藤吉好則:主な研究結果の解説
1.はじめに(分子構造の観察と電子線損傷)

図1 加速電圧500kVの電子顕微鏡で撮影した塩化フタロシアニン銅の分子像。

図2 MDSで撮影したAg-TCNQの分子像。右下に構造を表示。

図3 気液界面膜の暗視野像。脂質分子が存在する部分が白く見え、黒い部分は穴である。
2.クライオ電子顕微鏡の開発

図4 低温ステージの模式図。液体ヘリウムタンクは完全に液体窒素で冷却された金メッキした銅板でシールされている。

図5 クライオ電子顕微鏡用ステージ。液体窒素タンクを外した状態で液体ヘリウムタンクとポットが見える。

図6 クライオ電子顕微鏡開発の推移。1983年から開発を開始して、1986年に最初のクライオ電子顕微鏡の開発に成功してから、改良を重ねてきた。第8世代のクライオ電子顕微鏡(JEM-Z320FHC)を2020年に開発して活用している。
3.電子線結晶学による膜タンパク質の構造解析

図7 電子線結晶学で構造解析された光合成アンテナタンパク質の構造。膜面に水平方向から見た構造。
4.クライオ電子顕微鏡によるウイルス像の観察

図8 クライオ電子顕微鏡で撮影したインフルエンザウイルス像。脂質2重膜構造ではない。

図9 インフルエンザウイルスの構造モデル。エンベロープは脂質2重膜ではなく、脂質1重膜に裏打ち構造からなる。
5.バクテリオロドプシンの構造解析

図10 クライオ電子顕微鏡と電子線結晶学を用いて解析したバクテイロドプシンと脂質分子の構造。

図11 チャージアップによる像のシフトとcarbon sandwich法による問題改善を示す模式図と実際の結果。
6.水チャネル(電子線結晶学)

図12 Engel等と共同で電子線結晶学により解析したAQP1の右巻ヘリカルバンドル構造。

図13 電子線結晶学で解析したヒトAQP1の構造。
この構造解析結果を基に、水チャネルの速い水透過と高い水選択性の機能を理解するモデル、Hydrogen-Bond Isolation Mechanismを提案した(Nature, 407, 599-605, 2000)。その結果、K+イオンチャネルのイオン選択性の機構を解明したMacKinnonとともに、共同研究者Agreが2003年のノーベル化学賞を受賞した。しかし、このAQP1の構造は分解能が3.8Åと低く、チャネル内の水分子を観察できていなかったので、この時点ではHydrogen-Bond Isolation Mechanismはチャネルの構造から考案した単なる仮説に過ぎなかった。

図14 電子線結晶学で1.9 Å分解能で解析したAQP0の構造。脂質分子も観える。

図15 水チャネルの2本の短いへリックスが形成するへリックス双極子によって、チャネル内の水分子が配向され、それと呼応する位置にカルボニル基が配置され、チャネル内の水分子はカルボニル基と水素結合を形成することによって、8か所にある水分子が観察された。

図16 浸透圧や水透過のセンシングをAQP4の弱い接着によって行っている可能性を示すモデル図。

図17 電子線結晶学では、脂質膜の中で構造解析できているが、X線結晶学では脂質分子が除かれているために、短いヘリックスの静電場が弱くて、水分子が配向できていないために水分子が入りやすい位置が形成されていない。
脂質膜内で構造解析する電子線結晶学では、生理的条件に近い状態での解析ができているので水分子が配向し、その配向に呼応する位置にカルボニル基が水素結合を形成できるように配置されて、水分子が存在しやすい8個の位置がチャネル内に形成されている(図15、図17)。
一方、脂質膜が無いX線結晶学での解析では、この静電場が弱くて水分子を配向できないことによって水分子が存在しやすい位置がチャネル内に形成されないために、密度図がボケていると解釈される(図17参照)。
これまでに構造解析された全てのチャネルには短いヘリックス構造が観られている。それゆえ、脂質膜内においてヘリックス双極子が形成する静電場が、いろいろなチャネルにおいても重要な生理機能を担っていることが示唆される(Review: Proc. Jpn Acad., Ser B., 91, 447-468, 2015)(図18)。少なくとも、カチオンチャネルは短いヘリックスのC末端側がカチオンの入る位置に向いており、イオンがチャネル内に入りやすくしており、アニオンチャネルでは、N末端側がアニオンを入りやすくしていると考えられる。

図18 水チャネルとイオンチャネルに見られる短いへリックスのヘリカル双極子の重要性を示唆する例。
7.イオンチャネル

図19 バクテリア由来の電位感受性Na+チャネルは6回膜貫通ヘリックス構造を有しており(A)、それが4量体を形成している(B)。ただし、ポアドメインと電位感受性ドメインは1つ離れた隣に配置している。
電位感受性Na+チャネルのinactivationの機構を理解するために、このタイプのチャネルのC末端部分の構造解析と、変異体の構造情報と電気生理学的測定の結果から、C末端部分に形成されるヘリカルバンドルの安定性がinactivationの速さを制御していることを解明した(Nature Comms, 3, 793, 2012)(図20)。
また、電位感受性Na+チャネルの2つの状態の構造を電子線結晶学で解析することによって、ゲーティング機構の一端が理解できるようになってきた(J. Mol. Biol., 425, 4074-4088, 2013)(図21)。

図20 C末端が形成する4本のヘリカルバンドルがinactivationに関わっており、それが安定なほどinactivationが速くなっている。

図21 Na+チャネルの2つのコンフォメーションの構造。
ゲーティング機構を理解するためにはresting stateの構造が必要であるが、膜電位が存在する状態での構造解析は困難であった。しかし、R. MacKinnon等はこのような解析をproteoliposomeの中にKV7.1 (KCNQ1)が存在する状態で解析して、見事に膜電子がかかった状態の構造を解析できるようにした(VS Mandala, R MacKInnon, PNAS, 120, 2301985120, 2023)。この様な方法により、電位感受性のゲーティング機構が詳細に理解できるようになる可能性があり興味深い。
8.アセチルコリン受容体

図22 アセチルコリン受容体のチューブ状結晶を撮影したフィルム。G3 cryo-EM

図23 アセチルコリン受容体のゲーティングモデル。
9.ギャップジャンクションチャネル

図24 電子線結晶学で解析したコネキシン-26のM34A変異体の構造。
さらに、X線結晶学を用いてワイルドタイプのコネキシン-26の構造が解析され、原子モデルが提案された(Nature, 458, 597-602, 2009)(図25)。
組織内でのギャップジャンクションチャネルの構造を解析するために、Lateral giant fiberの電気シナプスの構造を電子線トモグラフィー法で解析して、ギャップジャンクションが近傍に多く存在するベシクルと連結している構造を観察した(J. Struct. Biol., 175, 49-61, 2011)(図26)。

図25 コネキシン-26の構造とチャネル構造の模式図。

図26 電子線トモグラフィーで解析したベシクルを含むギャップジャンクションの立体的構造。

図27 クライオ電子顕微鏡と単粒子解析法を用いて解析したイネキシン-6が形成するギャップジャンクションの構造解析結果。結晶学では解析できなかった細胞質側の構造も構造モデルが作製出来る構造解析が可能であった。

図28 Innexinの界面活性剤中での構造(左)とnanodiscでの構造解析(右)。脂質膜中ではチャネル内に脂質分子が入ってInnexinのN末端部分を押し上げている。

図29 Pannexinのnanodiscでの構造解析。Probenecid非結合(右)と結合(左)の構造。この記憶改善薬から痛風薬などの幅広い効果が知られているProbenecidによって、脂質が膜内に入ってチャネルを閉じている構造が解析された。

図30 Innexinについての脂質分子が関与するgating model: lipid mediated gating mechanism。
10.タイトジャンクション

図31 タイトジャンクション(TJ)によるバリア形成を赤色の線で示す。血液脳関門とそれを形成するTJの拡大した模式図を右に示す。
そして、この構造に基づいてTJの構造モデルを提案した(J. Mol. Biol., 427, 291-297, 2015)(図33)。

図32 クローディンの構造。4本の膜貫通ヘリックスが左巻きのヘリカルバンドルを形成し、細胞外で5本のシート構造を形成している。それゆえ、手のひらモデルを提案した。またTJストランドを形成する相互作用様式を示唆される結果を得た。

図33 クローディン‐15の構造を基に作製したTJのダブルロウモデル。パラセルラーチャネル機能も理解できる。

図34 クローディン-19とC-CPEとの構造を解析して提案したTJを崩壊させるモデル。C-CPEが結合していない構造と比較することで、より深く理解できる。

図35 クローディン-3とC-CPEとの複合体の構造に加えて、へリックス3の1残基の変異体の構造を解析して提案したTJストランドの性質を変えるモデル。
これらの構造情報は、血液脳関門を始めとするパラセルラーチャネルの透過制御薬開発の参考になると考えられる。さらにクローディン-3とC-CPEとの複合体の構造を解析し、3番目のヘリックスに存在するアミノ酸の変異体の構造も解析することによって、クローディンの3番目のヘリックスの傾きに影響する一つのアミノ酸残基の変異によって、TJのストランドの形状が影響を受けることを明らかにした(Nature Comms, 10, 816, 2019)(図35)。
阿部一啓博士は、X線結晶学を用いて、胃をpH1という酸性条件にまでプロトンをポンピングできるH+,K+-ATPaseの構造解析を行い、100万倍という高いプロトンの濃度勾配にまでポンピングできる分子機構を解明するとともに、胃薬の結合様式が複合体の構造を解析しなければ明らかにはできない、クリプトサイトへ結合していることなどを解明した(Nature, 556, 214-218, 2018)。
11.Gタンパク質共役型受容体(X線結晶学)

図36 エンドセリンB型受容体とそれにそれぞれのリガンドが結合した構造。
12.単粒子解析法とクライオ電子顕微鏡システム

図37 Hub centerに設置したクライオ電子顕微鏡を遠隔操作するシステム。
13.水チャネル(単粒子解析法)

図38 第8世代のクライオ電子顕微鏡を用いて構造解析されたAQP2の構造。
14.RNA標的創薬

図39 クライオ電子顕微鏡を用いて解析したJ-K-St RNAと宿主細胞の翻訳開始因子との複合体の構造。
15.Gタンパク質共役型受容体(単粒子解析)と構造創薬

図40 クライオ電子顕微鏡を用いて解析したHCA2とHCA3のリガンド結合構造。
なお、以上の研究成果は、本文中に記載した共同研究者だけでなく、それぞれの論文の著者諸氏との共同研究によるものであり、共同研究者の皆様に感謝する。
Drug Rescuing: 製薬企業などには、創薬標的として有望な分子とそのリード化合物が得られていても、前臨床、臨床などの過程において問題が生じたために薬が販売できなかった例が、多く蓄積されていると思われる。これらの創薬標的とリガンドとの複合体の構造を解析することによってリガンド結合の詳細な構造情報が得られるので、標的分子とリガンドとの相互作用を再設計することが出来る。また、リガンド結合に影響を与えないリガンド部分を知ることが出来る。この部分の化学構造を結合能に影響を与えることなく改変することによって、副作用が軽減できる可能性がある。この様に、詳細な構造情報に基づいて、薬となりきれていなかった創薬標的とそれと結合する候補化合物を薬として作りきる効率の良い創薬戦略をこの様に命名している。 |