「シャルコー・マリー・トゥース病のゲノム編集による治療法シーズを開発」 ― ゲノム編集でPMP22遺伝子領域の重複を正常化する ― (2023)

「シャルコー・マリー・トゥース病のゲノム編集による治療法シーズを開発」 ― ゲノム編集でPMP22遺伝子領域の重複を正常化する ― (2023)

 シャルコー・マリー・トゥース病(CMT1A)は、代表的な末梢神経変性疾患であり、日本には1万人に1人程度の患者がいると言われており、厚生労働省の指定難病(指定難病10)にもなっている。17番染色体上にあるPMP22(peripheral myelin protein 22)という遺伝子を含む長いゲノム領域(1.5Mbゲノム領域)が重複して2つ存在するために、 PMP22タンパク量が増加し、このタンパクの機能が必要であるシュワン細胞が機能失調を起こすのではないかと考えられている。シュワン細胞は、脳脊髄から手足の筋肉に運動の指令を伝えたり、手足の感覚を脳脊髄に伝える末梢神経の働きに必須な細胞であり、シュワン細胞の機能失調は手足の運動感覚障害につながることとなる。病態の進行は緩慢ではあるが、患者は手足の機能が衰えて生活上の支障を感じることもある。
 現時点ではまだ根本的な治療法は存在しないが、近年では、shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの治療法も実験的に提案されつつはある。しかしながら、1.5倍程度のPMP22の発現増加を適切なレベルに正常化することは難しく、根本的治療薬の開発が待たれていた。ちなみに、PMP22の遺伝子変異による機能低下も同様に常染色体優性の遺伝性末梢神経疾患(Hereditary neuropathy with liability to pressure palsies, HNPP)を発症させることから、治療による過度なPMP22発現抑制は症状悪化につながると考えられる。これまでのshRNAなどの治療法開発では、実験的治療対象として10倍近く PMP22が過剰発現しているトランスジェニックマウスを用いるなど、研究に用いるモデルの適切性にも疑問があった。本研究では疾患患者由来のiPS細胞を用いることで、この問題を解消した。
 本研究において、私達は、ノーベル賞の受賞対象にもなったゲノム編集技術を用いて、患者のシュワン細胞では3つある1.5Mbゲノム領域を、2つに戻して正常化することができないかと考えた。そこで、重複する2つのゲノム領域に共通する特異配列(guide RNA:gRNA)を選び、異常なゲノムでは2箇所に切れ目を入れて、その間にある余分なゲノム領域が切り出されることを狙った(図1)。その結果、15−40%の確率で、重複ゲノムの切り出しが狙い通りに生じることを見いだした。
 次に、その特異配列gRNAとゲノム編集酵素を同時に発現する遺伝子治療ベクターを作成し、これをシャルコー・マリー・トゥース病患者由来のiPS細胞あるいはiPS細胞由来シュワン細胞に投与して、治療効果を検討した。特に、正常者からのiPS細胞由来ニューロンとシャルコー・マリー・トゥース病患者iPS細胞由来シュワン細胞を合わせた培養(normal iPSC-derived neuronとCMT1A-iPSC derived Schwann cellの共培養)では、シュワン細胞が減少して髄鞘化が抑制されていたが、遺伝子治療ベクターをiPS細胞由来シュワン細胞に投与することで、これらの病的変化が軽減することが分かった。

図1: (a) 今回開発したゲノム編集治療法のコンセプト。 (b) 遺伝子治療用のゲノム編集ベクター。

 今回の研究成果は、シャルコー・マリー・トゥース病について、これまで開発が試みられてきた治療法とは全く異なる、ゲノム正常化という新しいコンセプトの治療法の可能性を示したものであると考えられる。ゲノム編集技術は、現在さまざまな疾患治療への応用が試みられており、その多くは、1から数個、あるいは数10個の塩基変異を正常化することを目的とするものであるが、本研究により1.5Mb(1500,000塩基)ゲノム領域の正常化にも適用可能であることが示された。
 ゲノム編集技術にとどまらず、shRNA、miRNAあるいは核酸医薬などの治療法では、副作用としてオフターゲット効果、すなわち、目的とする遺伝子以外の関係のない遺伝子もしくは遺伝子発現に影響を与えるリスクを考慮する必要がある。今回の研究でも、iPS細胞およびマウス末梢神経にゲノム編集遺伝子治療ベクターを投与した場合のオフターゲット効果を検証した結果、非常に低頻度の(生物個体が生きて行く上で体の細胞に自然に起きる遺伝子変異頻度に近いレベル)オフターゲット効果の可能性を認めた。今後の技術改良によって、さらにリスクを低減するなどして、本コンセプトあるいは本技術の実用化を目指す。

発表論文

Yoshioka, Y., Taniguchi, J. B., Homma, H., Tamura, T., Fujita, K., Inotsume, M., Tagawa, K., Misawa, K., Matsumoto, N., Nakagawa, M., Inoue, H., Tanaka, H. & Okazawa, H. (2023)
AAV-mediated editing of PMP22 rescues Charcot-Marie-Tooth disease type 1A features in patient-derived iPS Schwann cells.
Commun Med 28 November 2023, 3 (1), 1–15. doi: 10.1038/s43856-023-00400-y

関連リンク

  1. プレスリリース - 「シャルコー・マリー・トゥース病のゲノム編集による治療法シーズを開発」
  2. "Promising new treatment for a common hereditary nerve disease" - EurekAlert! 論文紹介記事
  3. Communications Medicine誌 "Trending - Altmetric" のトップ3にランクイン(スクリーンショット @2023.12.21
  4. 著者紹介記事(教室卒業生のJuliana Bosso Taniguchiさん@University of Passo Fundo, Brazil ※ポルトガル語)