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精神遅滞原因遺伝子PQBP1は遺伝学的に寿命に影響する (2012)

私たちの研究室は、アルツハイマー病、パーキンソン病に次いで頻度の高い神経変性疾患であるポリグルタミン病の病態解明に取り組んでいるが、これらの変性疾患の原因タンパク質は正常タンパク質と結合して機能阻害を起こすと考えられている。私たちはポリグルタミン配列に結合する新規タンパク質としてPQBP1を10数年前に発見した(Waragai et al., Hum Mol Genet 1999)。PQBP1は、核優位に存在する(しかし細胞質との間を行き来する)タンパク質であり、転写とスプライシングのカップリングに関わりスプライソゾームに含まれること、細胞のストレス下でストレス顆粒に含まれることが知られ、転写ならびに転写後の遺伝子発現調節に関わることが、私たちや他の研究グループによって明らかにされてきた。また、PQBP1遺伝子変異自体は、ヨーロッパから西アジア、アフリカにかけての地域(およびアメリカ大陸)で、頻度の非常に高い精神遅滞の原因遺伝子であることが、明らかになってきた。

今日的な視点からすると、PQBP1は遺伝子発現スペクトラムに広汎な影響を与えうる遺伝子であり、その変化が精神遅滞(知的障害)あるいは神経変性に関わるものという仮説が可能である。現在、私たちはモデルマウスを確立して遺伝子発現変化と症状発現の関連について詳細を解析しているが、一方で、PQBP1の発現量変化が個体レベルで寿命とどのような関係にあるかを検討した。私たちは、PQBP1の機能低下が知的障害の症状につながることを、ショウジョウバエレベル、マウスレベルで確認済みであり(Ito et al. Hum Mol Genet 2009; Tamura et al., J Neurosci 2010)、その補正を目指した治療を考慮している。その際にはPQBP1補正の作用と副作用を個体レベルで概観する必要性があり、本年度の研究はそれに対応するものである。

PQBP1変異を持つショウジョウバエが学習機能低下を示すことは既に報告している(Tamura et al., J Neurosci 2010)。本年度の研究はPQBP1変異ショウジョウバエの寿命が明らかに短縮している所見から始まった。特異的なドライバーを用いてPQBP1の発現を全身レベルで上昇させる、あるいは、神経細胞のみで上昇させることによって、学習障害および寿命短縮に対してどのような効果があるかを観察した。その結果、PQBP1遺伝子発現量と寿命においては、正常ハエ発現量以下ではおよそ正の相関が見られるが、正常ハエ発現量を上回ると逆に寿命が短縮することが分かった(図1)。また、PQBP1遺伝子発現量と学習能力においては、正常ハエ発現量以下においては、やはり正の相関が認められるが、正常ハエ発現量を上回っても学習能力の悪化は認められなかった(図2)。次に、PQBP1のノックダウンを、全身発現と神経細胞発現のドライバーを用いて組織特異的に行ったところ、全身発現では極端な寿命短縮を認めたが、神経細胞に於けるノックダウンは軽度な寿命短縮に止まった。また、神経細胞のみの過剰発現では寿命の短縮は見られなかった(図3)。

図1:PQBP1発現量とショウジョウバエ寿命(最長寿命)の関係

図2:PQBP1発現量と学習能力の関係

図3:PQBP1の組織特異的ノックダウンによる生存曲線の変化
tubulinドライバーは全身組織でのノックダウン、GH146とC747は神経細胞におけるノックダウンの目的で用いられた。

これらの結果は、全身組織におけるPQBP1の過剰あるいは過少発現は寿命に大きな影響を与えうるが、脳においては過少発現が学習能力低下と若干の寿命短縮につながるものの、脳の過剰発現は学習能力を改善するに止まり、寿命の短縮も延長も起こさないことを意味している。これは、将来に向けて治療戦略を考える上で有用な知識である。また、本研究ではPQBP1遺伝子変異によるショウジョウバエ遺伝子の網羅的発現解析も併せて行っており、現在進行中のマウスでの発現プロファイル解析と併せて、知的障害の発症メカニズムに有用な知識が得られつつある。

PQBP1の構造解析

私たちはKing’s College of LondonのグループとPQBP1の構造解析について共同研究を行っている。PQBP1のN末側から約3分の1に位置するWWドメインの構造解析については既にNature姉妹誌などに報告があるが、中央からC末端のC-terminalドメインについては構造が十分には分かっていなかった。彼らの構造解析により、C-terminalドメインは天然変性タンパク質としての性質を有することが明らかになった。

神経病理学分野