「がんの骨転移の新たなメカニズムの解明」【佐藤信吾 講師】

「がんの骨転移の新たなメカニズムの解明」【佐藤信吾 講師】

佐藤 信吾(サトウ シンゴ)講師 大学院医歯学総合研究科 細胞生理学分野

ポイント

がんの骨転移は、「造骨型」と「溶骨型」の2つに大別されますが、このような骨病変を誘導する因子については、これまでよくわかっていませんでした。
研究グループは、前立腺がんの骨転移病変において、がん細胞から分泌されたhsa-miR-940というマイクロRNAが造骨型の骨病変を誘導することを、マウスモデルなどを用いて明らかにしました。
さらなる骨転移のメカニズムの解明と新しい骨転移治療法の開発につながることが期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科細胞生理学分野の佐藤信吾講師らの研究グループは、同大学院整形外科学分野、同大学院分子生命情報解析学分野、虎の門病院内分泌代謝科、長崎大学病理学分野、国立がん研究センター研究所およびがん研究会との共同研究で、がん細胞から分泌されたマイクロRNAが、周囲の間葉系細胞の骨形成を促進し、造骨型の骨転移病変を誘導することをつきとめました(図1)。がん患者数が増加している我が国において、骨転移を有するがん患者数も急増しており、本研究成果は、さらなる骨転移のメカニズムの解明と新しい骨転移治療法の開発につながることが期待されます。
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」(AMED-CREST)、学長裁量優秀若手研究者奨励賞などの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Proceedings National Academy of Science of United States of America(米国科学アカデミー紀要)に、2018年2月12日午後3時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。

研究の背景

 骨は、進行がんの好発転移臓器の1つとして知られています。がんの骨転移病変は、骨形成が亢進する「造骨型」骨転移と、骨吸収が亢進する「溶骨型」骨転移に大別されます。興味深いことに、がんの種類によって骨病変のタイプは異なり、例えば、前立腺がんは造骨型の骨病変を呈する一方で、乳がん、腎がん、骨髄腫などは溶骨型の骨病変を呈します。しかしながら、「造骨型」、「溶骨型」といった骨病変を誘導する因子については、これまでよくわかっていませんでした。
 研究グループは、骨病変のタイプを規定する新たな因子として、マイクロRNA (以下、miRNA)注1) に注目しました。研究グループは、これまでの研究において、骨の細胞の分化を制御する複数のmiRNAの同定に成功しています。また、近年の研究により、miRNAがエクソソーム注2) に含まれて細胞外へと分泌され、周囲の細胞の機能に影響を与えることも明らかになり、がん細胞も多数のmiRNAを分泌していると考えられています。そこで研究グループは、骨転移病変において、miRNAを分泌するがん細胞とそのmiRNAを取り込む骨の細胞との相互作用が、「造骨型」、「溶骨型」といった骨病変を誘導する可能性を考えました。

研究成果の概要

 まず、造骨型骨病変を形成する3種類のヒトがん細胞株(前立腺がん細胞株:C4、C4-2、C4-2B)および溶骨型骨病変を形成する3種類のヒトがん細胞株(乳がん細胞株:MDA-MB-231、骨髄腫細胞株:KMS11、U266)の培養上清から超遠心法にてエクソソームを抽出し、エクソソーム中に含まれるmiRNAの網羅的発現解析を行いました。その結果、造骨型骨病変を形成するがん細胞株からの分泌が亢進している計8種類のmiRNAを同定しました。続いて、同定されたmiRNAを骨芽細胞の前駆細胞であるヒト間葉系幹細胞株に過剰に発現させ、細胞分化に与える影響を検討したところ、hsa-miR-940というmiRNAが著明な骨形成促進作用を有することを見出しました。また、hsa-miR-940は、ARHGAP1、FAM134Aという2つの遺伝子の発現を制御することで、骨分化を促進することも明らかにしました(図2)。

図2. 骨形成を促進するがん細胞由来マイクロRNAおよびその標的遺伝子の同定

 さらに興味深いことに、通常は溶骨型骨病変を形成するヒト乳がん細胞株にhsa-miR-940を過剰に発現させ、免疫不全マウスに移植したところ、多数の石灰化病変を含む造骨型の骨病変が誘導されました(図3)。また、病変部の詳細な解析を行ったところ、がん細胞から分泌されたエクソソームが周囲の宿主間葉系細胞に取り込まれ、これらの細胞の骨形成が誘導されたことがわかりました。以上の結果から、前立腺がんの骨転移病変において、がん細胞が分泌するmiRNAが造骨型骨病変の形成を誘導することが明らかになりました。

図3. 同定したがん細胞由来マイクロRNAによる造骨型骨病変の誘導

研究成果の意義

 現在、我が国において、高齢化社会の到来とともに2人に1人ががんに罹患する時代となり、骨転移患者の数も急増しています。骨転移は進行すると痛みや骨折などを引き起こし、がん患者のQOLを著しく低下させてしまいます。東京医科歯科大学医学部附属病院では、2014年以降、骨転移の早期発見・早期治療介入を目的として、研究グループの佐藤講師を中心として日本屈指の診療科横断的骨転移診療体制を構築し、がん患者のQOL向上に大きく貢献していますが、いまだ骨転移を完治させる治療法はありません。
 本研究は、骨転移病変の形成が、がん細胞から分泌されるmiRNAによって誘導されることを世界に先駆けて明らかにした研究であり、さらなる骨転移の分子機序の解明やmiRNAを標的とする新たな骨転移治療法の開発につながることが期待されます。

追記

 なお、東京医科歯科大学では、医学研究の最先端で世界をリードしていくような優れた医学研究者を育成するために、MD-PhDコースという医学部学生のための早期医学研究トレーニング特別プログラムを設けています。本研究論文の筆頭著者はMD-PhDコースの学生であり、東京医科歯科大学のシームレスな次世代研究者養成プログラムの成果があらわれてきています。

用語の解説

注1) マイクロRNA(miRNA)
マイクロRNAは、20~25塩基からなる小分子RNAです。それ自身はタンパク質には翻訳されず、標的遺伝子の3’UTR領域に結合し、翻訳の抑制またはメッセンジャーRNAを分解することによって、標的遺伝子の発現を制御し、細胞の発生・増殖・分化などに関わっています。

注2) エクソソーム
直径30~100nmの脂質二重膜からなる細胞外分泌小胞です。miRNA、メッセンジャーRNA、タンパク質などを内包し、周囲の細胞に伝播してその機能を調節することが知られており、細胞間の新たなコミュニケーションツールとして、近年、注目されています。

論文情報

掲載誌:国際科学誌Proceedings National Academy of Science of United States of America
論文タイトル:Cancer-secreted hsa-miR-940 induces osteoblastic phenotype in the bone metastatic microenvironment via targeting ARHGAP1 and FAM134A

問い合わせ先

研究に関すること

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
細胞生理学分野 氏名 佐藤 信吾(サトウ シンゴ)
TEL:03-5803-5156  FAX:03-5803- 0118
E-mail:satoshin.phy2@tmd.ac.jp

報道に関すること

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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