「 腎臓がんの術後再発リスクを見極める新たな鍵 」【 田中一 講師 、布川裕規 助教 、山本浩平 講師 】
― がんと正常部との境界部のパターンでより高精度な再発予測が可能に ―

ポイント
- 腎細胞がんの術後再発リスクを高精度で予測しうる新しい指標を発見しました。
- がんと正常部との境界部のパターンに着目し、詳細に細分化することで、特定の増殖パターンが術後再発に強く関連することをつきとめました。
- これまで評価システムでは見逃されてきた再発リスクの高い患者さんに術後補助療法を適切に行えるようになる可能性があります。
さらに、術後再発リスクが高い増殖パターンが特定の予後不良な遺伝子変異と関連することが示唆されました。この研究成果により、淡明細胞型腎細胞癌の術後再発リスクのより正確な評価がなされ、従来のリスク評価では見逃されがちな再発高リスク患者に対して術後補助療法の機会が提供されることが期待されます。
この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌 Modern Pathology (モダンパソロジー)に、2024年8月31日に発表されました。
研究の背景
一般的にccRCCはがんと腎臓の境界部に層や膜(=被膜)を形成しながら膨張するような増殖パターン(=圧排性増殖)を示しますが、一部のccRCCは正常な腎臓へと染み入るような増殖パターン(=浸潤性増殖)を示し、これが転移リスクと予後不良に大きく関連すると言われています。しかしながら、被膜の形成の程度や浸潤性増殖のパターンは多彩であり、評価に関する明確なコンセンサスは得られておらず、再発や予後に寄与するがんと腎臓の境界部の詳細な特徴は解明されていませんでした。本研究では、ccRCCのがんと正常部との境界部における増殖パターンを顕微鏡レベルで詳細に評価し、術後再発を起こしやすいパターンを定義するとともに、再発予測にどの程度寄与するか検討を行いました。また、網羅的遺伝子解析を行い、術後再発を起こしやすいパターンと遺伝子変異との関係について解析を行いました。
研究成果の概要
東京医科歯科大学病院にて根治的腎摘除術が行われた計331名のccRCC患者を対象に検討を行いました。このうち、一般的に進行したccRCCの指標とされているpT3a※5以上の患者が107名(32%)含まれていました。手術にて切除された腎臓から作製された病理検体を用いて、腫瘍と非腫瘍部の境界部に焦点を当て顕微鏡レベルで詳細に評価した結果、10種類のグループに分類されることが分かりました(図1参照)。

図1 ccRCCの腫瘍と非腫瘍の境界部に着目したがんの増殖パターンの分類

図2 がんの各増殖パターンにおける術後再発率

図3 術後再発リスクの高い腎実質浸潤/微小結節拡散パターン(RPI/MNS)の有無の代表例
●RPI/MNSと臨床病理学的所見の関連
RPI/MNSを有するccRCC症例は、331例中40例(12%)で観察されました。RPI/MNSを有する患者は、腫瘍が有意に大きく、好中球および血清C反応性タンパク質レベルが高く、ヘモグロビンおよび血清アルブミンレベルが低いという特徴を有していました。また、RPI/MNSを有する患者は、pTステージが有意に高く、病理学的リンパ節転移、WHO/ISUPグレード※6 3-4、高悪性度として知られている肉腫様成分が多く観察されました。RPI/MNSを有する患者の93%が転移のリスク指標とされる血管への侵襲を示し、そのうち12例はRPI/MNSパターンの中に認められました。
●RPI/MNSが無再発生存期間に与える影響
多変量解析により、pT3a以上、WHO/ISUPグレード3-4、およびRPI/MNSが独立して無再発生存期間の短縮と関連していることが示されました。RPI/MNSのハザード比(HR)は4.62で、他のリスク因子よりも高く、RPI/MNSを有する患者の5年無再発生存率は26%で、RPI/MNSを有さない患者の86%と比較して有意に低い結果が得られました(図4)。さらに、pTとRPI/MNSの有無と無再発生存期間の関係を見ると、pT2以下でRPI/MNSを有する患者の無再発生存は、pT3a以上でRPI/MNSを有さない患者よりも不良でした(図4)。

図4 RPI/MNSを有する患者は無再発生存期間が短い
ccRCC 51症例に対し、440個のがん関連遺伝子について網羅的な遺伝子異常の検索を行ったところ、RPI/MNSを有する症例はSETD2およびTSC1の変異が有意に多く観察されました。特にSETD2変異はRPI/MNS患者で28%に見られ、非RPI/MNS患者の6%と比較して有意に高い結果が得られました。また、RPI/MNS患者は細胞周期およびRAS/MAPK経路に関連する遺伝子変異の頻度が高い傾向が見られました。
研究成果の意義
用語解説
※1 腎細胞がん(RCC)・・・・・腎臓の細胞から発生するがんの一種で、尿路のがんの中で一般的なもの。
※2 淡明細胞型腎細胞癌(ccRCC)・・・・・腎細胞がんの中で最も一般的なタイプで、細胞が淡明に見えることからこの名前が付けられた。
※3 アジュバント療法・・・・・手術後に行われる補助的な治療法で、再発リスクを減少させることを目的とする。
※4 核異型・・・・・細胞核の形状が正常細胞核と異なっている様子。一般に正常細胞との隔たりが大きいほど悪性度が高い。
※5 pT3a・・・・・pTステージとは病理学的ながんの進行度合いを示す指標のひとつであり、pT1~pT4に分類され、各pTはさらにa, b, cなどに亜分類される。数字が大きいほど、アルファベットが後半であるほどがんが進行しており、腎細胞がんでは、一般的にpT3a以上が進行癌として扱われる。
※6 WHO/ISUPグレード・・・・・腎細胞がんにおける核異型の指標。グレード1~グレード4に分類され、数字が大きいほど核異型が強い。
論文情報
論文タイトル:Prognostic Impact and Genomic Backgrounds of Renal Parenchymal Infiltration or Micronodular Spread in Nonmetastatic Clear Cell Renal Cell Carcinoma
DOI: https://doi.org/10.1016/j.modpat.2024.100590
研究者プロフィール

田中 一 (たなか はじめ) Tanaka Hajime
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎泌尿器外科学分野 講師
・研究領域
尿路悪性腫瘍(特に腎臓がん、膀胱がん)

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
口腔病理学分野 助教
・研究領域
口腔病理学、人体病理学

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
人体病理学分野 講師
・研究領域
がんと細胞死に関する研究全般
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎泌尿器外科学分野 田中 一(たなか はじめ)
E-mail:hjtauro[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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