藤吉好則:主な研究結果の解説
1.はじめに(分子構造の観察と電子線損傷)
2.クライオ電子顕微鏡の開発
3.電子線結晶学による膜タンパク質の構造解析
4.クライオ電子顕微鏡によるウイルス像の観察
5.バクテリオロドプシンの構造解析
6.水チャネル(電子線結晶学)
この構造解析結果を基に、水チャネルの速い水透過と高い水選択性の機能を理解するモデル、Hydrogen-Bond Isolation Mechanismを提案した(Nature, 407, 599-605, 2000)。その結果、K+イオンチャネルのイオン選択性の機構を解明したMacKinnonとともに、共同研究者Agreが2003年のノーベル化学賞を受賞した。しかし、このAQP1の構造は分解能が3.8Åと低く、チャネル内の水分子を観察できていなかったので、この時点ではHydrogen-Bond Isolation Mechanismはチャネルの構造から考案した単なる仮説に過ぎなかった。
脂質膜内で構造解析する電子線結晶学では、生理的条件に近い状態での解析ができているので水分子が配向し、その配向に呼応する位置にカルボニル基が水素結合を形成できるように配置されて、水分子が存在しやすい8個の位置がチャネル内に形成されている(図15、図17)。
一方、脂質膜が無いX線結晶学での解析では、この静電場が弱くて水分子を配向できないことによって水分子が存在しやすい位置がチャネル内に形成されないために、密度図がボケていると解釈される(図17参照)。
これまでに構造解析された全てのチャネルには短いヘリックス構造が観られている。それゆえ、脂質膜内においてヘリックス双極子が形成する静電場が、いろいろなチャネルにおいても重要な生理機能を担っていることが示唆される(Review: Proc. Jpn Acad., Ser B., 91, 447-468, 2015)(図18)。少なくとも、カチオンチャネルは短いヘリックスのC末端側がカチオンの入る位置に向いており、イオンがチャネル内に入りやすくしており、アニオンチャネルでは、N末端側がアニオンを入りやすくしていると考えられる。
7.イオンチャネル
電位感受性Na+チャネルのinactivationの機構を理解するために、このタイプのチャネルのC末端部分の構造解析と、変異体の構造情報と電気生理学的測定の結果から、C末端部分に形成されるヘリカルバンドルの安定性がinactivationの速さを制御していることを解明した(Nature Comms, 3, 793, 2012)(図20)。
また、電位感受性Na+チャネルの2つの状態の構造を電子線結晶学で解析することによって、ゲーティング機構の一端が理解できるようになってきた(J. Mol. Biol., 425, 4074-4088, 2013)(図21)。
ゲーティング機構を理解するためにはresting stateの構造が必要であるが、膜電位が存在する状態での構造解析は困難であった。しかし、R. MacKinnon等はこのような解析をproteoliposomeの中にKV7.1 (KCNQ1)が存在する状態で解析して、見事に膜電子がかかった状態の構造を解析できるようにした(VS Mandala, R MacKInnon, PNAS, 120, 2301985120, 2023)。この様な方法により、電位感受性のゲーティング機構が詳細に理解できるようになる可能性があり興味深い。
8.アセチルコリン受容体
9.ギャップジャンクションチャネル
さらに、X線結晶学を用いてワイルドタイプのコネキシン-26の構造が解析され、原子モデルが提案された(Nature, 458, 597-602, 2009)(図25)。
組織内でのギャップジャンクションチャネルの構造を解析するために、Lateral giant fiberの電気シナプスの構造を電子線トモグラフィー法で解析して、ギャップジャンクションが近傍に多く存在するベシクルと連結している構造を観察した(J. Struct. Biol., 175, 49-61, 2011)(図26)。
10.タイトジャンクション
そして、この構造に基づいてTJの構造モデルを提案した(J. Mol. Biol., 427, 291-297, 2015)(図33)。
これらの構造情報は、血液脳関門を始めとするパラセルラーチャネルの透過制御薬開発の参考になると考えられる。さらにクローディン-3とC-CPEとの複合体の構造を解析し、3番目のヘリックスに存在するアミノ酸の変異体の構造も解析することによって、クローディンの3番目のヘリックスの傾きに影響する一つのアミノ酸残基の変異によって、TJのストランドの形状が影響を受けることを明らかにした(Nature Comms, 10, 816, 2019)(図35)。
阿部一啓博士は、X線結晶学を用いて、胃をpH1という酸性条件にまでプロトンをポンピングできるH+,K+-ATPaseの構造解析を行い、100万倍という高いプロトンの濃度勾配にまでポンピングできる分子機構を解明するとともに、胃薬の結合様式が複合体の構造を解析しなければ明らかにはできない、クリプトサイトへ結合していることなどを解明した(Nature, 556, 214-218, 2018)。
11.Gタンパク質共役型受容体(X線結晶学)
12.単粒子解析法とクライオ電子顕微鏡システム
13.水チャネル(単粒子解析法)
14.RNA標的創薬
15.Gタンパク質共役型受容体(単粒子解析)と構造創薬
なお、以上の研究成果は、本文中に記載した共同研究者だけでなく、それぞれの論文の著者諸氏との共同研究によるものであり、共同研究者の皆様に感謝する。
Drug Rescuing: 製薬企業などには、創薬標的として有望な分子とそのリード化合物が得られていても、前臨床、臨床などの過程において問題が生じたために薬が販売できなかった例が、多く蓄積されていると思われる。これらの創薬標的とリガンドとの複合体の構造を解析することによってリガンド結合の詳細な構造情報が得られるので、標的分子とリガンドとの相互作用を再設計することが出来る。また、リガンド結合に影響を与えないリガンド部分を知ることが出来る。この部分の化学構造を結合能に影響を与えることなく改変することによって、副作用が軽減できる可能性がある。この様に、詳細な構造情報に基づいて、薬となりきれていなかった創薬標的とそれと結合する候補化合物を薬として作りきる効率の良い創薬戦略をこの様に命名している。 |