました。母の遺伝的高血圧リスクと成長速度との負の相関は、妊娠後期終盤に近づくにつれ、徐々に明らかになりました(図3)。妊娠期間中、胎盤の成長が胎児の成長に先行することを考えると、母の遺伝的高血圧リスクはまず胎盤の成長に影響を及ぼし、その後胎児の成長に影響を及ぼすというモデルと整合性のある結果が得られました。

a. 健康診査で得られた超音波測定による推定胎児体重のデータとその平滑化。b. aを微分して得られた胎児成長速度。c. 母収縮期血圧(SBP)上昇ポリジェニックスコアの分布。d. 妊娠22から36週までの間で、母の遺伝的血圧リスクが胎児成長速度と負の相関を示すのは、妊娠終盤の36週近くであった。
研究成果の意義
これまでのメンデルランダム化法を用いた研究は、血圧、BMI、2型糖尿病に関連する母親の遺伝的リスクスコアや出生体重に関連する遺伝的リスクスコアを子宮内環境の代理として解析に用い、その結論として、子宮内環境は児の心血管疾患発症の主要な決定要因ではないと報告してきました。しかし、そこでは、今回明らかとなった母の高血圧遺伝的リスクと胎盤形質との関連が見過ごされていました。胎盤は子宮内環境を形成する器官そのものです。今後、大規模な胎盤重量GWASをもとに胎盤重量低下の遺伝的リスクスコアを設計するなど、子宮内環境の代用としてより適した遺伝的リスクスコアを設計して、子宮内環境の胎児成長及び児の健康への影響をさらに検討する必要があります。
また、これまで多くの胎児発育不全が胎盤の機能障害と関係していると推測されており、さらにその8割近くが32週以降の遅発性の発症です。現在、胎児発育不全を事前に予測することは困難です。しかし、母の遺伝的高血圧リスクは、妊娠後期の胎児発育速度低下に関連していました。従って、血管と関連する母の高血圧ポリジェニックスコアが胎児発育不全の予測やスクリーニング開発に役立つことが期待されます。さらに遺伝子機能解析を進めていくことにより、胎盤機能不全、胎児発育不全の病態の理解、治療薬の発見に貢献できると考えられます。
用語解説
※1BC-GENIST (Birth cohort-Gene and ENvironmental Interaction Study of TMDU): 東京医科歯科大学出生前コホート研究プロジェクトのことで、難治疾患研究所分子疫学分野と大学院医歯学総合研究科生殖機能協関学分野が中心となり、国立健康栄養研究所・栄養疫学食育研究部(瀧本秀美部長)グループ及び本学大学院保健衛生学研究科・小児・家族発達看護学(岡光基子准教授)グループと共に推進している。
※2メンデルランダム化:曝露(リスク要因)と結果(疾患発症)の間に因果関係があるかどうかを調べる際、遺伝型を曝露の代理に用いる方法。代理にできる条件は、①遺伝型が曝露に関連すること、②遺伝型が曝露のみを通じて疾患と関連すること、③遺伝型は曝露と結果の関係に交絡する因子から独立している。遺伝型は疾患発症の結果となる(逆因果関係になる)ことはない。
※3ポリジェニックスコア(Polygenic score, PGS):GWASにより血圧など身体測定値や疾患などの多因子形質と関連することが示された多数のSNPの重み付きの和で、個人ごとに算出するスコア。血圧上昇ポリジェニックスコアは、個人の遺伝的な高血圧生涯リスクを評価する。
※4インピュテーション:DNAマイクロアレイでSNPをタイピングした後に、測定された遺伝型情報を用いて未測定の遺伝型をコンピュータで推定し補完する遺伝統計学的手法。
※5バイオバンクジャパン:2003年に東京大学医科学研究所内に設立された、47疾患以上20万人以上の日本人症例を収集したバイオバンク。
※6GWAS (Genome-Wide Association Study, ゲノムワイド関連解析研究)
疾患形質や身体測定値などの量的形質に影響するSNPを全ゲノムレベルで網羅的に探索する手法。統計学的関連の有意性や効果量といった統計量が得られる。
※7ハプロタイプ:それぞれの親由来の染色体における遺伝的構成。
※8アレル:同一遺伝子座に属し、互いに区別される遺伝子バリアント。
論文情報
掲載誌:BMC Medicine
論文タイトル:Placenta mediates the effect of maternal hypertension polygenic score on offspring birth weight: a study of birth cohort with fetal growth velocity data
DOI:https://doi.org/10.1186/s12916-021-02131-0
研究者プロフィール

佐藤 憲子 (サトウ ノリコ) Noriko Sato
東京医科歯科大学
難治疾患研究所 分子疫学分野 准教授
・研究領域
ゲノム・エピゲノム疫学、栄養疫学、分子生物学
Developmental Origin of Health and Disease (DOHaD)

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
生殖機能協関学分野 教授
・研究領域
周産期医学
Developmental Origin of Health and Disease (DOHaD)
問い合わせ先
<研究に関すること>東京医科歯科大学 難治疾患研究所
分子疫学分野 氏名 佐藤 憲子(サトウ ノリコ)
E-mail:nsato.epi[@]mri.tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp