アミロイド凝集前の病態シグナルを分子標的とした抗体治療の可能性 (2016)

アミロイド凝集前の病態シグナルを分子標的とした抗体治療の可能性 (2016)

アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患は、細胞内外に異常タンパク質が蓄積することを病理学的特徴とする。アルツハイマー病では、アミロイドベータ(Aβ)が細胞外に蓄積する(老人斑)と、細胞内にタウタンパク質が凝集する神経原線維変化の2種である。これまで大勢を占めてきたアミロイド仮説に基づき、細胞外アミロイド凝集の除去が現在まで続く臨床試験の治療戦略であった。ところが、発症後に開始したアミロイド抗体療法は、脳内のアミロイド除去に成功こそしたものの、臨床症状の改善を認めなかった。現在は、発症前、およびアミロイド凝集前のいわゆる超早期(phase 0)に生じる脳内分子変化に着目した、新たな分子標的治療法の開発が求められている。
私達は先行研究において、超早期(phase 0)に生じる脳内分子変化について、最新の網羅的リン酸化プロテオーム解析を行い、結果として超早期からアミロイド凝集形成時期、発症期にかけて変化する17個の主要リン酸化タンパク質と、特に超早期変化を示した3個のリン酸化タンパク質を同定した。そのひとつであるMARCKSは、PKCの基質として知られているが、私達はPKCによるリン酸化部位のみならず、多数のリン酸化部位で、リン酸化変化を捉えていた。そこで、本研究では、どの部位が病態に関与するかを、モデルマウスでの変動時期・ヒト死後脳との比較によって検証したところ、Ser46が超早期から上昇し、この部位に対するリン酸化抗体が脳内アミロイド斑周囲の変性神経突起を染色することを見出した(Fujita et al., 2016)。Ser46のリン酸化は、MARCKSと細胞骨格タンパク質actinとの結合を弱める。この変化は、興奮性シナプス後部構造であるスパイン形成・維持に悪影響をもたらす可能性を示唆する。MARCKSのSer46リン酸化は、Aβ ではなくHMGB1という、ダメージシグナル分子(DAMPs: damage-associated molecular pattern)の一つによって起こることも明らかにした。また、進行の早いヒト患者髄液中のHMGB1が高値を示す傾向にあることから、pSer46-MARCKSの増加がヒトADにおいても同様の病態意義をもつ事が伺える。最後に、細胞外からのHMGB1刺激を抑制するHMGB1中和抗体を用いてアルツハイマー病モデルマウスに治療実験を行ったところ、脳内pSer46-MARCKSの増加を抑え、スパイン減少を回復させ、認知機能障害を改善することが示された。HMGB1は、死細胞からの漏出のみならず、生きたニューロンが過興奮状態にあると放出される。このことからも、HMGB1抗体療法は、アミロイド沈着が起きる前の超早期病態を抑制し、AD発症を食い止めるかもしれない。

発表論文

Fujita, K., Motoki, K., Tagawa, K., Chen, X., Hama, H., Nakajima, K., Homma, H., Tamura, T., Watanabe, H., Katsuno, M., Matsumi, C., Kajikawa, M., Saito, T., Saido, T., Sobue, G., Miyawaki, A., Okazawa, H. (2016)
HMGB1, a pathogenic molecule that induces neurite degeneration via TLR4-MARCKS, is a potential therapeutic target for Alzheimer’s disease.
Scientific Reports. 6:31895. doi: 10.1038/srep31895