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藤吉好則:主な研究結果の解説

「クライオ電子顕微鏡の開発と構造生理学と命名した分野での研究」

(この解説では、歴史的に重要な本来引用すべき他のグループの論文を引用していないことを付記する)


図1 加速電圧500kVの電子顕微鏡で撮影した塩化フタロシアニン銅の分子像。

ヒトの能力や個性が形成される分子機構に興味があり、脳や神経系の機能を分子間の相互作用のレベルから理解したいという素朴な思いから量子化学を学んだが、分子間相互作用を計算しようとすると、タンパク質をはじめとする生体高分子の原子座標が必要不可欠なので、分子の立体構造を高い分解能で解析できるX線結晶学を学んだ。しかし、位相の決定が容易ではなかったので、位相問題を解決する方法として、電子顕微鏡により重原子か分子構造を直接観察できれば位相が計算できるかもしれないとの単純な考えから電子顕微鏡を学ぶことにした。しかし1970年代の電子顕微鏡の分野では、電子顕微鏡で原子が観察できるか否かの議論がなされていた。電子顕微鏡により分子構造が観察できることを確認するために、平面的分子構造を有しており有機分子の中では比較的電子線損傷を受けにくい塩化フタロシアニン銅を用いて、高分解能の電子顕微鏡像を撮影することに成功した(Chenica Scripta., 14,47-61, 1979)(図1)。

図2 MDSで撮影したAg-TCNQの分子像。右下にモデルを表示。

ただし、この塩化フタロシアニン銅の分子構造を高分解能で直接観察するには、正確に焦点を合わせる必要があった。ところが有機分子は、焦点合わせのために照射される電子線により損傷を受けてしまう。この問題を解決するために、焦点合わせで照射される電子線量を最少にするMinimum Dose System(MDS)と命名した装置を開発した(Ultramicroscopy, 5, 459-468, 1980)。このMDSを用いることで、電荷移動錯体などの有機分子の構造を高分解能観察できるようにした(Nature, 285, 95-97, 1980)(図2)。

図3 気液界面膜の暗視野像。脂質分子が存在するのが白い部分で、黒い部分は穴である。

本来の目的であるタンパク質の構造解析のための電子顕微鏡像を高い分解能で撮影するには、試料の乾燥による変性と電子線損傷という2つの問題への対応が必要である。試料が乾燥する問題は、Dubochetらが開発した急速凍結による非晶質の氷に包埋する方法で解決されたが、電子線損傷は電子顕微鏡像の分解能を制限する最も深刻な問題であった。電子線損傷を軽減して高分解能の構造解析を行うためには、2次元結晶を作製する必要があった。そのために気液界面で2次元的な“場”を作り、タンパク質を吸着、あるいは結合させて2次元結晶を作製する試みを行った。しかし様々な理由から、この試みは成功しなかった。その1つの理由として、気液界面は理想的に均一な水面膜を形成するのではなく、欠陥の多い膜になってしまうことを確認することになった(Nature, 327, 319-321, 1987)(図3)。

図4 極低温クライオ電子顕微鏡開発の推移。1983年から開発を開始して、1986年に最初のクライオ電子顕微鏡の開発に成功してから、改良を重ねてきた。第8世代の極低温クライオ電子顕微鏡を2020年3月には開発予定。

高分解能の電子顕微鏡像を撮影する上で電子線損傷は最大の問題なので、タンパク質や核酸の結晶を用いて、電子線損傷の温度依存性を定量的に測定した。その結果、試料を20K(ケルビン)以下と8K以下に冷却すると室温と比較して、それぞれおよそ1/10と1/20に電子線損傷を軽減できるという結果を得た。それゆえ、1983年から極低温クライオ電子顕微鏡の開発を開始して、1986年に第一世代のクライオ電子顕微鏡を開発することに成功したが、この装置を実際に使用して、問題点などを改良してから論文を発表した(Ultramicroscopy, 38, 241-251, 1991)。その後、このタイプのクライオ電子顕微鏡の操作性や性能の向上を目指して、改良を重ねた(Review: Proc. Jpn Acad., Ser B., 91, 447-468, 2015)。2019年現在、第8世代のクライオ電子顕微鏡の開発を進めており、2020年3月の完成を予定している。これまでに開発を進めたクライオ電子顕微鏡を図4に示す。また、日本電子が開発したCryo-ARM(JEM-Z300CF)の開発にも協力し、活用して研究を進めている(図31)。

図5 極低温クライオ電子顕微鏡を用いて解析された光合成アンテナタンパク質の構造。膜面に水平方向から見た構造。

独自に開発したクライオ電子顕微鏡を用いることによって膜タンパク質の高分解能の構造解析ができるようになった。例えば、光合成のアンテナタンパク質であるLHC-IIの2次元結晶がKühlbrandtとWangによって作製され、我々の極低温クライオ電子顕微鏡を使って3.4Å分解能で構造解析された。これとは異なる別のクライオ電子顕微鏡を用いて行われた低い分解能の解析では、構造の間違いを含んでいたが、高分解能の解析によってこの光合成アンテナタンパク質の機能が分子構造に基づいて理解できるようになった(Nature, 367, 614-621, 1994)(図5)。

この極低温クライオ電子顕微鏡の性能をインフルエンザウィルスなどの試料を用いて確認する実験を行っていたが、氷包埋像から興味深いインフルエンザウィルスの像が観察された(図6)。これらのクライオ電子顕微鏡像から、インフルエンザウィルスのエンベロープは、脂質2重膜ではなく、脂質1重膜にMタンパク質の裏打ち構造を形成していることを提案した(EMBO J. 13, 318-326, 1994)。クライオ電顕像から提案しているインフルエンザウィルスのモデルを図7に示す。

図6 極低温クライオ電子顕微鏡で撮影したインフルエンザウィルスの像。脂質1重膜と裏打ち構造が観られる。

図7 クライオ電子顕微鏡観察から提案したインフルエンザウィルスの構造モデル。エンベロープは脂質2重膜ではなく、脂質1重膜に裏打ち構造からなる。

図8 Henderson等の方法に従いクライオ電子顕微鏡と電子線結晶学を用いて解析したバクテイロドプシンと脂質分子の構造。

膜タンパク質で構造が最初に解析されたのは、プロトンポンプの機能を有するバクテリオロドプシンで、HendersonとUnwinにより、1975年に7Å分解能で膜タンパク質の初めての立体構造が解析された。このパイオニアの手法に従って、極低温クライオ電子顕微鏡を活用してデータ収集することで、このバクテリオロドプシンの構造を3Å分解能で解析することに成功した(Nature, 389, 206-211, 1997)(図8)。このような電子線結晶学による構造解析手法は、膜タンパク質が本来存在する脂質膜内にある状態で構造解析できるという重要な特徴を有している。また、液体ヘリウム温度にまで試料を冷却できる安定で高性能なクライオ電子顕微鏡を用いてデータを収集しているので、高い分解能の構造解析が可能になった。この後、電子線結晶学により高分解能で構造解析された膜タンパク質は、このタイプのクライオ電子顕微鏡を用いて解析された。

図9 チャージアップによる像のシフトとcarbon sandwich法による問題改善を示す模式図と実際の結果。

なお、電子線結晶学によって構造解析する場合には、クライオ電子顕微鏡で高い分解能の像を撮影して位相情報を計算し、回折像から振幅の情報を求めて、立体構造を計算するのであるが、傾斜した試料の高分解能の像を撮影する場合に、試料がチャージアップするために像がシフトすることによって、ぼけてしまう問題が生ずる。この問題のために、特に高い角度で傾斜した試料からの高分解能像を撮影できる割合は、2%程度であった。このような像の劣化を軽減する方法としてCarbon Sandwich法を開発した。この方法では、試料を対称的にすることにより、像のシフトがない良い像が撮影できる割合は90%を超えるようになった(J. Struct. Biol., 146, 325-333, 2004)(図9)。

図10 Engel等と共同で電子線結晶学で解析したAQP1の右巻ヘリカルバンドルの構造。

さて、ヒトの身体は70%近くの割合で水を含んでおり、特に脳は水の割合が80%以上に達している。まだ謎は多いが、ヒトには13種類の水チャネルが発現しており、様々な生理機能に関わっている。水チャネルであることが最初に確認できたヒト由来の水チャネル、アクアポリン-1(AQP1)の構造をEngel等と共同で電子線結晶学を用いて構造解析することで、右巻きのヘリカルバンドル構造を解明した(Nature, 387, 624-627, 1997)(図10)。

図11 電子線結晶学で解析したAQP1の構造。

このAQP1は、多くの組織での発現がみられ、1つのチャネルで1秒間に30億分子もの水を透過しながら、いかなるイオンもプロトンも透過させない。水チャネルが水分子を透過させるときにイオンを透過させてしまうとイオンチャネルが機能できなくなってしまう。さらに重要なことに、pHは細胞の生死にも関わるので、水が透過するときにプロトンを透過させないことは、水チャネルに課せられた必須の機能である。しかし、プロトンはヒドロニウムイオンが物理的に移動しなくても、水分子が通常形成している水素結合のネットワークを通して容易に伝搬してしまう。プロトンの伝搬を止めるために水分子の水素結合のネットワークを断ち切ろうとすると、エネルギー障壁が高くなって、1秒間に30億もの水分子を透過できなくなってしまう。クライオ電子顕微鏡と電子線結晶学を用いて、AQP1の構造を解析することによって水チャネルの複雑な折れたたみ構造が明らかになった(図11)。

この構造解析結果を基に、水チャネルの速い水透過と高い水選択性の機能を理解するモデルを作製して、Hydrogen-Bond Isolation Mechanismを提案した(Nature, 407, 599-605, 2000)。その結果、K+イオンチャネルのイオン選択性の機構を解明したMacKinnonとともに、共同研究者が2003年のノーベル化学賞を受賞した。しかし、このAQP1の解析は分解能が3.8Åと低く、チャネル内の水分子を観察できていなかったので、この時点ではHydrogen-Bond Isolation Mechanismはチャネルの構造から考案した単なる仮説に過ぎなかった。

図12 電子線結晶学で1.9 Å分解能で解析したAQP0の構造。脂質分子も観える。

学生時代から日本に滞在して水チャネルで共同研究を進めていたWalz博士は、Harvard Medical Schoolの教授(現Rockefeller Universityの教授)になっていたが、そのWalzのグループがAQP0の素晴らしい2次元結晶を作製することに成功したので、電子線結晶学の最高分解能である1.9Åでの構造が解析できた(Nature, 438, 633-638, 2005)(図12)。

その結果、チャネル内の水分子を分離して観察することができて、上記のモデルで仮定したように、水チャネルで高度に保存されているNPA(アスパラギン、プロリン、アラニン)モチーフのアスパラギンのアミド基と近傍に来た水分子が水素結合を形成し、その上下の水分子との水素結合が断ち切られていることを示す水分子の配置が確認された。しかし、解析されたAQP0はチャネルが閉じた状態の構造で、実際チャネル内には3個の水分子しか観察されなかった。それゆえ、AQP0の解析では速い水の透過機構を説明することはできなかった。AQP1とAQP0は、それぞれヒトの赤血球と羊の目のレンズから精製して結晶化されたが、水チャネルAQP4の発現系を確立することによって、電子線結晶学による高分解能の構造解析に成功した。この解析から、AQP4の興味深い機能が示唆されるとともに、チャネル内の8個の水分子を分離して観察することができた(J. Mol. Biol., 355, 628-639, 2006/ J. Mol. Biol., 389, 694-706, 2009)。その結果、2000年にモデルを提案して、2003年にノーベル化学賞が授与されたHydrogen-Bond Isolation Mechanismのモデルが正しいことを、構造に基づいて確認することができた(図13)。

また、このAQP4の構造解析の結果、この分子は水チャネルでありながら細胞接着性の機能も有することが示唆された。さらなる研究が必要ではあるが、グリアルラメラなどにおいてAQP4が細胞接着能を有しており、しかもその比較的弱い接着能が、この水チャネルの生理機能と関わっていると考えられる。実験的に証明する必要があるが、例えば、グリアルラメラはAQP4により接着されているが、そのチャネルは上下のAQP4でずれているので、水が透過する圧力で弱い接着が離れることにより浸透圧や水透過のセンシングをしている可能性がある(図14)。

図13 水チャネルの2本の短いへリックスにより形成されるへリックス双極子によって、チャネル内の水分子が配向され、カルボニル基と水素結合を形成する。

図14 浸透圧や水透過のセンシングをAQP4の弱い接着によって行っている可能性を示すモデル図。

図15 電子線結晶学では、脂質膜の中で構造解析できているが、X線結晶学では脂質分子が除かれているために、短いヘリックスの静電場が弱くて、水分子が配向できていないために水分子が入りやすい位置が形成されていない。

その後、X線結晶学を用いて、StroudのグループがAQP4の構造をより高い分解能での構造解析を行った。しかし、チャネル内の水分子の密度図はボケていて、水分子の位置を分離して観察できなかった。その理由は、電子線結晶学ではAQP4の構造が脂質膜の中で解析されているが、X線結晶学では界面活性剤で脂質膜を除いた状態で構造解析されていることに起因する。すなわち、脂質2重膜は特徴的な比誘電率の分布を示し、すべての水チャネルで保存されている2本の短いヘリックスが強い双極子による静電場を与え、チャネル内で水分子を配向させる(図13図15を参照)。

電子線結晶学では、生理的条件に近い状態での解析ができているので水分子が配向し、その配向に呼応する位置にカルボニル基が水素結合を形成できるように配置されて、水分子が存在しやすい8ヶ所の位置がチャネル内に形成されている(図13)。

一方、脂質膜が無いX線結晶学での解析では、この静電場が弱くて水分子を配向できないことによって水分子が存在しやすい位置がチャネル内に形成されないことで、密度図がボケていると解釈される(図13図15参照)。

これまでに構造解析された全てのチャネルには短いヘリックス構造が観られるので、脂質膜内でヘリックス双極子が形成する静電場が、チャネルの重要な生理機能を担っていることが示唆される(Review: Proc. Jpn Acad., Ser B., 91, 447-468, 2015)(図16)。

図16 全てのイオンチャネルに見られる短いへリックスのヘリカル双極子の重要性を示唆する例。

図17 AQP4の阻害剤Acetazolamideの濃度依存的阻害効果を確認。その化学構造も示す。

ところで、お酒を飲むと我々の脳でのAQP4の発現量が増加する。この様な場合に酔っぱらって頭を強打すると、脳浮腫により命を落とすことがある。それゆえ、AQP4の阻害剤を探索して、AcetazolamideがAQP4を阻害することを見出した(J. Struct. Biol., 166, 16-21, 2009)(図17)。

図18 バクテリア由来の電位感受性Na+チャネルは6回膜貫通ヘリックス構造を有しており(A)、それが4量体を形成している(B)。ただし、ポアドメインと電位感受性ドメインは1つ離れた隣に配置している。

チャネルの水やイオンの選択性の機構と共にゲーティング機構は、電位感受性イオンチャネルやアセチルコリン受容体などにおいて重要な研究課題となっている。電位感受性Na+チャネルの理解のために、バクテリア由来のNa+チャネルを用いて研究を行っている。このタイプのチャネルはホモ4量体を形成している(図18)。

電位感受性Na+チャネルのinactivationの機構を理解するために、このタイプのチャネルのC末端部分の構造解析と、その結果から重要と思われるアミノ酸の変異体の電気生理学的測定によって、C末端部分に形成されるヘリカルバンドルの安定性がinactivationの速さを制御していることを解明した(Nature Comms, 3, 793, 2012)(図19)。

また、電位感受性Na+チャネルの2つの状態の構造を電子線結晶学で解析することによって、ゲーティング機構の一端が理解できるようになってきた(J. Mol. Biol., 425, 4074-4088, 2013)(図20)。

図19 C末端が形成する4本のヘリカルバンドルがinactivationの速さを制御しており、安定なほどそれが速くなっている。

図20 Na+チャネルの2つのコンフォメーションの構造。

チューブ状の結晶を用い極低温クライオ電子顕微鏡法を駆使することによって、神経筋接合部で重要な機能を担っているアセチルコリン受容体のレスティング状態の構造をUnwinとの共同研究で解析して、原子モデルを提案した(Nature, 423, 949-955, 2003)。さらに、Unwin博士が開発したスプレー急速凍結法を用いて、アセチルコリンが結合しチャネルが開いた状態の構造と閉じた構造を比較するとこによって、リガンドゲーティングのモデルを提案した(J. Mol. Biol., 422, 617-634, 2012)。

図21 電子線結晶学で解析したコネキシン-26のM34A変異体の構造。

多細胞生物は、細胞間を繋ぐギャップジャンクションチャネルによって、物質や情報を効率良く交換している。すなわち、ギャップジャンクションチャネルは、発生制御や、炎症、細胞死、免疫応答、筋収縮などに関わっている細胞間をつなぐ興味深いチャネルで、脊椎動物にはコネキシンが、無脊椎生物にはイネキシンが発現して、ギャップ結合を形成している。難聴などに関わるコネキシン-26の変異体の構造を電子線結晶学を用いて解析することで、チャネル内に何かチャネルを塞ぐような構造があることを発見した(PNAS, 104, 10034-10039, 2007)(図21)。

さらに、X線結晶学を用いてワイルドタイプのコネキシン-26の構造を解析して原子モデルを提案した(Nature, 458, 597-602, 2009)(図22)。

組織内でのギャップジャンクションチャネルの構造を解析するために、Lateral giant fiberの電気シナプスの構造を電子線トモグラフィー法で解析して、ギャップジャンクションが近傍に多く存在するベシクルを連結している構造を観察した(J. Struct. Biol., 175, 49-61, 2011)(図23)。

図22 コネキシン-26の構造とチャネル構造の模式図。

図23 電子線トモグラフィーで解析したベシクルを含むギャップジャンクションの立体的構造。

図24 単粒子解析法で解析したイネキシン-6が作るギャップジャンクションの構造。細胞質側の構造も解析できている。

ギャップジャンクションは大きなチャネル径を有しているが、複雑なゲーティング機構で制御されると共に、速いゲーティング制御も行っている。発展が目覚ましい単粒子解析法を用いることによって、イネキシンの構造を2か月という短期間で構造解析することに成功したが、単粒子解析では、複雑なゲーティング制御などに重要と思われる細胞質側のドメインの構造もきちんと解析できている(Nature Comms, 7, 13681, 2016)(図24)。

図25 タイトジャンクション(TJ)によるバリア形成を赤色の線で示す。血液脳関門とそれを形成するTJの拡大した模式図を右に示す。

我々の身体は、上皮細胞などによって外界と仕切られており、器官などのコンパートメントも仕切られている。それゆえ、上皮細胞間は、タイトジャンクション(TJ)と呼ばれるバリアによってシールされている。ただし、このTJは単にバリアとしてだけではなく、パラセルラーチャネルとして、イオンなどについて、ある程度の選択的な透過制御機構をも担っている(図25)。

図26 TJのカギとなるクローディンの構造を解析して、4本の膜貫通ヘリックスが左巻きのヘリカルバンドルを形成し、細胞外のセグメントが5本のシート構造を形成していることなどを解明した。

X線結晶学を用いることで、TJを形成する中心的分子であるクローディンの構造を解析することに初めて成功した(Science, 344, 304-307, 2014)(図26)。

そして、この構造に基づいてタイト結合の構造モデルを提案した(J. Mol. Biol., 427, 291-297, 2015)(図27)。

図27 クローディン‐15の構造を基に作製したTJのダブルロウモデル。パラセルラーチャネル構造も説明する。

また、ウェルシュ菌毒素がTJの構造を崩壊させることを確認できたので、中枢神経作用薬の透過制御ができる可能性がある(図28)。それゆえ、ウェルシュ菌毒素のC末端側ドメイン(C-CPE)とクローディン-19との複合体の構造を解析して、タイト結合を崩壊させる分子機構を解明した(Science, 347, 775-778, 2015)(図29)。これらの構造情報は、血液脳関門を始めとするパラセルラーチャネルの透過制御薬開発の参考になると考えられる(図28)。

図28 ウェルシュ菌毒素のC末端側ドメインがTJを崩壊させるので、このような機構をミミックして血液脳関門などにあるTJの透過制御を行うモデル図。

図29 クローディン-19とC-CPEとの構造を解析して提案したTJを崩壊させるモデル。C-CPEが結合していない構造と比較することで、より深く理解できる。

図30 クローディン-3とC-CPEとの複合体の構造とへリックス3の1残基の変異体の構造を解析して提案したTJストランドの性質を変えるモデル。

さらにクローディン-3とC-CPEとの複合体の構造を解析し、3番目のヘリックスに存在するアミノ酸の変異体の構造も解析することによって、クローディンの3番目のヘリックスの傾きに影響する一か所のアミノ酸残基によって、タイト結合のストランドの形状が制御されていることを解明した(Nature Comms, 10, 816, 2019)(図30)。

同じくX線結晶学を用いて、胃をpH1という酸性条件にまでプロトンをポンピングできるH+,K+-ATPaseの構造解析を行い、100万倍という高いプロトンの濃度勾配にまでポンピングできる分子機構を解明するとともに、胃薬の結合様式が複合体の構造を解析しなければ明らかにはできない、クリプトサイトへ結合していることなどを解明した(Nature, 556, 214-218, 2018)。

また、18年という長い年月をかけて、血圧の制御などに関わるGタンパク質共役型受容体であるエンドセリン受容体の構造をX線結晶学を用いて解析した(Nature, 537, 363-368, 2016)。このような構造解析を可能にするために、構造安定化変異体を系統的に探索して見出すことによって(J. Mol. Biol., 428, 2265-2274, 2016)、アゴニストやアンタゴニストなどとの複合体の構造を解析することができた(Nature Struct. Mol. Biol., 24, 758-764, 2017)。

図31 クライオ電子顕微鏡を遠隔操作するシステム。

脳を始めとする我々の身体の生理機能を理解するために、様々なチャネルの選択性の機構の解明を目指して研究を進めてきたが、チャネルのゲーティング機構の解明も進んできている。特に、クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析法を用いると、高分解能の構造を解析するために結晶を作製する必要がないので、膜タンパク質を含む複雑な生体高分子の構造を次々と構造解析できるようになってきている。

この構造生物学の劇的な変化を受けて、この分野のパイオニアであるDubochet、Frank、Hendersonの3名に2017年のノーベル化学賞が授与された。その1つの理由は、医学や基礎生物学のみならず、創薬などの応用科学分野にもクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析研究が大いに役に立つと期待されていることにあると思われる。この様な構造生物学の大きな変化に呼応して、多くの組織やグループがクライオ電子顕微鏡に興味を持つようになってきた。しかし、高度な維持管理が必要であり、高額な装置を個々の製薬企業やアカデミアの研究グループに設置し維持することは容易ではない。しかも、最近ネットワークが著しく速くなってきているので、遠隔操作によりクライオ電子顕微鏡像を撮影することが可能になってきている。それゆえ、東京医科歯科大学では、ハブセンターに設置したクライオ電子顕微鏡を遠隔操作するシステムを設置して、クライオ電子顕微鏡試料の観察や撮影を行うことが出来るようにしている(図31)。

膜蛋白質の高分解能での構造情報が短期間に得られるようになったことは、「構造生理学」と命名して研究を進めてきた分野が大きく発展する時代になってきたと期待される。また、この様な構造生物学の革命的変化を受けて、Drug Rescuingという新しい構造創薬戦略を提唱して、その有用性を実証したいと研究を進めている。

Drug Rescuing: 製薬企業などには、創薬標的として有望な分子とそのリード化合物が得られていても、前臨床、臨床などの過程において問題が生じたために薬が販売できなかった例が、多く蓄積されていると思われる。これらの創薬標的とリガンドとの複合体の構造を解析することによってリガンド結合の詳細な構造情報が得られるので、標的分子とリガンドとの相互作用を再設計することが出来る。また、リガンド結合に影響を与えないリガンド部分を知ることが出来る。この部分の化学構造を結合能に影響を与えることなく改変することによって、副作用が軽減できる可能性がある。この様に、詳細な構造情報に基づいて、薬となりきれていなかった創薬標的とそれと結合する候補化合物を薬として作りきる効率の良い創薬戦略をこの様に命名している。

なお、以上の研究成果は、それぞれの論文の著者諸氏との共同研究によるものであり、単独で行いえたものではないことを付記し、共同研究者に感謝する。