第6回 若手インスパイアシンポジウム(2014.02.02)

第6回 若手インスパイアシンポジウム(2014.02.02)

全体代表者の総括

脳統合機能研究センター(CBIR)が主催するCBIR若手インスパイアシンポジウムが今年も開催されました。第6回大会となる本年度シンポジウムでは、新しい試みとして、生体材料工学研究所の教室にゲスト参加していただき、臨床、基礎に加えて工学の視点も加えた領域融合的な討論を目指しました。シンポジウムの会場では、全く切り口の違う発表に多くの方が興味を持って熱心に質問等しておられ、活発な議論が行われていました。大会は「異なる領域の研究者との交流を積極的に推進し、研究の新たな展開を図る」という趣旨に沿った集合活動になることがガイドラインにより推奨されています。今回の新しい試みは本会の趣旨に沿ったものであり、本会の活動の幅を広げ、より活発にするものであると言えます。
 本年度も昨年度を踏襲し、発表形式を口頭発表のみと致しました。これは昨年度から始まった試みですが、「学会等での学生の口頭発表の機会がほとんどないので、大変ためになった」という声が複数寄せられたため、本年度も継続した形です。センター長でおられる水澤英洋教授の開会の辞にもありましたように、研究のレベルを高くすることはもちろんのこと、それを対外的に十分にアピールすることも同様に大切です。本シンポジウムではわかりやすく練られたスライドと十分な練習を積んだことが伺えるプレゼンテーションを数多く見ることができました。CBIR発の華々しい成果が発表される下地ができているように感じた次第です。
 シンポジウムにはCBIRのメンバーを中心に教員、ポスドク、医員、大学院生、研修医、医学部生など100名近い方々に参加していただきました。臨床部門と基礎部門から20演題、生体材料工学研究所から5演題の発表があり、内容は臨床、基礎、工学と多岐にわたる発表が行われました。脳統合機能研究は本会のテーマですが、複雑な脳を理解し、疾患の解決に向かうために、様々な研究課題、方法、材料からのアプローチがありました。このような多分野の発表が聞けることで、各々の知識のブラッシュアップが図れますし、分野外の方からの思いもかけない視点からのコメントをもらい、考えが広がる良い機会にもなります。実際多くの発表で、ご自身の専門ではない分野の発表について熱心に質問される光景を何度も見かけました。本年度のシンポジウムでは、基礎・臨床・工学の融合というテーマを掲げましたが、これが達成されたものと言えます。本年度も、優れた研究成果を発表した若手研究者を参加者全員の投票から選出し表彰する優秀賞を設置いたしました。どの発表も内容、プレゼンテーション共にレベルが高く、甲乙つけがたいものでしたが、ひときわ聴衆の関心を惹いた4名の方々が選出されました。以下、優秀賞演題を含めた発表のいくつかを紹介させていただきます。
最初の演者は耳鼻咽喉科学の山本容子先生で、高気圧酸素治療における耳合併症について、非常に大きな規模の綿密な調査を報告していただきました。脳神経病態学の橋本先生はプリズム適応を用いた小脳運動学習システムの評価法の開発について発表していただきました。20分ほどで行える簡便な検査であり、かつ非常に高い感度・特異度を持つ素晴らしい定量的評価法であることを説得力のあるデータとともに示されていました。小脳機能の新しいバイオマーカーとして今後臨床の場で標準的に行われるものになることを予感させるものだという印象を受けました。
脳血管疾患で継続的に治療を受けている方は130万人を越えており、死因の第4位(2012年)となっています。救命した場合でも生活の質を落とすため、様々な面から研究を進めていく必要があります。血管内治療学の有村先生は、脳虚血の病態に関わる活性酸素種を産生するNox4に着目した研究を発表されました。脳梗塞モデルマウスを用いた解析から、内皮細胞Nox4がAngiopoietin-2の発現を増加させることで脳梗塞巣が拡大する可能性があることを報告していただきました。傷害を受けた脳組織を再生することで機能回復を図る新しいアプローチについて、CBIR専任の味岡先生が発表されました。マトリゲルやラミニンを含んだ多孔質の足場を傷害された脳部位に移植することで、新生ニューロンの傷害部への遊走を促せることが示されました。これらの知見が脳血管疾患の新たな治療法の開発につながり、疾患に苦しむ多くの方々のもとに届くようになることを期待いたします。
現在の医学研究は疾患モデル動物に頼る部分が大きいが、疾患に関わる遺伝的変異を有する動物を作成するのには多大な労力と時間、費用が必要でした。この問題にアプローチし、従来の方法に比してはるかに安く、短期間に簡便に作成できる方法を紹介されたのが分子神経科学の相田先生です。TALENやCRISPRといったゲノム編集ツールを用いて、緑内障モデルのノックインマウスを極めて高い効率で作成できたことを報告していただきました。次世代シーケンサーの台頭により今後疾患ごとに稀な遺伝的変異が見つかることが多くなると予想されますが、稀な変異でもモデル動物を用いて研究できることを示された革新的な発表だったと思います。この技術がCBIR内で広く共有され、研究の発展に役立つ日が来るのが待ち遠しい限りです。
興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸は細胞外に過剰に存在すると神経細胞に対し毒性を示すため、グルタミン酸トランスポーターによって制御されています。分子神経科学の杉本先生は主要なグルタミン酸トランスポーターであるGLT1を脳部位特異的に欠損するマウスを作成し、その表現型を発表されました。海馬・大脳新皮質特異的にGLT1を欠損するマウスでは体性感覚皮質を中心に神経細胞が脱落したが、学習障害等は起こらないこと、間脳より尾側の部位でGLT1を欠損するマウスでは神経細胞の変性は見られないものの、自発性てんかんやうつ病様行動が観察されたことを報告されました。大変興味深い結果であり、今後これらのモデルマウスを利用してうつ病やてんかん等の疾患の解明が進んでいくことが期待されます。
シンポジウムに引き続いて学内で開催された懇親会では、優秀賞の表彰式が行われ、和やかな雰囲気で懇親を深めました。活発なディスカッションが終日行われ、共同研究の開始や研究手法についての詳細など、有益な意見交換が行われていました。今回は生体材料工学研究所の先生方も懇親会に参加してくだったため、CBIRの目標である基礎・臨床の融合に加え、工学の視点も交えた領域融合的な議論が随所で見られました。また、研究生活における苦労話や分野の動向など、普段聞くことのない話を気軽に聞ける貴重な場でもありました。
若手研究者が活発に発表・議論を行い、懇親を深めるというシンポジウムの趣旨は十分に達成されたのではないかと考えています。今後も本シンポジウムのような場を積極的に設け、CBIR発の成果を外部に発信する原動力となるよう盛り上げていければと思います。最後に、水澤センター長をはじめ各分野担当の先生にお力添えをいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。

担当者代表 角元利行(細胞生物学)

優秀賞受賞者(50音順)

 相田知海(分子神経科学)
「in vivo ゲノム編集による高速遺伝子改変マウス作製」

 有村公一(血管内治療学)
「脳虚血における内皮細胞NADPH oxidase 4 の役割」

 杉本潤哉(分子神経科学)
「グリア型グルタミン酸トランスポーターGLT1 の脳部位特異的機能解析」

 橋本祐二(脳神経病態学)
「プリズム適応を用いた小脳運動学習システムおよび定量的評価法の開発」

参加者の声

 相田知海(分子神経科学)
優秀賞という大変光栄な賞を頂き恐縮です。ゲノム編集技術は、生物種・細胞種を問わず、どのようなゲノム配列であろうとも、自由自在に改変する事ができる革新的な技術です。我々は、この技術をマウス受精卵に応用したin vivoゲノム編集を、いち早く世界最高効率で実現してきました。現在、ヒト疾患遺伝子変異をノックインしたヒト化マウスを作製し、その病態の解析を進めています。CBIRには脳神経系の様々な分野で、基礎・臨床のトップ研究者が集まっております。今回のシンポジウムでも大変魅力的な疾患研究や細胞生物学研究ツールが多々発表されました。ゲノム編集技術は、このような様々なCBIRの成果をつなぐ可能性のある技術で、統合的な先端研究の推進に貢献するものと考えております。

 有村公一(血管内治療学)
 このたびはこのような名誉ある賞をいただき大変光栄に存じます。本シンポジウムでは様々な分野から神経疾患・神経機能に関する大変興味深い研究発表があり、いつも大変刺激を受けています。普段なかなか思いつかないような視点からの研究成果を拝聴でき、研究に関するヒントをいただくことができる大変有意義なシンポジウムと感じています。そのようなシンポジウムで表彰されたことを大変うれしく思いますし、今後も様々な分野の方々と協力して研究を進めていこうと思います。ありがとうございました。

 杉本潤哉(分子神経科学)
 今回このような賞を頂く事ができ、大変光栄に思います。他の方々の発表を聴いていて、まさか自分が頂けるとは夢にも思わず驚きました。個人的には臨床の先生方の発表を聴く機会が今まであまり無かったので、今回たくさんの発表を拝聴でき、非常に勉強になりました。私はまだここに来て2年弱ですが、このような発表の機会を頂けたこと、またこれまで研究を進めてこられたのも、田中光一教授をはじめ、分子神経科学分野のスタッフの皆様およびコラボレーターの崔さんのおかげであると感謝している次第です。今後はさらに研究を進め、CBIRの発展に寄与できるよう精進致します。

 橋本祐二(脳神経病態学)
この度は平成25年度 第6 回 東京医科歯科大学 CBIR 若手インスパイアシンポジウムにおいて優秀賞という栄誉ある賞をいただきまして,誠にありがとうございます.厚く御礼を申し上げます.
日常臨床現場で行われている小脳評価は,診察手技から構成されるSARAやICARSといった運動失調症状(測定障害など)の臨床評価尺度で行われていますが,評価者間・評価者内誤差がみられたり,短い期間では変化を捉えることができなかったりすることから,鋭敏な客観的検査が求められています.そこで小脳が重要な役割を果たすとされる小脳運動学習に着目し,プリズム適応を用いた手の到達運動のシステムおよび定量化のための新しい臨床マーカーの開発を行うこととなりました.恵まれたことに幅広い神経疾患の中でも小脳に卓越した知識と豊富な症例をもつ臨床医の先生方、また第一線で運動学習制御研究を行っている先生方と共同で行えたことでこの研究が早く大きく発展しました.結果として現在100名上の脊髄小脳変性症を中心に症例を積み重ね、この機器の有用性が確認できるようになっています.
今後は,他の神経疾患や小脳の異常が指摘される精神疾患(自閉症など)への応用,運動学習の発達過程評価,さらには機器を簡易化・普及を目指し,この賞を頂いたことを励みに日々精進し邁進したいと考えております.皆様方におかれましては,今後も変わらないご指導ご鞭撻の程,何卒よろしくお願い申し上げます.
最後になりましたが,本研究がこのような名誉ある賞をいただくことが出来ましたのは,研究を指導してくださった東京医科歯科大学大学院脳神経病態学分野 水澤英洋教授,石川欽也講師,理化学研究所運動学習制御研究チームリーダー 永雄総一先生,本多武尊先生のおかげであります.また,機器開発をしてくださいました片野和彦さん,研究協力をしていただきました東京医科歯科大学 高野雅美さん,曽我一將先生,法政大学(現 九州保健福祉大学) 中尾誠さんに,この場をお借りしまして深く御礼を申し上げます.私の発表を聞いていただけたばかりでなく,高い評価をいただきましたことを心より御礼申し上げます.