パーキンソン病原因タンパク質・αシヌクレインの新しい伝播様式 (2023)

パーキンソン病原因タンパク質・αシヌクレインの新しい伝播様式 (2023)

パーキンソン病は、代表的な神経変性疾患であり、日本には約20万人の患者さんがいると言われている。病理学的には脳の中の神経細胞の中にαシヌクレインというタンパク質が沈着・凝集することが特徴である。αシヌクレインは腸の神経細胞に発症早期から沈着・凝集することから、腸から脳にαシヌクレインが伝播していくのではないかという仮説が立てられている。2008年には、Nature Medicineに掲載された2つの論文(Jia-Yi Li et al, Nat Med 2008; Jeffrey H Kordower et al, Nat Med 2008)が、パーキンソン病患者に移植した胎児ニューロンにαシヌクレインの大きな凝集体(封入体:レヴィー小体)が見られることから、患者の細胞から移植された胎児細胞にαシヌクレインが伝わったのではないかという仮説(伝播仮説もしくはプリオン様伝播仮説)を提示した。また2012年には、ペンシルバニア大学のVirginia Lee教授のグループが体外でαシヌクレインの凝集体(preformed fibril, PPF)を作成し、正常なマウスの脳に注入したところ、レヴィー小体が形成され、パーキンソン病様症状を発症したことも、伝播仮説の根拠とされている。その後に行われた多くの研究も、Lee教授の方法に倣って、体の外で凝集物(PFF) を作ってモデル動物に注射する実験を採用し、これらの結果は、凝集物が神経細胞(ニューロン)から次のニューロンへ伝わるとの仮説を支持してきた。しかし、PFF以外の実験系での伝播に関する研究は極めて稀であった。

私たちは、脳内の狭い領域にAAVウィルスベクターを感染させて、特定の場所に長期間αシヌクレインを発現させるマウスモデルを作成して、αシヌクレインがどのように脳内で拡散するかを調べた。AAVウィルスベクター自体が、脳の離れた部位には伝わっていないことも確認した。その結果、予想に反して、2週間後には感染領域から遠く離れた脳部位にαシヌクレインが広がっていること、拡散したαシヌクレインは凝集体ではなくモノマーであること、αシヌクレインは脳内リンパ系により拡散していること、遠位の脳神経細胞においてαシヌクレインはモノマー状態で取り込まれた後に凝集体を細胞内で形成することを、超解像顕微鏡や免疫電子顕微鏡などの技術を用いて示すことができた(図1)。この結果は、ウィルスベクターではない、蛍光標識したαシヌクレインの注入実験でも再確認された。
図1: 超解像顕微鏡を用いて、脳内リンパ菅の中でαシヌクレインが運ばれている様子を観察した。左図を解析ソフトで画像処理して拡大したものが右図である。
この研究成果は、従来言われてきた『凝集状態の疾患タンパク質がニューロンからニューロンへと伝播する』という様式以外に、『非凝集状態(モノマー状態)の疾患タンパク質が脳内リンパ系により離れた場所のニューロンへと伝播する』という新たな様式が存在することを示したものである。ヒト脳において、そしてそれぞれの神経変性疾患において、どちらの様式がより優位に機能しているかは、今後に解決するべき問題であるが、少なくとも今回のマウス実験では、脳内リンパ系のモノマーαシヌクレインの伝播が優位であった。今後の治療を考える際に、特にプリオン様伝播をブロックする抗体や低分子などの薬剤開発において、今回の知見は非常に重要な研究成果であると考えられる。

発表論文

Fujita, K., Homma, H., Jin, M., Yoshioka, Y., Jin, X., Saito, Y., Tanaka, H. & Okazawa, H. (2023)
Mutant α-synuclein propagates via the lymphatic system of the brain in the monomeric state.
Cell Rep 2023, 42 (8), 112962. doi: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.112962