移転記

移転記

スキルス・ラボ移転記

スキルス・ラボ移転記 MDセンター 講師   別府 正志

  国立大学法人東京医科歯科大学の中に、全国共同利用施設・医歯学教育システム研究センター(以下MDセンター)は設置されています。MDセンターの正式な発行資料に、このような口語調の文章が載るというのはいかがかとも思われましたが、本センターの使命として、本邦の医科・歯科系大学に対し、様々な医学教育に関するノウハウを提供するということが挙げられており、スキルス・ラボの移転に伴うごたごたも、これから同様の施設を設置しようとしていらっしゃる方々にとっては、ほんの少しでもお役に立つこともあるかと思い、駄文を恥じつつお目汚しをさせて頂くことにいたしました。

  小生がMDセンターの専任講師として着任したのは平成16年11月、ちょうどOSCEの第4回トライアルが各大学で始まろうとしている頃でした。それまでの約3年間は、中国の中医大学の教育機関で東洋医学の勉強をしており、さらにその前は一介の産婦人科の助手であった小生には、MDセンターの仕事というのは全く目新しいもので、右も左もわからない状態でありました。おそらくこの分野で働きになっていらっしゃる先生方のほとんどが、最初は同様のとまどいがあったのではないかと推察いたします。

  そんな小生に、着任前からセンター長に命じられていた最大の仕事、それがスキルス・ラボの移転及び新規開設でした。東京医科歯科大学には、約1年前から医学部所属のスキルス・ラボが開設・運営されており、それとは別にMDセンターのスキルス・ラボが存在しておりました。医学部のラボは、非常に狭いスペースに機材がぎっしりと収納されており、ごく一部の機材は現場で使用することができましたが、ほとんどは借り出さなければ使用できないような状況で、使用記録ノートを見る限り、授業での実習を除いてはほとんど使われておらず、かなりもったいない状態でした。しかし、MDセンターの機材はその比ではありませんでした。開設はされているものの機材が積んであるだけで、たまに借りに来る教員に貸し出すだけという状態で、とても有効活用がされているとは言い難い状態でありました。もっともそれは、新規に移転するラボでの有効活用のための準備状態であるとも言えたわけであります。どちらのラボも常駐の管理者は居らず、ラボの開設自体も周知されている状態とは言えませんでした。

  そこで、センター長の英断により、双方のラボを一体化した上で新規に移転・開設するべくプロジェクトが始まりました。そもそもMDセンターには、スキルス・ラボの様な、新しい医学教育に関する施設の運営のノウハウを収集して全国にフィードバックしなければならない責務があります。そのためには、ただスキルス・ラボの雛形となる施設を開設するだけでは不十分であり、そこでの学生・研修医などの利用を通して様々な生の声を聞き、そこから得られる知見こそが有用であると思われました。そのためには同じキャンパス内に2つのラボがあるというのはMDセンターにとっても、東京医科歯科大学にとっても不都合であり、逆にひとつにまとめることは双方にとって利益があると考えられました。 まずはラボの管理・運用規定の策定から取りかかりました。しかし、これは思ったよりも大変な作業で、結局翌年(2005年)の7月までかかることとなりました。まずは学内の同様の施設の管理・運用規定を収集し、さらには全国の既設のスキルス・ラボに同様の規定の有無を問い合わせ、あればお願いしてそれを拝見させて頂きました。しかし、いずれもそれぞれの施設に特化したものであり、全国共通利用施設として、雛形を提示するためにはかなりの訂正を加えなければなりませんでした。結局全部で7回の訂正を行い、別の記事にあるような管理・運用規定ができあがったわけですが、それまでの変遷を通して、同様の規定を作る上で問題になりそうなところを挙げてみたいと思います。

•常勤者の有無
•対象者(学生・研修医・パラメディカル他)
•開設時間と、鍵の管理
•事前の利用申し込みの有無、必要な場合の期限
•指導(もしくは責任)教員の有無、必要ならその教員の満たすべき条件
•利用機材による制限(単なる縫合練習と、心肺蘇生モデルの利用を一律に規定できるか)
•備品の破損、消耗品の利用などのチェック、及び予算関連
 本MDセンターのラボの場合、全国共同利用施設であるという関係上、当然学外からの利用が見込まれます。本ラボの中心的な目的は、全国にスキルス・ラボ及びその運営に関する情報提供をすることにあります。そのための情報収集として東京医科歯科大学の全面的な協力が得られることになったのは非常に助かりました。しかし、その分やや一般的な管理・運営規定とはずれるところができてしまったかもしれません。各施設におかれましては、そのあたりの事情をお汲み頂いて、本規定をたたき台にしてオリジナルの規定を作って頂ければ幸いに思います。
  これらの規定を作成しているうちに重要だと感じたことと致しまして、性善説に立つか性悪説に立つかということがあります。確かにラボに置く機材は非常に高価で、学内には窃盗を目的として入り込んでいる輩(もちろん学外者)がいることも事実であります。しかしながら、あまりに利用に制限をかけてしまうことは、所期の目的からはずれる結果を招きかねず、そのあたりのかねあいが非常に難しいところです。結局本ラボとしては、テンキーを設置し、入り口に自動感知のカメラを設置することとなりました。各施設でもおそらく議論がなかなかまとまらないところではないかと思われました。
  また、ラボの利用にあたり、責任教員を必須とすべきかという点もかなり議論になりました。ラボには様々な機材がありますから、それらを一律に規定できないということもありましたが、最終的には「機材を利用するにはその機材の使用方法を熟知していなければならない、熟知していない時には熟知しているものの指導のもとに使用しなけらばならない」という規定に落ち着くこととなりました。途中には、全ての所有機材をレベルごとに0~3にまで分類し、各レベルによって「責任教員が不要」~「認定された責任教員が必須」まで分けたりもしました。ラボも鍵のかかる棚とかからない棚とを用意し、いずれにも対応できるようにもしましたが、今のところ棚の鍵は(特殊なもの以外は)かけない予定でいます。

 管理・運用規定の作成と並行して、新規ラボの開設・引っ越しをしなければなりませんでした。何枚もの申請書を書いたり、ラボの設計図を引いたりすることは、慣れない小生にとってはかなり大変な作業となりました。ラボの設計に関しては、まずは天井・床・壁をどうするかということになります。天井には、できるだけ照度の高い照明をたくさんつけることをおすすめいたします。静脈注射のシミュレータや、縫合など、思ったより手暗がりになりがちですので、特に日照の悪い場所にラボを開設する場合には、できるだけ補助灯を使わずに手元の照度を得られるようにはじめから工夫された方がよいと思われました。床は、できるだけでこぼこが無いに越したことはないのは言うまでもありませんが、できれば撥水加工の方がよいと思います。人工血液の中には、タイルなどに着くと落ちにくいものがあります。掃除のしやすさは運用上大事であると思います。壁は、塗り直すのであればできるだけ明るいものをおすすめします。これは照明と相まって手元の明るさの役に立ちます。
  次に重要なのは空調及び水道設備です。モデルの中には、高温多湿を嫌うものが多くあります。当初本ラボの移転先として、屋上にあるプレハブスペースが検討されたのですが、ここは夏の間かなりの高温になることが予想されたため廃案となりました。南に窓があるラボの場合は、夏の間は無人でも空調を効かせる必要があるかもしれません。水道設備に関して言うと、これは必須です。まず、利用の前には利用者には手洗いを励行してもらわなければなりません。これは、人工皮膚の多くのものはインクを吸収しやすく、非常に汚れやすいので、ボールペンなどで手が汚れていると困るためです。そして、機材の中には、利用後水洗いが必要なものがあります。特に人工血液を利用するものは、利用後すぐに洗って陰干しをすることが必要であるため、洗い場の他に、陰干し用のスペースも用意する必要があります。さらに、将来手洗い実習をやる予定であれば、そのことも考慮して手洗い場所を用意する必要があるでしょう。さらに電源ですが、これは見当が付かなかったので非常にたくさんのコンセントを設置しました。まだラボが本格稼働していないので何とも言えませんが、十分な容量を確保できたと思います。さらに、天井にもレールの付いた可動式のコンセントを8機設置しました。

  次に、機材の配置を考えなければなりません。今回は、最大6人が座れるテーブルの島(テーブル2脚からなる)を4つと、予備のテーブルを6脚用意しました。それらの周りには、テーブルで用いる機材を収納できるように棚を設置しました。さらに、大きなオープンスペースを取り、その周囲に心肺蘇生モデルを中心にした全身モデルなどを配置しました。これらは利用時には広い動線が必要となるため、オープンスペースの中央にモデルを移動して実習を行うこととなるでしょう。
  こういった諸々のことを考慮して、何回も何回も設計図を引き直し、ようやく平成17年の3月下旬にラボは完成し、引っ越しすることができました。
  しかし、引っ越したあとも、まだまだやることはあります。まずは書類を作らなければなりません。予約なしでも利用できますが、予約をした利用(授業を含む)が当然優先されなければなりませんから、その書式及び予約用の台帳を作ります。さらに本ラボでは利用実態を全国にフィードバックしていかなければなりませんので、利用時に記入してもらう台帳も作りました。さらには、ただ置いてあるだけでは使いにくくて仕方ありませんので、きちんと機材の所在がわかるように、シールを貼ったり、ラボの地図(機材の在処)を作って掲示したりしなければなりません。さらに、各機材には使用上絶対に守ってもらわなければならない注意などをシールにして貼りました。
  各機材とも、利用方法がわからなければいい加減に使ってしまい、結果として機材を傷めてしまう可能性があります。また、取扱説明書や、手入れ方法、付属品、消耗品などの購入に関する情報などが散乱していると運用上非常に使い勝手が悪くなると思われました。そこで、これらを全て収集して、ひとつのファイルにまとめることと致しました。
  さらに、ラボの正式オープンを前に、東京医科歯科大学内に対し、スキルス・ラボの機材の説明会を行いました。平日の日中に行ったせいか、残念ながらこれへの参加は極めて少なかったのですが、この説明会を全てビデオに撮り、後ほどDVDを作成しました。説明会は随時行っていく予定ですが、参加しなくても、このDVDを見ればある程度ポイントはつかめるようになったと思われます。
  このようにして徐々に正式オープンへの準備を整えつつ、実際には臨床診断実習などに利用してもらいながら、運用上の問題点を明らかにしていきました。例えばいくら予約を取っていたとしても、担当教官が臨床を兼務している場合、その都合で時間が大幅に変更することは茶飯であること、予約外の利用者に消耗品の利用をされてしまうと予約をしている利用者が使えないことがあることなど、細かいノウハウが蓄積されていき、その都度運用規定や細則を見直していきました。

 以上のような経過を追って、平成17年7月12日、MDセンタースキルスラボラトリーは正式にオープンいたしました。正式オープンの後も、様々な問題が噴出し、その都度改善しているため、ディズニーランドのように「永遠に未完成」な状態になっておりますが、7月23日に行われたOSCEも無事に乗り越え、管理者としてはひとまずほっとしているところです。

  今後は、利用者の利用状況をデータベース化し、スキルアップにどうつながったかなどを解析していく予定であります。本小冊子が皆様のお役に少しでも立てば幸いと思っております。